椋太は澪の姿を探す。祭り客に聞き回っても、皆首を横に振るばかりでまったく手がかりが見つからない。
もっと目にかけていればよかった。彼女なりに心を整理したかのように見えた。でも実際はまだわだかまりが残ったままだったのだ。が、今は悔やんでいる場合ではない。一刻も早く澪を見つけなければ。
「おーい、椋太!」
前方で手を振っている人物に目が留まる。蒼空だった。
「蒼空。今までどこに行っていたの? 全然姿を見せないから、志音も心配していたよ」
彼は右手にりんご飴、左手には水風船をぶら下げている。祭りを満喫している様子だった。
「――お姫様なら、展望台だよ」
椋太が尋ねるよりも早く、蒼空は言う。
「どうしてそれを? 俺が捜してるって知ってた?」
「知ってるよ。なんたって僕はあじさい荘の管理人だから、ね」
そう言ってにっこりと微笑んだ蒼空は、いつもよりもずっと大人びてみえて、椋太は目を瞠る。が、今は気にしている余裕はかった。
「よく分からないけれど、助かったよ蒼空くん。ありがとう!」
椋太は展望台まで駆ける。小高い丘の上までたどり着くと、設けられた東屋のベンチに、景色を眺めている人影が一つ見える。澪だった。椋太はほっと安堵して彼女に近づく。
「――もうすぐ出番だよ、お姫様?」
息を整えつつ椋太は言うと、彼女の隣に腰掛ける。澪は前方を見据えたまま、何も言わなかった。
ここからは村が一望できる。風はほとんどない。
前方には小さな村が広がっている。田んぼの水面が色を変えて、沈みゆく陽を映し出していた。もうすぐ舞が始まるとあって、人影はまばらだ。蜩の声がどこか遠くから聞こえてきて、物悲しい雰囲気が漂う。
「見て、空。赤と紫が溶け合ってきれい。でもすぐに終わってしまう。儚いよね」
ふいに澪は言う。その言葉は落ち着いていたけれど、どこか投げやりのようにも聞こえた。
「どうしたの。またナーバスになっちゃった?」
椋太の問いに、少し間を置いてから澪は答える。
「……私さ、本当は美和姫じゃないんだよね」
「うん?」
椋太はゆっくりと彼女の言葉に耳を傾ける。澪は空を見上げたまま続ける。
「本当の美和姫は、私の友達なの。唯一無二の親友。美和姫役に選ばれた時は一緒に喜んで、あの子もすっごく楽しみにしてて。これから、舞の練習が始まるって矢先に……突然……」
澪の声が震える。でも、必死に言葉を繋ぐ。
「亡くなってしまった。突発性心不全。原因は分からないって。昨日まで元気だったのに、また明日って手を振ったのに、もう二度と会えなくなってしまった……」
澪の頬に涙が伝う。肩を震わせながら、澪は気丈にも一つ息を吐いて、いくらか自身を落ち着けた後で言う。
「親友だった私が代わりに美和姫を務めることになった。それからは必死で舞の練習をした。あの子の代わりに、私がやり遂げなきゃって。でも……。私が今日、これからあの子の代わりに舞い終わってしまったら、本当に終わってしまう。あの子が本当に消えてしてしまいそうで……。舞を終わらせるのがこわいの」
澪は涙で濡れた目をすがるように椋太に向ける。
「ねぇ……私を、連れ出して。この場所から一緒に逃げて。……お願い」
か細い声、けれどしっかりと椋太の耳に届く。椋太は彼女の頬に伝う涙を、そっと優しくすくう。
「……代わりじゃない。君は、あの子の『続き』を舞うんだ。舞だけじゃない。君はあの子の『続き』を生きてる」
澪の瞳が揺れ、先ほどよりも少しだけ光が戻ったかのように見えた。椋太はゆっくりと静かに告げる。
「舞が終わっても、それは続いていく。君があの子を忘れない限り――ちゃんと続いていくんだよ」
澪が息を飲んだのが分かった。椋太は少し声をやわらげて。
「……でも。それでも舞うのが嫌なら、無理しなくていい。君の言う通りに、一緒に逃げてあげるよ。俺、逃げるのは得意だからさ」
「……っ」
澪は口を押さえると、嗚咽を押さえるように肩を震わせる。椋太はその背を励ますようにぽんぽんと優しくなでた。
少しして。澪は涙を拭うと、決意したように立ち上がった。
「……私、舞う。最後までちゃんと舞う。終わりじゃない。続いていく。あの子が残してくれた気持ちを、舞で伝えたい……!」
振り向いた澪の顔は凛として、美しかった。
「……うん。――よし、そうと決まったら、急ごう。みんなが待ってる」
「うん!」
力強くうなずく澪に、椋太はさらに言う。
「少し失礼するよ、お姫様――!」
椋太は彼女を横に抱きかかえる。
「え、ちょ、ちょっと!」
「しっかりつかまっててね。ごめん、少し我慢して。この方が早いから」
「……っ」
椋太は澪を抱きかかえたまま、会場へと急いだ。
もっと目にかけていればよかった。彼女なりに心を整理したかのように見えた。でも実際はまだわだかまりが残ったままだったのだ。が、今は悔やんでいる場合ではない。一刻も早く澪を見つけなければ。
「おーい、椋太!」
前方で手を振っている人物に目が留まる。蒼空だった。
「蒼空。今までどこに行っていたの? 全然姿を見せないから、志音も心配していたよ」
彼は右手にりんご飴、左手には水風船をぶら下げている。祭りを満喫している様子だった。
「――お姫様なら、展望台だよ」
椋太が尋ねるよりも早く、蒼空は言う。
「どうしてそれを? 俺が捜してるって知ってた?」
「知ってるよ。なんたって僕はあじさい荘の管理人だから、ね」
そう言ってにっこりと微笑んだ蒼空は、いつもよりもずっと大人びてみえて、椋太は目を瞠る。が、今は気にしている余裕はかった。
「よく分からないけれど、助かったよ蒼空くん。ありがとう!」
椋太は展望台まで駆ける。小高い丘の上までたどり着くと、設けられた東屋のベンチに、景色を眺めている人影が一つ見える。澪だった。椋太はほっと安堵して彼女に近づく。
「――もうすぐ出番だよ、お姫様?」
息を整えつつ椋太は言うと、彼女の隣に腰掛ける。澪は前方を見据えたまま、何も言わなかった。
ここからは村が一望できる。風はほとんどない。
前方には小さな村が広がっている。田んぼの水面が色を変えて、沈みゆく陽を映し出していた。もうすぐ舞が始まるとあって、人影はまばらだ。蜩の声がどこか遠くから聞こえてきて、物悲しい雰囲気が漂う。
「見て、空。赤と紫が溶け合ってきれい。でもすぐに終わってしまう。儚いよね」
ふいに澪は言う。その言葉は落ち着いていたけれど、どこか投げやりのようにも聞こえた。
「どうしたの。またナーバスになっちゃった?」
椋太の問いに、少し間を置いてから澪は答える。
「……私さ、本当は美和姫じゃないんだよね」
「うん?」
椋太はゆっくりと彼女の言葉に耳を傾ける。澪は空を見上げたまま続ける。
「本当の美和姫は、私の友達なの。唯一無二の親友。美和姫役に選ばれた時は一緒に喜んで、あの子もすっごく楽しみにしてて。これから、舞の練習が始まるって矢先に……突然……」
澪の声が震える。でも、必死に言葉を繋ぐ。
「亡くなってしまった。突発性心不全。原因は分からないって。昨日まで元気だったのに、また明日って手を振ったのに、もう二度と会えなくなってしまった……」
澪の頬に涙が伝う。肩を震わせながら、澪は気丈にも一つ息を吐いて、いくらか自身を落ち着けた後で言う。
「親友だった私が代わりに美和姫を務めることになった。それからは必死で舞の練習をした。あの子の代わりに、私がやり遂げなきゃって。でも……。私が今日、これからあの子の代わりに舞い終わってしまったら、本当に終わってしまう。あの子が本当に消えてしてしまいそうで……。舞を終わらせるのがこわいの」
澪は涙で濡れた目をすがるように椋太に向ける。
「ねぇ……私を、連れ出して。この場所から一緒に逃げて。……お願い」
か細い声、けれどしっかりと椋太の耳に届く。椋太は彼女の頬に伝う涙を、そっと優しくすくう。
「……代わりじゃない。君は、あの子の『続き』を舞うんだ。舞だけじゃない。君はあの子の『続き』を生きてる」
澪の瞳が揺れ、先ほどよりも少しだけ光が戻ったかのように見えた。椋太はゆっくりと静かに告げる。
「舞が終わっても、それは続いていく。君があの子を忘れない限り――ちゃんと続いていくんだよ」
澪が息を飲んだのが分かった。椋太は少し声をやわらげて。
「……でも。それでも舞うのが嫌なら、無理しなくていい。君の言う通りに、一緒に逃げてあげるよ。俺、逃げるのは得意だからさ」
「……っ」
澪は口を押さえると、嗚咽を押さえるように肩を震わせる。椋太はその背を励ますようにぽんぽんと優しくなでた。
少しして。澪は涙を拭うと、決意したように立ち上がった。
「……私、舞う。最後までちゃんと舞う。終わりじゃない。続いていく。あの子が残してくれた気持ちを、舞で伝えたい……!」
振り向いた澪の顔は凛として、美しかった。
「……うん。――よし、そうと決まったら、急ごう。みんなが待ってる」
「うん!」
力強くうなずく澪に、椋太はさらに言う。
「少し失礼するよ、お姫様――!」
椋太は彼女を横に抱きかかえる。
「え、ちょ、ちょっと!」
「しっかりつかまっててね。ごめん、少し我慢して。この方が早いから」
「……っ」
椋太は澪を抱きかかえたまま、会場へと急いだ。
