席替えしたら、どうやら後ろの男が俺のこと好きらしい

「ただいま……って、誰もいないのか」
 あれから家に着いたのは夕方のことだった。
 玄関には誰の靴もなく、部屋もぼんやりと暗い。そのまま自分の部屋へ向かい、ベッドに転がって目を閉じる。
 誰かと出かけるなんて初めてのことで、心地よい疲労感が広がっていく。
 何気なく本棚が視界に入った。
「……朝宮、あの本読むのかな」
 起き上がり、朝宮にオススメしたばかりの本を手に取る。数年前に読んだだけで、細かいところまでは覚えていない。
「久しぶりに読んでみるか」
 朝宮にオススメしたから読むわけじゃない、と誰に聞かせるわけでもない言い訳をしてページをめくる。そのたびに、どうしても朝宮のことを思い出してしまう。
 ……朝宮も、こんな風に読んでくれてたらいいのに。

「やだあ、間山ったら可愛いじゃない」
 数日後、夏休みだというのに学校に来て、常川田の謎のお姉キャラでおだてられていた。
 俺は教室で白い着物を人形のように着せかえられ、黒髪長髪ウィッグをかぶせられている。前髪がぱつんと切られているのは、常川田仕様らしい。
 グロスが塗られた唇はテカテカしている。全身鏡に映る自分は、どう見ても恐ろしい。こんなものが出てきたら、俺は全速力で逃げる自信しかない。
「人前に出ても大丈夫なのかな、これ」
「大丈夫だって! 俺が保証するから」
「……常川田の保証か」
 信用してもいいのだろうか。
 そのときガラガラと扉が開いたかと思えば、その先には固まる朝宮がいる。
「あ、遅いぞ朝宮。もう少し遅かったら間山の可愛い貞子は見せてやんねえと思ってたんだから」
「……」
「聞いてんの?」
「え? あ、うん」
 朝宮はよほど俺の姿を見てショックを受けているらしい。それもそうだ、男が何やってんだって話だもんな。
 常川田は「じゃっ、テキトーに着替えていいから」と口元に手をあてて、うふふと退散するものだから、勝手にもほどがある。そもそも着物はどうすればいいんだ。
「ええと、ごめん。すぐ着替えるから」
 とりあえずフリーズしている朝宮に声をかければ、なぜか無言でスマホを取り出し、そのまま俺に向けて連写する。
「ちょっ、撮りすぎじゃない!?」
「レアショットだから。あ、待って、動画も撮る」
「やめろって」
 朝宮のスマホに残されるようなものでもない。こんな格好をしたところで所詮は男でしかない。鏡に映る自分はやっぱり男だ。可愛い貞子どころか、男になってしまった貞子にしか見えない。
「頼むからこれは消して――」
 と言いかけたところで、後ろから大きな手が伸びて、すっぽりと抱きしめられる。
「朝宮?」
「はあ、かわいい」
「どこが!?」
 この格好を見てよく言えるな。
「間山に触れたい」
「も、もう触れてるよね⁉」
すんすん、と首筋あたりの匂いをかがれて、ますますパニックになる。
「あ、あの、ちょっと暴走してやいませんか?」
「してません。通常です」
「通常で人の匂いかがないから!」
「かぎます。間山だけ限定で」
 そんなことを言われると何も言えなくなってしまう。
「……そういえば、朝宮と会うのってこの前のショッピングモール以来だな」
 本当は、あのあと朝宮から連絡があるんじゃないかとどこかで期待していた。
 常川田と連絡先を交換したとき、直接ではないけど朝宮の連絡先も知った。でも友達追加することはお互いなかった。
「うん、間山は元気してた?」
「元気だよ。バイト三昧だったけど」
「じゃあお疲れだ」
「そんなことないよ。朝宮は?」
「俺も似たような感じ」
「……そっか」
 何をして過ごしていたのか、聞きたくなったけどやめた。
 そこまで踏み込んでいいのか分からない。
 朝宮に興味がありますって言ってるようなもんじゃないのか。それとも、考えすぎなのか。