十七時になった。
もう帰ってほしい。そう伝えると、高瀬くんは渋々ながらも帰る準備を始めた。
たまにわたしのほうを見ながらも、ただただ無言で玄関まで行って、靴を履いた。
帰り際、今にも張り詰めた糸が切れて、泣き出しそうな顔をしてこちらを振り向く。
「……好きだよ。好き、好きだ。小晴、出会ってくれてありがとう」
わたしの腕を引き、背中に手を回した。
わたしも負けじと彼の背に手を回す。無意識に力が入るのは、寂しさや恐怖、そして恋心。
全てが入り交じって、心の奥底から、頭の隅々から。高瀬くんとの最後を惜しんでいるからだ。
「わたしも、好き。大好きだよ」
「うん、僕も好き」
「……ねぇ、お願い。わたしのこと、忘れないで」
「忘れないよ。絶対に忘れない。約束する」
離れがたいけど、ずっとこの温もりに包まれていたいけど。
最後に骨が折れるんじゃないかというほど力強く抱き合って、ゆっくり身体を離した。
「じゃあ……」
「……うん、元気でね」
もう会えない、最期の別れは辛いけど。わたしよりも高瀬くんのがきっと、何倍も辛いから。
わたしはもう、泣かないよ。
玄関の扉が閉まるまで彼を見送って、どこからが帰ってきてリビングに座っている岩崎さんの前に座った。
「あと、一時間くらいだね」
あまり正確な時間は覚えていないけど、夕食を食べ終わったあとだったから、多分それくらいだ。
「わたし、岩崎さんが来てくれてよかった。短い間だったけど、本当にありがとうございました」
頭を下げると、岩崎さんは慌てて立ち上がる。
「死ぬのが、怖くないんですか。なんでそんなに、スッキリした吹っ切れたような顔してるんですか……?」
「だって……。あのとき死ななかったおかげで、今もう十分幸せをもらったから。これ以上、何も望まないよ。望んだところで、運命は変わらないでしょ?」
だから、そんなに絶望的な顔をしないでよ。
岩崎さんがわたしのことを助けて。幸せになる未来を選ばせてくれたのに。
怖くない、と言ったら正直嘘になるけど。
手が震えるほど怖いけど。
でもね。ずっとわたしを支えてくれた岩崎さんを裏切るようなことはしたくないの。
「……わかりました」
岩崎さんは立ち上がって、わたしの目の前に立った。
腕時計を見て頷くと、わたしに今までで一番優しい笑顔を向けたあと、一礼して三十センチもない短い距離を走った。
岩崎さんとぶつかるとき。ふわっとした身体が浮くような感覚がしたかと思うと、深い眠りについたようにわたしの意識は薄れていった。
もう帰ってほしい。そう伝えると、高瀬くんは渋々ながらも帰る準備を始めた。
たまにわたしのほうを見ながらも、ただただ無言で玄関まで行って、靴を履いた。
帰り際、今にも張り詰めた糸が切れて、泣き出しそうな顔をしてこちらを振り向く。
「……好きだよ。好き、好きだ。小晴、出会ってくれてありがとう」
わたしの腕を引き、背中に手を回した。
わたしも負けじと彼の背に手を回す。無意識に力が入るのは、寂しさや恐怖、そして恋心。
全てが入り交じって、心の奥底から、頭の隅々から。高瀬くんとの最後を惜しんでいるからだ。
「わたしも、好き。大好きだよ」
「うん、僕も好き」
「……ねぇ、お願い。わたしのこと、忘れないで」
「忘れないよ。絶対に忘れない。約束する」
離れがたいけど、ずっとこの温もりに包まれていたいけど。
最後に骨が折れるんじゃないかというほど力強く抱き合って、ゆっくり身体を離した。
「じゃあ……」
「……うん、元気でね」
もう会えない、最期の別れは辛いけど。わたしよりも高瀬くんのがきっと、何倍も辛いから。
わたしはもう、泣かないよ。
玄関の扉が閉まるまで彼を見送って、どこからが帰ってきてリビングに座っている岩崎さんの前に座った。
「あと、一時間くらいだね」
あまり正確な時間は覚えていないけど、夕食を食べ終わったあとだったから、多分それくらいだ。
「わたし、岩崎さんが来てくれてよかった。短い間だったけど、本当にありがとうございました」
頭を下げると、岩崎さんは慌てて立ち上がる。
「死ぬのが、怖くないんですか。なんでそんなに、スッキリした吹っ切れたような顔してるんですか……?」
「だって……。あのとき死ななかったおかげで、今もう十分幸せをもらったから。これ以上、何も望まないよ。望んだところで、運命は変わらないでしょ?」
だから、そんなに絶望的な顔をしないでよ。
岩崎さんがわたしのことを助けて。幸せになる未来を選ばせてくれたのに。
怖くない、と言ったら正直嘘になるけど。
手が震えるほど怖いけど。
でもね。ずっとわたしを支えてくれた岩崎さんを裏切るようなことはしたくないの。
「……わかりました」
岩崎さんは立ち上がって、わたしの目の前に立った。
腕時計を見て頷くと、わたしに今までで一番優しい笑顔を向けたあと、一礼して三十センチもない短い距離を走った。
岩崎さんとぶつかるとき。ふわっとした身体が浮くような感覚がしたかと思うと、深い眠りについたようにわたしの意識は薄れていった。


