放課後。葶驀は教科書とノートを素早く鞄にまとめると、まっすぐ教室を出た。

その足が教室のドアをまたぐ直前、ふと振り返ると――渃嫣が女子たちの集団と談笑しているのが見えた。

その光景に何の感慨も覚えず、葶驀はひとり下校の道を歩き出す。

葶驀の口元は、誰に聞かせるでもなく、何かをぶつぶつとつぶやいていた。

「確率……パーセント……現実的状況……」

その姿は、まるで思考そのものに取り憑かれたようで――

「ちょっと、歩くの遅いよ!」

背後から声が飛んできた。

しかし葶驀は気づかない。背中を軽く押されて、ようやく我に返る。

「さっき教室でみんなとおしゃべりしてたでしょ?人付き合いは大事なんだよね?」

「そんなことどうでもいい!明日はクラス内のリレー代表予選があるんだから。中学のとき速かったでしょ?」

渃嫣は急ぎ足で話題を切り替えてくる。

「様子を見よう。選抜されれば参加する」

葶驀の返答は、やっぱり感情のない平坦なもの。

渃嫣はにこりと笑って、葶驀の横を小走りで抜き去った。その背中に、ひと言だけつぶやく

「じゃあ期待してるね」

「期待しないほうがいいよ」

葶驀の返しに、渃嫣は言葉を詰まらせ、会話は唐突に途切れる。

「ところで、何を考えてたの?そんなに真剣に」

二人は商店の前を通り、小路へと入っていく。

葶驀は、左前方に見える古いアパートを指さした。

「今朝通りかかったとき、ベランダの植木鉢がやけに目立っていて。地震が来たら落ちて自分に当たるんじゃないかって考えてたんだ」

「確かに地震が多いから心配よね。結果はどうだったの?」

渃嫣が興味深げに問うと、葶驀はわずかに考え込んでから、事もなげに答える。

「スマホで調べたら、毎年強い地震が何度も起きてるんだが、上下校で一分しか通らない道だし、その時強い地震で植木鉢が落ちる確率は、宝くじの一等より低い。それに、落ちたものがちょうど自分に当たる確率はさらに低い――ほとんど心配いらないね」

その言葉を残し、渃嫣は左の路地へと消えていった。

「じゃ、また明日」

「じゃ」

葶驀は振り返らずに、いつも通りの無表情で返事をした。