空っぽの通りを全力疾走する葶驀。

まるで、あの日、渃嫣と競争したあの時のように。

コンビニの看板が視界に入ったころ、信号が黄色に点滅しているのに気づいた。

対向の路地の薄暗い影の中に、誰かがいるようだった。

座っているのか、倒れているのかはっきり見えない。

迷わず、葶驀はリュックを脇に投げ捨てて、赤信号を無視し、前へ急ぐ。

その瞬間、背後から小型車が葶驀へ向かって猛スピードで迫る。

鋭いブレーキ音が響いた。

葶驀は目を閉じ、衝動的な行動を後悔した――命の危機。

だが、車は葶驀の数センチ手前で止まった。

息を整え、もう一度力を振り絞り、前へ駆け出す。

大きなビルの影の下、制服の長い髪の女子学生が路傍に座っていた。

──そう、渃嫣以外にありえなかった。

「もう……本当に、無事でよかった」

葶驀はほっと息をつきながら、怒鳴る車の運転手の声を無視して渃嫣に声をかけた。

「どうしたの?そんなに慌てて走ってきて」

渃嫣は少し驚いたように訊ねる。

「別に……」

葶驀は胸の中で安堵しながら、

「地震のあと、陳さんが一言も話さなかったから」

いつもの淡々とした口調で答えた。

「もしかして、私のこと心配してくれたの?」

「うん!ちょっとびっくりしちゃって。話そうとしたら……突然電話が切れたから」

渃嫣はすべてを理解したように返した。

「そっか……じゃあ、俺はこれで行くね」

葶驀は自分の無鉄砲な行動に少し恥ずかしさを覚えながら、早くその場を離れたかった。

「ねえ!私、脚痛いの見えないの?」

渃嫣が手を差し伸べて葶驀に支えを求める。

不本意ながらも、葶驀は手を差し出し、渃嫣を引き寄せた。

だが、放した瞬間、渃嫣はぐらついて、つま先でバランスを崩しかけた。

葶驀はすぐに手を伸ばして支えた。

「家まで送って、休ませてあげようか?」

葶驀が渃嫣を見つめると、渃嫣は黙ってうなずき、進む方向を指した。

正午の小道を二人は並んで歩く。

葶驀は自分の行動を思い返すだけで、体が熱くなるのを感じていた。

「ねえ、さっきのこと、まだ気にしてるでしょ!なんて言えばいいかな……かっこよかったよ」

渃嫣は言葉を選びながら話す。

「でも、すごくバカだった。まったく理性なく行動して、感情に任せてた」

葶驀は自嘲しながら答えた。

「でもね、もしさっき、本当に私が何かあったら……林くんが来なかったら、誰か気づいてくれたかな?」

渃嫣は葶驀に問いかける。

「多分、気づかなかった」

葶驀は反論しようとしたが、一番誠実な答えがそれだった。

「だから、自責しないでいいんだよ。人間だからこそ感情がある。自責も反省も、他人を思いやる気持ちも……全部、感情があるからこそ」

渃嫣は静かに言った。

葶驀は空を見上げ、言葉を発しなかった。

だが、心の中では確かにわかっていた。

葶驀が求めていた証明を、渃嫣から受け取ったのだ。