席替えしたら、どうやら後ろの男が俺のこと好きらしい

 朝宮は俺が引き止めた手を握って、それから緩やかに、そっと振りほどいた。
「……え」
 もしかして、と期待していた。このまま俺の手を握り返してくれるのかなと。
でも朝宮はそうしなかった。
「いいよ、どこ行こうか」
 声音はやさしい。でも今のこれは、明らかに線引きをしたようなものだった。
 何かに似てる。なんだっけ。この顔はどこで見たことがあるんだっけ。
『俺のこと、好きにならなくてもいいからね』
 ――ああ、このときだ。
 俺の前に立つ朝宮の顔は、今まったく同じ顔をしている。
「間山が行きたいところに行こう」
「……俺は朝宮が行きたいところに行きたい」
 そう答えれば、「うわあ両想いってすごい」と淡々としたトーンで返された。
 朝宮の顔はふつうだ。いつもと変わらないように見える。
「茶化すなよ」
「茶化してないよ。俺は間山が行きたいところに行きたいと本気で思ってるし、間山が俺の行きたいところに行きたいって言ってくれてるのにも感動してる」
「それじゃあ結局、何も決まってないだろ」
「うん、そうだね。決まってないからどうしようか」
 なんだろう、これは。引っかかる違和感が見つけ出せないでいる。それは、俺がまだまだ朝宮のことを知らないからだろうか。
 もう朝宮の手に触れることは怖くなってしまった。また、振りほどかれてしまったら、俺は分かりやすく顔に出てしまうような気がするから。
 じっと朝宮の手を見つめてしまう。どうして今、俺たちにはこれだけの距離が空いているのだろう。こんなの、付き合う前のほうが近かったはずだ。
「間山」
 今日何度目だろう。こうして朝宮に呼ばれるのは。
「俺たち、適切な距離だけは保とう」
 見上げた先で、朝宮は穏やかに言い放った。俺が手を見ていたことを知っているような気がして、途端に恥ずかしくなる。
 こんなの、俺ばかりが触りたいと思っているようなもんだ。
 適切も距離感も曖昧だ。あえて言葉にされないからか、朝宮が言う度合いがどこまでのものなのか俺には分かるはずもない。
 一緒にいるってことは大前提だとして、それ以上はしないってことなのだろうか。
 だからここに来るまで、手を繋ぐことはなかったわけだ。そして俺に触れられても、やんわりとその手を離したわけだ。
「わ……かった。保とう、適切」
「保とう、距離」
 どこぞの合言葉みたいな形で、俺たちは約束をすることになった。
 なんでこんなことになったのか、聞けば朝宮は教えてくれるのだろうか。
 でも聞けなかった。もうそこまでの勇気はこれっぽっちも残ってはいなかったから。