「顔を出さないですむアイデアを出してくれたテツには悪いんだけどさ、病院祭に参加するっていうのはどうかなって思ってさ」
「病院祭?」
「ああ。叡山赤十字病院で病院祭っていうお祭が開催されるらしいんだ。そこでお客さんの前で演奏してみたら、陽菜も喜ぶと思ったんだ」
「もうこみやんは大丈夫だってわかったから。ボクは反対しないよ。やってみるのも悪くないんじゃないかな」
「悠斗の言いたいことはわかる。大衆の面前で演奏することで、トラウマを乗り越えた姿を見せたいんだろ? 俺もお前が大丈夫だと信じてはいるが、無理に頑張る必要はないと思うんだが?」

 意外にも賛成の意を示すシューと、難色を示すテツ。二人の間で意見が割れた。

「ワタシは中立的な立場かな。小宮悠斗君が酷い言葉を投げかけられてもメンタルを安定させる対処ができるっていうなら参加しても問題ないけど、できないならやるべきじゃないと思うよ」
「確かに雨露ソラの言う通りだ。俺が皆に迷惑をかけてきたのは事実だから、不安になるのは当然だよ。俺はなにかあるとすぐに弱っちまうし、一人ではなにもできない奴だ。宮川みたいに情熱を持って歌えるわけでもねぇ、シューみたいに綺麗な絵が描けるわけでもねぇ、テツみたいに雨露ソラに師事するわけでもねぇ、本当弱い奴だ。そんな弱くて、ちっぽけで、どうしようもない俺にも一つだけ誇れるものがある。それはお前たちだ。なにかあったら相談できる仲間に出会えたことがなによりの誇りなんだ」

 目を瞑る。瞼の裏で、孤独に耐えようとしている幽霊の姿を思い描く。
 あいつを一人になんてさせたくない。

「こんな俺でも明日に希望を見出せるんだって、皆となら不可能を可能にできるんだって、どうしても証明したいんだ。俺のことを救ったくせに死ぬなんて許さないって叫びたくてしかたないんだ! 俺はまた心無い言葉に負けちまうかもしれない。ごめん。なるべく気にしないようにするつもりだけど、また傷ついてしまうかもしれない。ごめん。そんな俺を……一人じゃどうにもできない俺を助けてくれ!」
「あはははははは!」

 俺の言葉を聞いた雨露ソラが机を叩きながら腹を抱えて笑い始めた。

「あ~、面白れぇ。まさかの対処方法が仲間に助けを乞うことなんてな。なかなかできるもんじゃねぇーよ」

 雨露ソラの笑いのツボがどこだったのかわからないが、素の彼女を引き出すくらいには面白かったらしい。抱腹絶倒の四文字が頭に思い浮かぶようだった。

「ったく。自分の弱さを堂々と表明しやがって。全部俺たちに丸投げかよ」

 テツが苦笑しながら近付いてくる。

「ダメか?」
「いや、合格だ。よく一人で抱え込まない答えに辿り着いたな」

 彼に肩をポンと叩かれて、張りつめていた糸が解けるのを感じた。

「こみやんとてっちゃんの意見を両方採用しようよ。もし病院祭に参加するとしたら、ホールみたいなところで演奏することになるだろうから、プロジェクターにパソコンの画面が映るようにセッティングして、動画を流しながら演奏すればいいと思うんだ」
「なら、やるべきことは多いね。動画製作はすぐに取り掛かる必要があるから、病院に許可をもらいにいかないと」
「それもそうか。ならせっかく音楽スタジオを借りたんだし、今日はどういう方向性で音楽を作っていくか話し合わないともったいないな。皆、遠慮せずにどんどん意見を出してくれ」

 全員の意見が一致した段階で、どういった方向性で動画を製作していくかを話し合っていくことになった。テーマが決まらないと演奏する曲の選定もできないからだ。

「小宮。私から一つお願いがあるの」

 そう言ってバックから取り出したのは、一冊のノート。それを俺に手渡してきた。
 表紙に目を落とすと、平仮名で名前が書かれていたり、クラスと出席番号が記されていたりと、小学生の頃に使っていたものだとすぐにわかった。

「これはね、思い付いた歌詞をメモしておく作詞ノートなんだ。とはいってもほとんど思い付いたフレーズを適当に書いたものばかりなんだけどね。でも、お姉ちゃんと一緒に本気で考えた歌詞が載ってるページだけはしっかりと書かれてるよ」

 彼女の言う通り、ほとんどのページが殴り書きしたような文字でメモされたものばかりで、解読が難しいものが多かった。昔から綺麗な字を書いていそうな印象が強かったので、意外に思いながらページをめくっていると、最後のページだけやけに読みやすい字で書かれていた。
 目を凝らしてよく見ると、綺麗でくっきりとした文字と可愛らしく丸みを帯びた文字の二種類があることに気が付いた。

「お姉ちゃんが交通事故に遭う直前に作ったものだったんだけど、私には詞から曲を作る才能がなかったみたいでさ、この詩を口にすることはできてないままなんだ。だから小宮には、この詞をもとに作曲してほしいの。柊から聞いたよ? 小宮は作曲担当だったんでしょ?」
「確かに陽菜が書いた詞から曲を作ることはよくあったけど、俺が作っちまっていいのか? 恵との思い出が詰まった大切な詞なんだろ?」
「言ったでしょ。才能がなかったって。作曲できてたら、今頃YouTubeに上げてるよ。私が『嘆きの空、果ての声』をカバーしてたのは、『退屈クラッシャーズ』に感銘を受けたからっていうのが一番の理由だけど、曲を作れなかったからでもあったんだ」
「そう、だったのか」

 これまで一度も宮川がオリジナル曲を歌っている場面を見たことがない。あれだけの情熱、あれだけの歌唱力がありながら、自分の気持ちを込めた歌が歌えないなんてな。

「お姉ちゃんと約束したんだ。いつか二人で作った詞を私が歌うって」
「わかった。頑張って曲を作ってみるよ。その代わり、宮川の美声には期待させてもらうからな」
「任せて。必ず皆の想いを届けてみせるから」

 俺と宮川が作曲に勤しむ横で、シューとテツは雨露ソラから動画制作の指導を受けている。皆の様子を眺めていると『退屈クラッシャーズ』で活動していた時に感じていた一体感を再び味わうことができて、自然と頬が緩む。

「なぁ、宮川。約束の歌詞を使った曲はバラードで行こうと思うんだ」
「意外。小宮がそんなことを言うなんて」

 不思議なものだった。頑張れ、とか。負けるな、とか。そんなありきたりな言葉で陽菜や恵に伝えるのもいいけれど、日常生活の延長線上みたいな落ち着いた雰囲気で鑑賞する曲があってもいいように思えていた。
 ずっと前に陽菜のお見舞いに行った時にはあの静けさが堪らなく嫌だったのに、陽菜が太陽に怯える話を聞いたことで、無理矢理鼓舞するのも違うように感じていた。

「まぁな。与えられる愛が重すぎることが病に伏す人にとって重荷になってしまうことも知ったからさ、ただ単に太陽のように明るく未来を照らすんじゃなく、時には月のように優しく未来を照らしてもいいんじゃないかなって」
「なるほど。そういうことなら納得、かな」

 さて、と。方針は固まった。あとは俺が頑張るだけだ。久々の曲作り、胸が躍るな。