「海見てたら、カレーライス食べたくなってきたな。よし、今晩のメニューはそれに決定だ!」
肌を焦がすような強い太陽の光を、全身に浴びながら寄せては返す波を二人で眺めていた。
暑さにやられた頭でなぜ今海にいるのか、思い出そうと記憶を振り返れば、遡ること1週間前。
憎くても避けては通れない学期末テストを無事終えて、漸く迎えた夏休み。
一学期最終日のホームルーム後。部活に所属していない私は、今年は長い長い休暇でどうやって暇を潰そうかと思案していた。
スクールバッグ内に大量に詰められた課題の重さを腕に感じながら廊下へ出ると、後ろから中学時代の友達――朱梨に声をかけられた。
「ねぇ、どうせ今年も暇でしょ?なら一緒に海行こうよ!浜辺で限定販売されるかき氷が、すごく美味しそうで行きたかったんだ〜。じゃあ1週間後の13時にいつもの待ち合わせ場所集合で」
疑問形で聞いておきながら、私の返事を待たずに他の友達とそそくさと帰ってしまった。一方的に決められた約束ではあるものの、最近関わる機会が少なくなった彼女から誘われれば、胸の鼓動が高まる。
そして待ちに待った約束の日。海に着いて早々出店で限定かき氷を頼み、溶けてしまう前に胃の中へ収めた。
泳ぐことが目的で来たわけではないけど、このまますぐに帰るのもなんだかな、ということで気分だけでも味わおうとただ座って波を眺めていた。
足元に置かれた一目でお茶と分かるデザインが付いたボトルは、既にその中身を無くしている。
再び喉の乾きを覚えた私は、隣に座っている朱梨に「そろそろ家に帰ろうか」と声をかけようと口を開きかけて冒頭の一言。
彼女はいつも唐突だ。
父子家庭である彼女は、毎日ご飯は自炊していると聞いた。
私もたまにご飯を作ることはあるが、献立を毎日考えなければいけないのは大変そうだ。
よく口が回る彼女も、3言目にはいつも献立が決まらないことについて嘆いている。
「メニュー決まって良かったね。でもなんでカレーが食べたくなったの?」
今日はもういつもの嘆きを聞かずに済むな、とホッとしたが、なぜそうなったのかが気になる。
「ん〜、なんて言えばいいのかな。カレーライスってさ、薄めのお皿にご飯をよそってその上からカレーをかけるじゃん?それが海水と砂浜みたいだと思ったの」
「そうなんだ。言いたいことはなんとなく分かるけど......。この炎天下の中熱いものを、食べたいとは私はならないかな」
「えー暑いからこそ食べたくなるんだよ。ピリッとした辛さが、ジメッとした夏の空気をとっぱらってくれる感じがして」
甘口しか食べれない私と、辛いものも好む彼女とでは、お互いの話に共感することは難しいだろう。
この話に限らず、性格や家庭環境、得意不得意、好きなものから苦手なものまで、私たちは色々と合わない。唯一似ているのは、容姿くらいだろうか。
初めて人から間違えられたのは、中学1年の時移動教室で廊下を歩いていた時。
その年の夏、彼女が私と同じクラスに転校してきた日が始まりだった。
同じくらいの身長、体格、髪型。後ろ姿ではどうも、私と彼女の見分けがつきにくいらしい。
それからよく私の方を見て、先生や同級生から「朱梨さん」と呼ばれることが多くなった。
明るくていつも楽しそうに友達と話している彼女と、比較的大人しく教室の隅の方で読書を静かにしている私とでは、雰囲気はかなり違うはずなのに。
周りから似ていると言われる容姿とは反対に、全く合わない趣味嗜好を持っている彼女と関わることは無いだろうと思っていた。
ある日、あまりに間違えて名前を呼ばれる日々にうんざりした私は、ポニーテールからハープアップに変えた。
翌日ハープアップで登校したら、間違えられることはなくなったが、彼女から思いもよらぬ言葉をかけられたことを覚えている。
「松崎さん、おはよう。髪型変えたんだね!前のも似合ってたけど、更によく可愛くなったね」
ひねくれた性格をしている私は、最初は嫌味かと思ったけど、この日から少しずつ話しかけられることは増えた。
クラスのムードメーカー的な存在の彼女を無視する訳にもいかず、差し当たりないような返答ばかり。
そんなよく分からないような曖昧な関係がしばらく続いたが、無邪気にいつも明るく話しかけてくれる彼女に少しずつ絆されていった。
今では学校生活を共に過ごし、休日もたまにこうして外で遊んだりしている。
中身が全く異なる私たちが、こうして仲良くできているのは自分でも不思議に思う。
共感できることは少ないけれど、私とは違う価値観に触れることは新鮮で面白い。
辛いものは苦手だけれど。
隣で、海を眺めながらカレーのことを考えてお腹を鳴らして笑っている彼女を見ていたら、私も食べたくなった。
ブーッ
丁度なタイミングでスマホの通知音がなる。
メールアプリをタップするとお母さんを示すアイコンで「今日の晩御飯何がいい?」と表示されていた。
慣れた手つきで、要望をキーボードで打ち込み送信する。
「今日は中辛のカレーが食べたいな」
肌を焦がすような強い太陽の光を、全身に浴びながら寄せては返す波を二人で眺めていた。
暑さにやられた頭でなぜ今海にいるのか、思い出そうと記憶を振り返れば、遡ること1週間前。
憎くても避けては通れない学期末テストを無事終えて、漸く迎えた夏休み。
一学期最終日のホームルーム後。部活に所属していない私は、今年は長い長い休暇でどうやって暇を潰そうかと思案していた。
スクールバッグ内に大量に詰められた課題の重さを腕に感じながら廊下へ出ると、後ろから中学時代の友達――朱梨に声をかけられた。
「ねぇ、どうせ今年も暇でしょ?なら一緒に海行こうよ!浜辺で限定販売されるかき氷が、すごく美味しそうで行きたかったんだ〜。じゃあ1週間後の13時にいつもの待ち合わせ場所集合で」
疑問形で聞いておきながら、私の返事を待たずに他の友達とそそくさと帰ってしまった。一方的に決められた約束ではあるものの、最近関わる機会が少なくなった彼女から誘われれば、胸の鼓動が高まる。
そして待ちに待った約束の日。海に着いて早々出店で限定かき氷を頼み、溶けてしまう前に胃の中へ収めた。
泳ぐことが目的で来たわけではないけど、このまますぐに帰るのもなんだかな、ということで気分だけでも味わおうとただ座って波を眺めていた。
足元に置かれた一目でお茶と分かるデザインが付いたボトルは、既にその中身を無くしている。
再び喉の乾きを覚えた私は、隣に座っている朱梨に「そろそろ家に帰ろうか」と声をかけようと口を開きかけて冒頭の一言。
彼女はいつも唐突だ。
父子家庭である彼女は、毎日ご飯は自炊していると聞いた。
私もたまにご飯を作ることはあるが、献立を毎日考えなければいけないのは大変そうだ。
よく口が回る彼女も、3言目にはいつも献立が決まらないことについて嘆いている。
「メニュー決まって良かったね。でもなんでカレーが食べたくなったの?」
今日はもういつもの嘆きを聞かずに済むな、とホッとしたが、なぜそうなったのかが気になる。
「ん〜、なんて言えばいいのかな。カレーライスってさ、薄めのお皿にご飯をよそってその上からカレーをかけるじゃん?それが海水と砂浜みたいだと思ったの」
「そうなんだ。言いたいことはなんとなく分かるけど......。この炎天下の中熱いものを、食べたいとは私はならないかな」
「えー暑いからこそ食べたくなるんだよ。ピリッとした辛さが、ジメッとした夏の空気をとっぱらってくれる感じがして」
甘口しか食べれない私と、辛いものも好む彼女とでは、お互いの話に共感することは難しいだろう。
この話に限らず、性格や家庭環境、得意不得意、好きなものから苦手なものまで、私たちは色々と合わない。唯一似ているのは、容姿くらいだろうか。
初めて人から間違えられたのは、中学1年の時移動教室で廊下を歩いていた時。
その年の夏、彼女が私と同じクラスに転校してきた日が始まりだった。
同じくらいの身長、体格、髪型。後ろ姿ではどうも、私と彼女の見分けがつきにくいらしい。
それからよく私の方を見て、先生や同級生から「朱梨さん」と呼ばれることが多くなった。
明るくていつも楽しそうに友達と話している彼女と、比較的大人しく教室の隅の方で読書を静かにしている私とでは、雰囲気はかなり違うはずなのに。
周りから似ていると言われる容姿とは反対に、全く合わない趣味嗜好を持っている彼女と関わることは無いだろうと思っていた。
ある日、あまりに間違えて名前を呼ばれる日々にうんざりした私は、ポニーテールからハープアップに変えた。
翌日ハープアップで登校したら、間違えられることはなくなったが、彼女から思いもよらぬ言葉をかけられたことを覚えている。
「松崎さん、おはよう。髪型変えたんだね!前のも似合ってたけど、更によく可愛くなったね」
ひねくれた性格をしている私は、最初は嫌味かと思ったけど、この日から少しずつ話しかけられることは増えた。
クラスのムードメーカー的な存在の彼女を無視する訳にもいかず、差し当たりないような返答ばかり。
そんなよく分からないような曖昧な関係がしばらく続いたが、無邪気にいつも明るく話しかけてくれる彼女に少しずつ絆されていった。
今では学校生活を共に過ごし、休日もたまにこうして外で遊んだりしている。
中身が全く異なる私たちが、こうして仲良くできているのは自分でも不思議に思う。
共感できることは少ないけれど、私とは違う価値観に触れることは新鮮で面白い。
辛いものは苦手だけれど。
隣で、海を眺めながらカレーのことを考えてお腹を鳴らして笑っている彼女を見ていたら、私も食べたくなった。
ブーッ
丁度なタイミングでスマホの通知音がなる。
メールアプリをタップするとお母さんを示すアイコンで「今日の晩御飯何がいい?」と表示されていた。
慣れた手つきで、要望をキーボードで打ち込み送信する。
「今日は中辛のカレーが食べたいな」
