部屋に戻った椋太は、計画表を眺めながらふぅっとため息をつく。あまり人前に出たくはない。この花野枝村では、自分はどんな存在として語られているのだろう。ここでひっそりと身を隠しているつもりが、結局引っ張り出されてしまうことになろうとは。
 どこにも行けず、逃げ続けて、ここにとどまることさえ自分は迷っている。中途半端で、臆病な存在だというのに。
「さて、自分のことがばれなければいいけれど、ね」
 一人呟いて、苦笑する。そうでなければ、自分はこの村にいられなくなる。でも……もしそうなったらまた、逃げればいい。その結論に至った時、椋太は深く考えることをやめた。深刻になるのは性に合わない。今まで通り、飄々となんでもないことのように生きていけばいいし、いつでも逃げることはできる。
「そうか……それでいっか」
 椋太は投げやりにつぶやいて、考えるのをやめたのだった。


 祭り準備初日は、朝からどんよりとした曇り空だった。祭りは一週間後で、歴史公園での設営準備の手伝いを椋太たちは頼まれていた。
 椋太は歴史公園の舞台設営を手伝っていた。志音と湊は他の場所の設営に駆り出されていったので、ここにはいない。
 時折、村民たちが椋太を見てひそひそと話しているのが分かる。やはり、もうばれてしまっているらしい。小さな村、噂が広がるのも無理はない。それが事実であれ、もしくはそうでないとしても。椋太はちくちくと刺さる視線を気にせずに、淡々と、そして飄々とした態度で役目を果たしていく。
 着々と設営が進む中、舞台で舞姫役の少女が舞のリハーサルをするそうで、奏者たちが集まってきていた。それを横目でみやりつつ、椋太は指示された資材を運んでいた。
 やがて笛の音が響き、舞台上に立った姫役の少女が舞を始める。髪を高く結い上げ、リハーサル用なのか、簡単な小袖を身にまとっている。
 厳かに、そして幻想的に奏でられる楽の音に合わせて、少女が腕を美しくくゆらせ、身を蝶のように翻して舞うのだが――椋太にはその光景がとても物悲しく、儚く切なく見え、知らぬうちに目で追っていた。
 伝説によると、美和姫の舞が村人たちをたいそう喜ばせ、村の結束を高めたといわれている。椋太は小さい頃からその話を、幼稚園に通っていた頃から物語にして聞かされてきた。
なのに、今、少女の舞は人々を喜ばせる舞とは少し違って見える。それが確信に変わったのは――舞う少女と目が合った一瞬、彼女の頬に流れる涙を見つけたからだ。
それから舞は何事もなかったかのように終わる。少女の涙なんて、なかったことのように。けれど椋太には、彼女の悲しげな舞と表情が心に強く映ってしまう。
それでも……自分には関係のないこと。椋太はそう言い聞かせ設営に戻るのだった。