「はぁ……はぁ……はぁ……」
肩を上下させて呼吸しながら、お客さんたちを呆然と見つめる。自分たちが称賛されているという事実を、すぐに受け入れることができなかったからだ。
『BlessingGirl』として活動していた宮川に褒められたことはあったが、褒められる経験なんて数えるくらいしかなかったから、こんなにも喜ばれるなんて信じられなかった。夢でも見ているような心地を味わっていると、ポンと胸を叩かれた。
「やったね、小宮」
「宮川……」
「なにぼぉーっとしてるの。うまくいったんだから喜びなって」
「そうだよな。喜ばないと損だよな。やったな!」
ガッツポーズしていると、テツが駆け寄ってきた。
「なんとか乗り切ったな。このままの勢いで、次の曲も弾き切るぞ」
「だね。こみやんとりんりんの合作を披露しよう!」
誰も俺がパニックになってしまったことを責めなかった。そのことに深く感謝しながら、本命の曲に臨む決意を固める。
そうだよな。未来に希望が溢れていることを伝えるためにここに立っているのに、過去に囚われている場合じゃないよな。
「次に歌う曲は、今日初めて披露する曲です。どうか聴いてください!」
再びテツがマイクを持って、お客さんに伝える。普段は寡黙なのに、こういう時は率先して前に出るようだ。
俺たちは体を動かして互いに向き合った。スティックを握りしめたシューと、頷くテツと、サムズアップする宮川と目で語り合う。全員の心が一つになったのを感じた瞬間、先程まで自分を悩ませていた不安は完全に吹き飛ばされていた。
興奮している観客たちをよそに、宮川は静かに歌い始めた。その声に続くようにテツが低音を鳴らし、ゆったりとしたリズムでシューがシンバルを打った。そして、観客たちの心臓の鼓動とシンクロするように俺がコードを弾き、曲の輪郭が明確になっていく。音楽が開始したのと同時に、プロジェクターからリリックビデオが投影されているはずだ。
俺たちの仲間になることが決まって少しした頃、宮川は陽菜の病室に足を運び、『退屈クラッシャーズ』のボーカルとして活動することを許してほしいと頭を下げた。
陽菜がどんな反応をするのかわからなくて不安だったけど、あっさりと宮川の加入を快諾した。
『私が歌えなくなっちゃったから、どうやってバンドを続けていくのか不安だったけど、宮川さんがいるなら安心だね。『BlessingGirl』が私たちの仲間になってくれるなら大助かりだよ。はる君のこと、よろしくね』
そう言って背中を押してくれた陽菜の言葉があったからこそ、俺たちはこうして一つになってバンド活動をすることができている。
YouTubeに配信されている動画を見ている陽菜が、少しでも前向きになってくれることを祈って、最後の四分を全力で駆け抜ける。
俺たちが円陣を組んでいる映像や一緒に昼ご飯を食べている映像、シューが描いた病院や駅の絵、代わる代わる現れる歌詞と一緒に、俺たちの軌跡を切り取った映像が、リリックビデオには流れているはずだ。
雨露ソラからの指導を受けたシューとテツは、俺が作った曲を何度も聴きながら動画の作成に着手した。寝る間も惜しんであーでもないこーでもないと議論する姿は、この間まで仲が悪かった二人とは思えないほど楽しそうだった。
なにより面白いのがシューのイラストだ。風景画しか載せないのだろうと思っていたのだが、密かに人物画も練習していたらしく、叡山高校の制服を着ている陽菜が当たり前のように校門をくぐっている姿を描いていた。シューがシューなりに考えた「未来」が、そのイラストには詰まっていた。
一方でテツは文字の書体を変えたり、色を変えたり、モーションを加えたりして、歌詞に意識が向くよう製作していた。微細な調整を繰り返して完成した動画から、彼のこだわりを見抜ける視聴者はなかなか現れないだろう。たとえ万人が気付かなくても、手は抜かない。そんな彼の姿勢は、さすが雨露ソラの弟子だと感じた。
上気して頬が真っ赤に染まっている宮川がちらりと俺を見てきた。彼女の視線に応えるように指先を動かし、弦を揺らし、音に感情を乗せていく。ギターソロの時間だ。音は泣いて笑って怒っていた。恵に対する幾重もの気持ちが多目的ホールに響き渡る。
ここで魂を乗せなくちゃ、いつ乗せるんだ。声を出して叫び出したいくらいの気持ちを、全部音に込めるんだ。俺は、全員が笑っている未来しか望んじゃいないぞ。
全身が熱い。ああ、これが本気で演奏するってことだよな。興奮が収まることを知らないこの感覚は、こういう場所でしか味わえないものだ。本気でなにかに挑戦している時にしか味わえない感動が目の前にある。
ギターソロが終わり、演奏はクライマックスに到達する。『退屈クラッシャーズ』全員が一体となって音楽を奏で、最後のコードが鳴り響くまで本気を貫いていく。
「お姉ちゃぁぁぁぁぁぁぁん!!」
宮川が、叫んだ。
「私はずっと頑張ってきたよ。お姉ちゃんとの約束を果たすために、ここまでずっと! 諦めずに歌ってきたよ! だから、お姉ちゃんも諦めないでよ。最後の最後まで生きることをやめないでよ。私はまた、お姉ちゃんと一緒に歌いたいっ!」
観客にとっては意味がわからないであろう叫び。無関係な慟哭だ。だけど、涙を流しながら声を張り上げる姿を笑う人は、ここには一人もいなかった。誰かの本気が、誰かの熱意が、誰かの叫びが、嘲り笑われる世界になってほしくない。
宮川と恵。二人が交わした約束が、時を経て叶えられようとしている。
紛れもなく宮川の努力の賜物だ。枯れることなく情熱を燃やし続けた彼女の強い意思が、この状況を作り出したんだ。
来いよ、恵。宮川はしっかりと約束を果たしたぞ。この歌を聴かないで成仏するなんて言わないよな? お前の言う心残りってやつの中に、この状況が含まれていないわけないよな?
なにが五年も経っただ。なにが見込みがほぼないってことくらいわかってるだ。
ふざけんな。お前が諦めていても俺たちは誰一人として諦めていないぞ。
俺も、宮川も、陽菜も、シューも、テツも、雨露ソラも、お前の明日を願ってる。
俺は恵に救われっぱなしだ。数え切れないくらいの恩がある。一緒にいるだけで楽しくてしかたがなかった毎日。幽霊と過ごした共同生活は間違いなく最高だった。もっとお前と一緒にいたいんだ。今度は目を覚ましたお前と皆でお話がしたいんだ。
演奏が終わり、静寂が訪れる。しーんとなった空間で、俺たちは深々と一礼をする。頭を下げた俺たちに応えたのは、観客の拍手だった。
パチパチパチと手を叩く音が響いていた時間は長くて数十秒ほどだっただろうけど、俺たちにとって貴重な数十秒だった。涙が溢れて、バンドメンバーや観客の姿がよく見えなかった。
「『退屈クラッシャーズ』の皆さん、素敵な演奏ありがとうございました。もう一度、盛大な拍手をお願い致します」
全てやり遂げたという安堵と、認めてもらえた感動と、どこか夢心地な気持ちに包まれながら、再び頭を下げた。
結局、恵に届いたかどうかはわからなかった。もしかしたら届いているかもしれないし、届いていないかもしれない。確証はどこにもない。けれど、恵なら絶対に聴いている。そう信じている。
なぁ、恵。俺、やりきったよ。皆と一緒にバンド活動をこなしたよ。
今日の演奏がどうだったのか、聞かせてくれよ。お前の感想が知りたいんだ。
肩を上下させて呼吸しながら、お客さんたちを呆然と見つめる。自分たちが称賛されているという事実を、すぐに受け入れることができなかったからだ。
『BlessingGirl』として活動していた宮川に褒められたことはあったが、褒められる経験なんて数えるくらいしかなかったから、こんなにも喜ばれるなんて信じられなかった。夢でも見ているような心地を味わっていると、ポンと胸を叩かれた。
「やったね、小宮」
「宮川……」
「なにぼぉーっとしてるの。うまくいったんだから喜びなって」
「そうだよな。喜ばないと損だよな。やったな!」
ガッツポーズしていると、テツが駆け寄ってきた。
「なんとか乗り切ったな。このままの勢いで、次の曲も弾き切るぞ」
「だね。こみやんとりんりんの合作を披露しよう!」
誰も俺がパニックになってしまったことを責めなかった。そのことに深く感謝しながら、本命の曲に臨む決意を固める。
そうだよな。未来に希望が溢れていることを伝えるためにここに立っているのに、過去に囚われている場合じゃないよな。
「次に歌う曲は、今日初めて披露する曲です。どうか聴いてください!」
再びテツがマイクを持って、お客さんに伝える。普段は寡黙なのに、こういう時は率先して前に出るようだ。
俺たちは体を動かして互いに向き合った。スティックを握りしめたシューと、頷くテツと、サムズアップする宮川と目で語り合う。全員の心が一つになったのを感じた瞬間、先程まで自分を悩ませていた不安は完全に吹き飛ばされていた。
興奮している観客たちをよそに、宮川は静かに歌い始めた。その声に続くようにテツが低音を鳴らし、ゆったりとしたリズムでシューがシンバルを打った。そして、観客たちの心臓の鼓動とシンクロするように俺がコードを弾き、曲の輪郭が明確になっていく。音楽が開始したのと同時に、プロジェクターからリリックビデオが投影されているはずだ。
俺たちの仲間になることが決まって少しした頃、宮川は陽菜の病室に足を運び、『退屈クラッシャーズ』のボーカルとして活動することを許してほしいと頭を下げた。
陽菜がどんな反応をするのかわからなくて不安だったけど、あっさりと宮川の加入を快諾した。
『私が歌えなくなっちゃったから、どうやってバンドを続けていくのか不安だったけど、宮川さんがいるなら安心だね。『BlessingGirl』が私たちの仲間になってくれるなら大助かりだよ。はる君のこと、よろしくね』
そう言って背中を押してくれた陽菜の言葉があったからこそ、俺たちはこうして一つになってバンド活動をすることができている。
YouTubeに配信されている動画を見ている陽菜が、少しでも前向きになってくれることを祈って、最後の四分を全力で駆け抜ける。
俺たちが円陣を組んでいる映像や一緒に昼ご飯を食べている映像、シューが描いた病院や駅の絵、代わる代わる現れる歌詞と一緒に、俺たちの軌跡を切り取った映像が、リリックビデオには流れているはずだ。
雨露ソラからの指導を受けたシューとテツは、俺が作った曲を何度も聴きながら動画の作成に着手した。寝る間も惜しんであーでもないこーでもないと議論する姿は、この間まで仲が悪かった二人とは思えないほど楽しそうだった。
なにより面白いのがシューのイラストだ。風景画しか載せないのだろうと思っていたのだが、密かに人物画も練習していたらしく、叡山高校の制服を着ている陽菜が当たり前のように校門をくぐっている姿を描いていた。シューがシューなりに考えた「未来」が、そのイラストには詰まっていた。
一方でテツは文字の書体を変えたり、色を変えたり、モーションを加えたりして、歌詞に意識が向くよう製作していた。微細な調整を繰り返して完成した動画から、彼のこだわりを見抜ける視聴者はなかなか現れないだろう。たとえ万人が気付かなくても、手は抜かない。そんな彼の姿勢は、さすが雨露ソラの弟子だと感じた。
上気して頬が真っ赤に染まっている宮川がちらりと俺を見てきた。彼女の視線に応えるように指先を動かし、弦を揺らし、音に感情を乗せていく。ギターソロの時間だ。音は泣いて笑って怒っていた。恵に対する幾重もの気持ちが多目的ホールに響き渡る。
ここで魂を乗せなくちゃ、いつ乗せるんだ。声を出して叫び出したいくらいの気持ちを、全部音に込めるんだ。俺は、全員が笑っている未来しか望んじゃいないぞ。
全身が熱い。ああ、これが本気で演奏するってことだよな。興奮が収まることを知らないこの感覚は、こういう場所でしか味わえないものだ。本気でなにかに挑戦している時にしか味わえない感動が目の前にある。
ギターソロが終わり、演奏はクライマックスに到達する。『退屈クラッシャーズ』全員が一体となって音楽を奏で、最後のコードが鳴り響くまで本気を貫いていく。
「お姉ちゃぁぁぁぁぁぁぁん!!」
宮川が、叫んだ。
「私はずっと頑張ってきたよ。お姉ちゃんとの約束を果たすために、ここまでずっと! 諦めずに歌ってきたよ! だから、お姉ちゃんも諦めないでよ。最後の最後まで生きることをやめないでよ。私はまた、お姉ちゃんと一緒に歌いたいっ!」
観客にとっては意味がわからないであろう叫び。無関係な慟哭だ。だけど、涙を流しながら声を張り上げる姿を笑う人は、ここには一人もいなかった。誰かの本気が、誰かの熱意が、誰かの叫びが、嘲り笑われる世界になってほしくない。
宮川と恵。二人が交わした約束が、時を経て叶えられようとしている。
紛れもなく宮川の努力の賜物だ。枯れることなく情熱を燃やし続けた彼女の強い意思が、この状況を作り出したんだ。
来いよ、恵。宮川はしっかりと約束を果たしたぞ。この歌を聴かないで成仏するなんて言わないよな? お前の言う心残りってやつの中に、この状況が含まれていないわけないよな?
なにが五年も経っただ。なにが見込みがほぼないってことくらいわかってるだ。
ふざけんな。お前が諦めていても俺たちは誰一人として諦めていないぞ。
俺も、宮川も、陽菜も、シューも、テツも、雨露ソラも、お前の明日を願ってる。
俺は恵に救われっぱなしだ。数え切れないくらいの恩がある。一緒にいるだけで楽しくてしかたがなかった毎日。幽霊と過ごした共同生活は間違いなく最高だった。もっとお前と一緒にいたいんだ。今度は目を覚ましたお前と皆でお話がしたいんだ。
演奏が終わり、静寂が訪れる。しーんとなった空間で、俺たちは深々と一礼をする。頭を下げた俺たちに応えたのは、観客の拍手だった。
パチパチパチと手を叩く音が響いていた時間は長くて数十秒ほどだっただろうけど、俺たちにとって貴重な数十秒だった。涙が溢れて、バンドメンバーや観客の姿がよく見えなかった。
「『退屈クラッシャーズ』の皆さん、素敵な演奏ありがとうございました。もう一度、盛大な拍手をお願い致します」
全てやり遂げたという安堵と、認めてもらえた感動と、どこか夢心地な気持ちに包まれながら、再び頭を下げた。
結局、恵に届いたかどうかはわからなかった。もしかしたら届いているかもしれないし、届いていないかもしれない。確証はどこにもない。けれど、恵なら絶対に聴いている。そう信じている。
なぁ、恵。俺、やりきったよ。皆と一緒にバンド活動をこなしたよ。
今日の演奏がどうだったのか、聞かせてくれよ。お前の感想が知りたいんだ。

