噂話が広まるのは早いもので。付き合って一週間が経つ頃にはクラス内の人に、一ヶ月経つ頃には劇を見たであろう知らない人から。ロミオとジュリエットが付き合ったらしいと囁かれるようになっていた。
お互い誰にも話していないはずなのに。こういうのって、どこから情報が漏れるんだろう。
まぁ、いいんだけど。
「今日、どこか出かけようよ」
放課後、高瀬くんのその一言でデートが決まった。
トイレで身なりを整えて、昇降口で待ち合わせる。手を振る高瀬くんに手を振り返して、ローファーを履いた。
「おまたせ」
「待ってないよ。どこ行こうか」
十月ももうすぐ終わり。
わたしの二ヶ月の余生は、好きな人との時間をどれだけ有意義に過ごせるかということにかかっていた。
「高瀬くんと一緒ならどこでも楽しいよ」
少し話して、コンビニでおやつを買って公園へ行くことにした。
高瀬くんの希望で、ロミオとジュリエットの練習もしたわたしの家の近くの公園に来た。
ブランコに座って、半分こした肉まんを食べる。少し肌寒かったから、じんわりとした温かさが身体に染み渡る。
「どうしてここなの?高瀬くんの家から遠くない?」
「いいの。ここは、思い出の場所だから」
肉まんを食べながら、懐かしそうにわたしを見る。遠い記憶をたどっているように聞こえるけど、一体いつまで遡っているんだろう。
わたしが持っているこの場所での高瀬くんとの思い出は、あの練習にならなかった練習会の一回だけなのに。
「そうなんだ……」
つい、わかりやすく落ち込んでしまう。
高瀬くんの家は遠いから、わたしとの思い出しかないと思ってた。だからこそ、ちょっとしぼんでしまう。
「小晴って、自分のほうが先に好きになったと思ってるでしょ?」
いきなり始まった話についていけなくて、微妙な反応をしてしまう。
だって、当たり前にそうに決まってるから。
せっかく両思いになれたんだから、今まで我慢してきた分好きになってもらえるようにちょっと頑張ってみようかな、と考えていたくらいなのに。
「いつから僕のこと、好きだった?」
「いつからって……。春の終わりくらいからかな」
指折り数えて、五ヶ月。
長さの基準はよくわからないけど、わたしのほうが絶対に先に好きになっていると思うけどな。
「五ヶ月なんて甘いよ、小晴」
高瀬くんは小さく笑い、わたしの前の柵に座り直した。
「僕はもっと、ずっと好きだよ」
「もっとってことは、四月から?」
言うて一ヶ月しか変わらないじゃないか。
出会ったのは四月だから、それ以上前は有り得ないし。
簡単な問題だなと思いながら、勝気で彼を見つめる。早く正解って認めなよ、と心の中で次の言葉を待ちながら。
「違うよ。去年から」
予想外の返答に、手から肉まんがするりと滑り降ちる。
「あっぶな」
落ちる前にキャッチした高瀬くんから肉まんを受け取る。もうそれ自体は温かくはなかったけど、触れた手の温もりが心を癒す。
「ごめん、ちょっとびっくりして」
「そうだよな。小晴、しっかり忘れてたから」
なんのことだろう。当たり前
に思い当たる節なんてない。過去を遡るも、頭の中は駿くんの思い出しか浮かんでこなかった。
「この傷、見覚えない?」
劇の時でさえ外さずにつけていた腕時計を、高瀬くんは躊躇しながらも外して、手首を私に見せた。
「……どうしたの?これ……」
聞かなくても、大体想像はつく。
手首についた横に流れる傷跡は、生きるのがこの上なく辛かった証だろう。
「……恥ずかしながら、僕中学の頃いじめられててさ」