窓の外、灰色の雲がゆっくりと流れていた。
潮風が遠くでざわついている。

海沿いにあるこの病院に、灯(あかり)はもう半年以上入院している。
生まれつき心臓疾患で、何度も手術を繰り返したが限界は近づいていた。
唯一の希望は心臓移植……
けれど、ドナーが見つからず、すでに諦めていた。

「もういいや……」
ふとした時に、そう思ってしまう自分がいる。
でも、それを言葉にすることはなかった。
言ってしまったら全てが終わる気がして怖かったから……。

その時、隣が慌ただしくなった。
看護師たちの声と男性の声。
誰かが来たみたいだ。

カーテン越しに見えたのは、黒髪で白い肌を持った高身長の男性。
同じぐらいの年齢に見えた。

昼過ぎ、たまたま廊下ですれ違った。
その青年は、軽く会釈をし微笑んだ。
優しい目をしていた。
私は、そんな彼に惹かれた

『こんにちは』
彼の方から話をかけてきた
「……あっ、こんにちは」
戸惑いながらも、私は会釈を返す。
『隣になった東晶哉(あずままさや)です。』
「私は東灯(ひがしあかり)です。」
『灯さん、いい名前ですね。』
「……ありがとうございます。」

彼はそれ以上深く聞いてこなかった。
病院では、病気の話を避けることが礼儀みたいになっている。
でも灯は、なぜかその静かな優しさに、少しだけ胸が軽くなるのを感じた。

夜、静まり返った病棟で、灯はベッドに寝転がり天井を見つめていた。
隣にいる誰かの存在を意識するのは久しぶりだった。
早くに両親を無くした灯は孤独じゃないと、少しだけ思えた。

しかし、その人が、余命を告げられているなんて……
灯は、まだ知らなかった。