もし世界が、君のいない未来を迎えるのなら

家に帰ると、高瀬くんが立っていた。
真っ暗な家の前で、マフラーをぐるぐる巻きにしてそこにいた。
「……こはっ、小晴っ!」
わたしの姿を確認した彼は、笑顔と涙でぐちゃぐちゃになりながらわたしを思い切り抱きしめた。
「生きてた、よかった……」
「高瀬くん、痛いよ」
ぬいぐるみを抱き潰す勢いで抱きつかれるから、ちょっと痛い。でもその痛みさえ、生きていることの実感に繋がっていく。
「ニュースに上がってこないから、もしかしたらって思って……。ほんとに良かった」
首に触れる頬や髪が冷たくて。
高瀬くんはいつからここで待っていたんだろう。
「上がって。寒いでしょ?」
「ありがとう。でも、今日は玄関でいいよ」
家にあがり、玄関の電気をつける。
「生きて動いている小晴が見たかったんだ。小晴も疲れてるみたいだし、僕は帰るよ」
ここ最近の中で一番の笑顔で彼は呆気なく帰っていった。
しばらく呆然として立ち尽くしていたけど、寒さに意識を戻されて荷物を置きに自分の部屋へ上がる。
椅子を引いたとき、学習机の上に一通の手紙があることに気がついた。
宛先も送り主も書いていない、わたしがずっと机にしまっていたレターセット。
封がされていなくて、簡単に中身を取り出すことができたそれは、見覚えのある字が並んでいた。
岩崎さんだ。
何度かちらっと見た事のあるバインダーに書いてあった字と、全く同じ。
「……なんで、こんな……」
椅子にも座れない、物にも触れられない。そんな岩崎さんが、どうしてわたしに手紙なんて残したんだろう。残せたんだろう。
『升月小晴さんへ』
始めの一行目にそう書かれた手紙を、今読むべきではないとわかっているけど。
それでも、目で追ってしまう。
『これを読んでいるということは、ちゃんと生きているということですね。よかった。あなたまで死んでしまったら、私は苦しくて死んでも死にきれませんから。
驚かせてしまってすみません。生きているなんて思っていないでしょう?でも、あなたはちゃんと生きています。
なんで?と思いますよね。
ちゃんと理由があるんです。
私は初めて恋をしました。
私の仕事に寄り添ってくれる、笑顔を向けてくれるあなたに。
小晴さんの笑顔の眩しさや、弱いところが愛おしくて。あなたを笑顔にできるのは私でありたいと願うこともありました。
あなたが失恋を乗り越え、新しい恋を叶えた幸せそうな顔を毎日思い出します。
あなたのことを思う度、私はあなたのいない未来が怖くなりました。
私が死神として活動する世界に、小晴さんがいないことを考えると、それだけで胸が締め付けられる。
行き場のない気持ちに悩んでいたとき、秋斗が教えてくれたことがあります。
私は……僕は。まだ、生きている。
五人目であるあなたを予定通り成仏させることができたら、意識不明だった僕は目を覚ますことが出来る。
そんな事実を、今更になって突きつけてきました。
小晴さんを殺して自分が生きる。
もし世界が、小晴さんのいない未来を迎えるのなら。
僕は耐えられない。
今までと変わらない日々を送ることなんて、できるわけない。
僕の望みは、小晴さんが生きる未来が、この先長く流れること。それだけです。
あなたを生かしたことは、僕のエゴです。
許してください。
八ヶ月という短い時間は、今までで一番楽しかったです。
あなたが思うように、恋は世界を輝かせてくれました。この輝きがあれば、僕も死なんて怖くありません。
それほどに、あなたのことが大好きでした。
図々しいとは思いますが、最後にひとつ、お願いがあります。それは……』
____二月十二日。
岩崎さんが、お墓に入る日。
優馬くんと二人で、クリスマスローズの花束を持って、墓参りに来ていた。
『最初で最後の墓参りに来てほしいです。クリスマスローズの花束を持って。僕の骨は祖父の墓に一緒に入ると思います。墓地の住所は……』
焦って書いたのか、字が初めより荒れていた。
『岩崎家之墓』と書かれた墓石の側面に、岩崎さんの名前も彫られていた。
ねぇ、見ていますか。
あなたが私を忘れないでと願うように、空の上にいる、星になったあなたにわたしも、願います。
わたしのことを、忘れないでと。
こうして幸せをくれた岩崎さんのことは、ずっと忘れないよ。
このクリスマスローズに誓って。
手を合わせ、高瀬くんと顔を見合わせる。
「僕は、蓮さんに感謝を伝えても伝えきれないよ。僕がこうして今幸せなのは、彼が小晴を身を呈して守ってくれたからあるものだから」
そう、彼は母親が常備しているチューハイの缶を岩崎さんの墓に置く。
「蓮さんの分も、僕が小晴を幸せにするよ」
手を繋ぎ、微笑み合う。
苦しいことがあっても、生きていくこと。
岩崎さんがくれた時間を、わたしは一瞬一瞬を胸に刻みながら、あなたの元へ自然と行くことになるまで懸命に歩んでいくよ。
二人で空を見上げながら、まるで会話を聞いていたかのように降ってくる冷たい雪に、心を温められた。