それから数日が経った頃、志音は面接のため村役場を訪れていた。募集に応募したのは役場に併設している小さな図書館の臨時職員だった。役場職員の拓海から、仕事を探しているのなら働いてみないかと連絡をもらったのがきっかけだ。面接に来ていたのは志音だけだったので、即採用の運びとなった。
図書館は役場の中から入れるようになっている。面接の帰り、一度図書館を覗いて行こうとすると、廊下で声を掛けられる。目を遣ると、拓海が親しげに手を振り近づいてきた。
「志音くん。あじさい荘の生活には慣れてきましたか?」
皆ともうまくやっていることを伝えると、南雲はうれしそうに微笑み、スーツ姿の志音を見て続ける。
「今日は面接だったんですね。助かりました。募集しても誰も応募してこないから、困っていたんですよ」
「いえ、お礼を言わなければならないのはこちらのほうですよ。でもお役に立ててうれしいです」
「村としても、君たちみたいな若い人がきてくれることはメリットになります。あじさい荘は、人を呼びます。だから気にせず、もっと楽にしてください。お互い助かっている、ということで。あ、そういえば」
拓海は思い出したように続ける。
「蒼空くんのこと、さっき図書館で見かけましたよ」
蒼空は気まぐれで、皆の前に姿をみせたりみせなかったりする。今日も朝から姿を見ていない。
「あの不思議な彼、前もそうでしたが、たびたび本を熱心に読んでいる姿を見かけるんですよ。読書家なんですね」
拓海は伝え終わると、それではと去っていく。
彼を見送った後、志音は図書館に足を運ぶ。すると、拓海の言う通り、窓辺の閲覧スペースの席に座り、夢中な様子で読書をしている蒼空がいた。
他に利用客はいない。が、落ち着いた静かな空間で、本に目を落とす銀髪美少年の姿は、誰が見ても目を引く。
熱心な姿に、そっと帰ろうと思った志音だったが、ふと蒼空がこちらに気づいた。彼は本を脇に抱えると、軽やかに志音のもとへ駆け寄ってくる。
「志音くん、来てたんだね」
「うん。さっき南雲さんに会って、蒼空くんが図書館にいるって教えてもらったんだよ。よく来てるんだって?」
「うん。人の世界のことを知れるのはうれしいんだ。僕は本を読んで、いろいろ勉強しているんだよ」
彼の言葉に違和感を覚えたけれど、それはもういつものことなので聞き流すことにした。
「勉強熱心なんだね。その本は……」
「これは、硝子細工の写真集だよ。きれいだよね」
蒼空はぱらぱらとめくってみせる。色とりどりのガラス細工が目に飛び込む。小さな花、鳥、果実、星屑のような粒――すべてが光を透かしてきらめいていた。
その瞬間、何かが脳裏に翻ったような気がして志音は記憶を辿ろうとする。が、何も浮かびあがってはこない。
「志音くん、この村にも小さな硝子細工工房があるんだよ。僕ものぞきに行ったことがあるんだ。陽だまりの中でガラス細工たちがきらきら輝いていて、まるで宝石みたいだった」
ものづくりが好きだった志音にとっては少し興味を引かれる。今度訪れてみようか――。志音が思考を巡らせていると。
「きっと志音くんにとって、大切な場所になると思うよ」
ふいに投げられた蒼空の言葉。志音が顔を向けた時には、蒼空は席へと身を翻すところだった。
「それじゃ、僕はまだ少し本を読んでいくよ」
蒼空は途中で振り向き、にっこりと笑って手を振ると席につく。そうしてまた、頬杖をつきながら、本に目を落とし始めた。
まるで何かを知っているような蒼空の態度だったけれど、志音は何も言うことができなかった。後には不思議な余韻が残る。
図書館は役場の中から入れるようになっている。面接の帰り、一度図書館を覗いて行こうとすると、廊下で声を掛けられる。目を遣ると、拓海が親しげに手を振り近づいてきた。
「志音くん。あじさい荘の生活には慣れてきましたか?」
皆ともうまくやっていることを伝えると、南雲はうれしそうに微笑み、スーツ姿の志音を見て続ける。
「今日は面接だったんですね。助かりました。募集しても誰も応募してこないから、困っていたんですよ」
「いえ、お礼を言わなければならないのはこちらのほうですよ。でもお役に立ててうれしいです」
「村としても、君たちみたいな若い人がきてくれることはメリットになります。あじさい荘は、人を呼びます。だから気にせず、もっと楽にしてください。お互い助かっている、ということで。あ、そういえば」
拓海は思い出したように続ける。
「蒼空くんのこと、さっき図書館で見かけましたよ」
蒼空は気まぐれで、皆の前に姿をみせたりみせなかったりする。今日も朝から姿を見ていない。
「あの不思議な彼、前もそうでしたが、たびたび本を熱心に読んでいる姿を見かけるんですよ。読書家なんですね」
拓海は伝え終わると、それではと去っていく。
彼を見送った後、志音は図書館に足を運ぶ。すると、拓海の言う通り、窓辺の閲覧スペースの席に座り、夢中な様子で読書をしている蒼空がいた。
他に利用客はいない。が、落ち着いた静かな空間で、本に目を落とす銀髪美少年の姿は、誰が見ても目を引く。
熱心な姿に、そっと帰ろうと思った志音だったが、ふと蒼空がこちらに気づいた。彼は本を脇に抱えると、軽やかに志音のもとへ駆け寄ってくる。
「志音くん、来てたんだね」
「うん。さっき南雲さんに会って、蒼空くんが図書館にいるって教えてもらったんだよ。よく来てるんだって?」
「うん。人の世界のことを知れるのはうれしいんだ。僕は本を読んで、いろいろ勉強しているんだよ」
彼の言葉に違和感を覚えたけれど、それはもういつものことなので聞き流すことにした。
「勉強熱心なんだね。その本は……」
「これは、硝子細工の写真集だよ。きれいだよね」
蒼空はぱらぱらとめくってみせる。色とりどりのガラス細工が目に飛び込む。小さな花、鳥、果実、星屑のような粒――すべてが光を透かしてきらめいていた。
その瞬間、何かが脳裏に翻ったような気がして志音は記憶を辿ろうとする。が、何も浮かびあがってはこない。
「志音くん、この村にも小さな硝子細工工房があるんだよ。僕ものぞきに行ったことがあるんだ。陽だまりの中でガラス細工たちがきらきら輝いていて、まるで宝石みたいだった」
ものづくりが好きだった志音にとっては少し興味を引かれる。今度訪れてみようか――。志音が思考を巡らせていると。
「きっと志音くんにとって、大切な場所になると思うよ」
ふいに投げられた蒼空の言葉。志音が顔を向けた時には、蒼空は席へと身を翻すところだった。
「それじゃ、僕はまだ少し本を読んでいくよ」
蒼空は途中で振り向き、にっこりと笑って手を振ると席につく。そうしてまた、頬杖をつきながら、本に目を落とし始めた。
まるで何かを知っているような蒼空の態度だったけれど、志音は何も言うことができなかった。後には不思議な余韻が残る。
