その空を明けるのは

 今日あったことを思い出して不意にため息が出る。後悔ではなくやり場のない怒りと悲しみに。

「ガキ、家出か?」

「うわぁぁぁ!」

 声がしてふと見上げるとそこには女の子がいた。誰もいない無人駅のはずだったので声を掛けられ驚きのあまり叫んでしまった。その反動で後ろの壁に頭をぶつける。かなり痛い。

 女の子は制服を着ていることからおそらく学生だろう。俺のことをガキ呼ばわりする彼女は確かに容姿が少し大人びている。家の近くでは見ない制服だけど高校生だろうか。

「ガキじゃない。佑介(ゆうすけ)だ」

 年上かもしれないがガキ呼びは釈然としない。

「あっそ、ちなみに私は不審者かもしれないから見ず知らずの人には名乗んない方が良いぞ。佑介くん」

 彼女は不審者を装うかのように指をうねうねさせている。なんだか小ばかにされているようでムカつく。

「ちなみに私は七海(ななみ)

「名乗んのかい!」

 先ほどの注意喚起はどこへやら。あっさりと名乗った七海にツッコミを入れてしまった。

「偽名かもしれないよ。それにさっきのため息といい君は不審者じゃなくてただの家出少年にしか見えないしね。安心、安全」

 事実を言い当てられてバツが悪くなる。先ほどからずっと七海にペースを握られている。

「さしずめ勢い任せに初めての家出を決行したけど終電逃しちゃってこれで良かったのかなって自問してるところかな」

 うざい。全て私には分かっています、みたいな態度がとてつもなく鼻に付く。そのうえそれら全てが見事に的を射ているのだから余計に腹立たしい。俺はそんなに分かりやすいのだろうか。

「あっはっは、これは図星か」

「うざい、そういうお前も家出なんじゃないの?」

 これ以上自分の心の中を言い当てられたくない俺は無理やり話を七海の方にすり替える。俺と同じようにこんな時間に誰もいないこんな場所いるなんて七海もきっと家出に違いない。

「さぁ、どう思う?」

「……母親とケンカした、とか」

「ふーん、佑介くんはママとケンカしちゃったんだ」

「はぁ? な、なんで俺の話になるんだよ!」

「こういう時にまず思い浮かべるのは自分だったらどうかって相場で決まってるのよ。その焦り方からして当たりみたいだけど」

「…………」

 何を言い返しても上手をいかれそうなそんな感覚。飄々とした態度。多分俺はこの人が嫌いだ。

「ちなみにさっきのは残念はずれ。家族関係は良好でーす」

 きゃぴっと効果音の付きそうな綺麗なピースを頬の横に置いて笑顔で返す。

「じゃあなんでこんなところにいんの?」

「……実は、パパの会社が倒産して帰る場所がないんだよね」

 ニコニコと笑っていた姿から一転七海の瞳は陰を落とした。倒産、意味は知っているけれど実際には初めて聞く言葉。想像することくらいしかできないけれど軽々しくその先の話をすることはできなかった。わがままな家出をした俺とは大違い。もしかしたらさっきまでの飄々とした態度もただの強がり——。

「うっそー。信じちゃった? もー、佑介くんってば本当にからかいがいがあるねぇ」

「ちっ」

 あまりの鬱陶しさに思わず舌打ちをしてしまった。さっきの心配と配慮を返して欲しい。一人になりたくて遠くに来たのに一人になれないばかりか厄介な人に出会ってしまった。

「……本当はさ、逃げてきたんだ。嫌なことから」

 七海は真面目な話をするように小さな声で呟いた。

「それも嘘?」

「この期に及んで噓はつかないって。会って数分なのに私ってどれだけ信用ないの?」

 七海はあっはっはと口を大きく開けて笑っていた。今までの会話で逆に何故信用があると思えるのだろうか。

「なにから逃げてきたの?」

「そりゃまぁ、色々あるでしょ。環境だったり勉強だったり、はたまた人間関係だったり」

 はぐらかすようなその口ぶりは言外にこれ以上の詮索をするなと言われているようだった。無駄口は多いくせに肝心なことを口にしようとしないのは気分が悪い。かといって、人の悩みに深く踏み込む気にもなれないけれど。

「ていうか佑介くんはちゃんと親に連絡したの? 今どこにいる、とか。明日の朝帰る、とか」

「それ言ったら家出じゃないじゃん」

 そこまでしっかり説明したら家出ではなく単なる外出だ。覚悟も何もあったもんじゃない。

「それもそうだね。でも、きっと心配してるよ?」

「それは……」

 そんなことはない、と言い切れなかった。母は俺の趣味に対して理解はないけれど決して俺のことが嫌いなわけではない。それくらいは分かっている。一時間以上鳴りやまなかった電話が何よりもの証拠だ。

 でも、だからって都合よく帰る気にはなれない。そう単純な話でもない。

「でも、それはお互い様だろ。七海だって両親が心配してるんじゃないの?」

「ふふーん。私は今日友達の家に泊まるって言ってるから問題ありませーん」

 七海はにやりと笑ってどや顔を見せつけてきた。まさにその質問を待っていた、とでも言うように。また、手のひらの上で踊らされたのか。

「……嘘つき」

「私のは人を傷つけない噓だからいいんですー。むしろ、色々あって知らない無人駅にいるんだけど今日は一人にしてほしい。明日の朝帰るから安心して。なんて言っても心配させるだけでしょ」

「……それは、そうだけど」

「だから、私の噓はいいんです!」

 えっへんと胸を張って言いきられると返す言葉が見つからない。そもそもこの人には言葉の投げ合いで勝てる気がしない。本人が納得しているのならそういうことにしておこう。

「まぁ、理由は違えど私達は家出仲間ってことだ」

「……うん」

「なんか不服そうだね」

「別に……。マシだとは思ってるよ」

「酷い言い草だ。お姉さん泣いちゃうよ」

 七海は泣き真似のジェスチャーをするが残念ながら一向に同情ができない。

 この厄介な人が仲間なのはおそらく良いことではなかっただろう。だが、少なくともすぐに家に帰そうとする警察や大人でなかったことは幸福だ。家出の末に補導なんて笑い話にもならない。

「佑介はさ、なんでママとケンカしたの?」

 俺を揶揄うのにも飽きたのだろう。暇を潰すように新しい話題を聞いてきた。普通は趣味とか好きなこととか無難なことを聞きそうなものだが。自分の話は隠そうとするくせに人に対してはデリカシーがないようだ。いや、こういう聞き方すらもしかしたらわざとなのかもしれないけど。

「面白くないし、馬鹿みたいかもしれないよ」

「うん、いいよ」

 だから聞かないでくれ、と言ったつもりなのだが七海には伝わっていないらしい。あっさりとそう答えられてしまうと話さないわけにもいかなくなる。仕方なく、俺は今日のことを見ず知らずの彼女に話すことにした。