もし世界が、君のいない未来を迎えるのなら

目が覚めると、そこは昨日までと変わらない世界に見えた。
傷の一つも、痛みもない身体。
わたしを通り越すことのない布団。
ブルっと震えてしまう冬の寒さ。
ここは夢なのか、それとも現実なのか。
よくわからないまま、立ち上がる。
床を踏み締められる足。自分の部屋のドアノブに触れて下ろすことのできる手。
わたしは今、どこにいるんだろう。
聞こうにも、岩崎さんが廊下の隅にも、階段を降りた先のリビングにもいなくて。
どこに行ってしまったのか、探すあてもない。
死んだから、岩崎さんの役目が終わってしまったから目の前に現れることがないってこと?
昨日片付け忘れた未開封のお菓子。
そのすぐ横にある、置きっぱなしのリモコンを手に取った。
わたしが死んだ事故のニュースが流れるかもしれないと、ボタンを押す。
『さて、五年間の長い月日を経て、犯人逮捕に至った通り魔殺人ですが____』
テレビの映像は、航空写真で事件のあった場所を目撃情報や被害に遭いかけた女性の話しなどが記載されたパネルで説明をしているところだった。
岩崎さんが案内してくれた場所に、そこはよく似ているように見えた。
『先程、被害者男性が死亡したとのことです』
つい、持っていたリモコンを落としてしまう。
高校で撮られた生徒手帳の写真だと、テレビの隅に書いてある男性の顔と名前が、昨日まで一緒にいた彼と全く同じだったから。
『死亡した岩崎蓮さんは高校二年生の今日被害に遭い、複数箇所の刺傷、頭部を強く打つ頭部打撲の重症を負い、五年間意識不明のまま入院していました。先程入った情報によると、昨夜十八時四十八分ごろ、心肺停止となり、そのまま死亡が確認されたということです』
わけがわからなかった。
岩崎さんは生きていたの?
死んでしまったんじゃなかったの?
なんで今、こんなニュースがやっているの?
「わけわかんないよ……」
自分のニュースを待つ気になれなくて、自分の部屋に戻った。
状況が全く理解できていないからなのか、涙は出なかった。
きちんと歩けているのかもわからないまま、ベッドに横になる。
もう一度寝て起きたら何かが変わるか。はたまた、まだ夢の中なのか。
驚きから目が冴えて、何度も寝返りを打っているうちに眠りについていたらしい。
目を覚ますと、今度は岩崎さんではないブラックスーツの男性がわたしの顔を覗き込んでいた。
「うわぁっ!誰っ!?」
飛び起きても、頭がぶつからない。
見知らぬ彼を通り越して身体を起こしたところを見ると、彼も岩崎さんと同じ感じだろうか。
茶髪で、どこかチャラチャラして見えるピアスの空いた彼に、もちろん見覚えなんてない。
「榊秋斗です。驚かせてしまってすみません」
榊、秋斗……。
聞き覚えのある名前は、すぐに記憶の中でヒットした。岩崎さんの友達だ。
「あ、はじめまして……」
「はじめまして。きっとあなたは混乱していると思いまして、例外ではありますが顔を出させていただきました」
ピシッと立って、直角に頭を下げる。
清潔感のある服装や仕草などで彼の誠実さはよくわかる。
「あの、わたしって死んだってことでいいんですよね?」
「いえ、あなたは生きています。死神の世界で奪ったあなたの命は、残りの何十年分全てを返却させていただきました」
言っている意味がよくわからない。
なんで命を奪うだの、返すだの、そういうことが起こったんだろう。
「順を追って、説明します。座ってください」
促されるまま、ベッドに腰かける。
「あまり詳しくはお話できないんですけど……」
そんな前振りから始まった、死神の世界の話。
死にたいと願う人が何万といるこの日本。
その中から毎年一回、誰に未来死亡者担当の死神を付けて成仏させるかの選定会が行われるらしい。そこで今年選ばれた数人の中の一人がわたしだった。
しかし、岩崎さんはルール違反を犯した。
本来、死ぬのが怖くなって指定場所に行かない人のためにある、一人に限り一度しか使えない乗り移りの力を、生かすために使ってしまった。
そのせいで、わたしは生きて、岩崎さんは死滅することになったらしい。
「その上、今回は私のミスで、生きた人間を生霊として働かせてしまっていた。だから今回の彼のミスを受けて、彼は本来生きていくはずの命を本当に失ってしまった」
……朝のニュースは、本当だったんだ。
わけがわからないから、実は夢なんじゃないかって思い始めていたのに。
岩崎さんが死んで、わたしが生きている。
その事実は、話を聞いてもやはり受け止めがたいものがあった。
「彼の葬式が、明日の夜にあるんだ。行ってやってくれないか」
そんなこと、頼まれなくてもやるよ。
わたしを生かしてくれた人に、文句とお礼を言いに行かないといけないし。
「どこでやるんですか?」
「彼の家の近くの葬儀屋で、住所が……」
そう、教えてもらった場所に来た。たった一人で、岩崎さんと来た駅を降りて、地図を見ながら記憶にある道を辿る。
シンプルな作りの葬儀屋には、『岩崎家』と書かれた横断幕が垂れていた。
人はあまり多くないけど、お坊さんがお経を唱えている間、小さな声で「ごめんなさい」と何度も謝っている女の人がいた。
二十歳くらいの人で、なんとなく岩崎さんが守った人なんだろうなと察しがついた。
一番前に座っているお母さんであろう人は、静かに涙を流して遺影を眺めていた。
話しかけるのもあまりよくないかもしれないと思いつつ、許可をもらって焼香をあげる。
____ねぇ、岩崎さん。聞いてる?
あなたに伝えたいことがあるの。
今こうして生かしてくれてありがとう。
でもどうして、わたしを生かしたの?
あなたが消えてしまったら、死んでしまったら。みんなが悲しむのに。
秋斗さんは、全てを知っていたように話したけど、辛そうだったよ。
お母さんだって、こんなに泣いているよ。
……こんなことを言われても、困るよね。
わたし、ちゃんと生きるから。
辛いことがあっても、生きることを諦めないから。
だから見ててね。岩崎さん。
顔を上げると、後ろに人が立っていた。
最後にもう一度遺影を見て、葬儀屋を出た。