お母さんの作ったお弁当を持って、学校へ行く。もうすぐ五月になる桜が散り始めた新緑の季節、まだ涼しげで過ごしやすい気候で、足取りは軽かった。
「おはよう」
「おはよう、高瀬くん」
教室に入ると、先に着いていた高瀬くんがこちらに手を振った。知り合い以上友達未満であろうわたしたちは、行動を共にはしないものの、挨拶をしたり休み時間に話したり、そういう関係になっていた。気付いたときには敬語も取れていて、はじめましての頃より親しく見えるかな。
「部活、どこに入るか決めた?」
そう、片肘を着いて身体の向きを変える。
「帰宅部でいいかな。運動音痴だし、絵も下手だから」
「そうなんだ。意外」
「意外?なにが?」
それとこれと、なんの関係があるんだろう。
思ったことがそのまま顔に出ていたのか、高瀬くんが口を開いた。
「うん。好きな人と同じ学校に進学して、同じ部活に入るのかなって」
「え、わたし、好きな人がいるなんて話したっけ」
記憶を辿るも、そんなことを話した覚えは全くない。……じゃあなんで知ってるんだろう。
「……いや、いつも必死に授業受けてるから、僕みたいに背伸びしてここに入ったのかなって思ってた」
バレてたんだ。隣の席だから、授業に追いつくのに必死なのは見てわかってしまうらしい。
それに高瀬くんも同じだったなんて、驚いた。勝手に頭がいいのかと思っていた。
「それに、小晴綺麗だから。元から綺麗なんだと思うけど、好きな人のために綺麗になろうって努力したんじゃないかなって」
約一ヶ月、高瀬くんと話してきて、気付いたことがある。彼は優しく穏やかで、でも駿くんとはまた違う。
どこが、というと、視点が違う気がするのだ。
高瀬くんがそう、わたしが駿くんに振り向いてもらう努力をしていたことに気付くのとは違う。
小学生の頃、駿くんはわたしにこう言った。
「小晴はかわいいから、モテるだろ?」
誰に向けた努力なのか、全くわかっていなかったんだなと、今更になって気付かされたのだ。
なんなら、振り向いてもらうために頑張っていたことに何一つ気付いていなかったのかもしない。
それでもかわいいって言われたことに喜んで、駿くんに近付きたいと努力を重ねてきたことが、もしかしたら無駄だったのかもしれないとまで思った。
「高瀬くんは、なんで背伸びしてこの学校を選んだの?」
なんだか自分がいたたまれなくて、慌てて話題を変えた。早口になっていたのが、自分でもはっきりわかる。
「それは……」
言葉に詰まっている様子を見ると、なんだか申し訳なくなってしまう。言いたくないこともあるだろう。
わたしが高瀬くんの質問に、肯定も否定もしないまま終わらせたように。
「進学や就職をするのに、有利なところだからかな」
ただ、すごいと思った。
別に誰もそんなことで?と思わない、ちゃんと考えての行動に、高瀬くんが一気に遠い人に見えた。
「そっか、もうちゃんと考えてるんだ……。すごいね」
わたしはまるで、好きな芸能人がその学校に行ったからと大学を選ぶように、学問とは矛盾した考えで入学しているのに。
「そんなことないよ。ほんと、全然すごくない」
目線を逸らして、小さく笑いを浮かべる。
照れているのとはまた違う、どんな感情がよくわからない表情だった。
「わたしなんて、進路のことなんて何一つ考えてないから。考えてるだけで、もう十分立派だと思う」
「……ありがとう」
何故か申し訳なさそうに眉を下げるけど、理由は聞けなかった。
あの沈黙の中に、言えない秘密があったのかもしれないし。
「僕も帰宅部にしようかな。授業ついて行くのも大変だし」
さっきの表情とは打って変わって笑顔になる。
彼は笑顔がよく似合う人だと、心の底から思った。