入学式も終わり、1週間がたった日の放課後。

僕は、ふらりと校舎の西側へ歩いていた。
手には、あの部活動紹介のプリント。
中でもなぜか「吹奏楽部」の項目だけが、目に焼きついて離れなかった。

「……なんでこんなに気になるんだろ」

理由はわからない。けれど、どこかで聞いたような音が、頭の奥で鳴っていた。
それは、柔らかく、遠く、でも確かに心を震わせるような響きだった。

視線の先、音楽室のドアがわずかに開いていた。
そこから洩れ聞こえるのは、クラリネットかフルートか、そんな柔らかい木管の音やトランペットやトロンボーンなどの力強い音。

気づけば、陽介の足は勝手に動いていた。
そっと、ドアの隙間から中を覗くと――

「……あ」

そこには、40人程度の先輩たちが音合わせをしていた。
まだ正式入部の前なので、1年生の姿は見えない。
それにしても赤ジャージの人数少ないなあ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

説明するのを忘れていたが、この学校のジャージは学年ごとに分けられていて、今は1年生が青、2年生が赤、3年生が緑だ。来年は1年生が緑、2年生が青、3年生が赤と、だんだん回っていくスタイルでやっている。学年がパッと見てわかりやすくて助かるなあ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

という説明はさておき、その数少ない2年生の中に、フルートを手にした一人の女子生徒と目が合った。

陽介は、その顔に見覚えがあるような気がした。
まだ会ったはずのない人なのに、胸が妙にざわつく。
それは、記憶の欠片か、心の奥に沈んだ残響か。

「新入生?」

突然、背後から声をかけられた。
びくりとして振り返ると、体格のいい男子生徒が立っていた。緑ジャージだから3年生か。
トロンボーンを持っている。その先輩の顔も、なぜか見覚えがあるような気がした。

「見学? よかったら中、入ってみなよ。部長じゃないけど案内できるし。」

「あ、はい……」

誘われるままに、僕は音楽室へ足を踏み入れた。
そこで耳にした音――フルートの高音が、天井から降る光に乗って、ふわりと漂ってくる。

そのとき、ふと先輩がこちらに視線を向けた。

目が合った。
その瞬間、陽介の中で何かが弾けたように胸を打った。

(……知ってる。この人……)

名前も、声も、知らないはずなのに。
心の奥底が、小さく震えた。

僕は吹奏楽部の活動内容や楽器の種類などを教えてもらっていた。そのうちに1年生の姿もちらほら見られるようになってきた。先輩たちは交互に練習しているようで大変そうだ。

やがて、先輩たちの練習がひと段落つくと、先ほどのフルートの先輩が歩み寄ってきた。

「こんにちは。見学しにきたの〜?」

「……あ、はい」

「ふふっ。じゃあ、少し吹奏楽の話、してあげようか」

優しく微笑んだその顔を、僕はなぜだか忘れられなかった。
たぶん、この瞬間を、どこかで経験したことがある気がした。

けれど僕はまだ知らない。
この出会いが、自分の一年を、いや、何度も繰り返される一年間を、大きく変えていくことを。

= = = = = = = = = = = =

今日から体験入部か…。と言っても初日だから案内しかできないけどね。
明日からの楽器体験とかめっちゃ大変になるだろうなぁ。

そんなことを考えながら私はあのノートを開く。
「4月15日 体験入部初日:和田くんが1番最初に体験入部にきた人!頑張ってアプローチしないとっ!」
と書いてあった。

そっか、和田くんが最初に来るんだっけな。
私どうやって関わっていこうかな?

「まあ、吹奏楽に興味持ってもらえるようにまずは頑張るか!」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

あぁ〜。ヤバいっ!部活の時間だぁー。
どうしよう。てかどうやって入ってくるんだろう?
もしかしたら来ないかもしれないし…。

「おーい、チューニングだけ合わせておこー。」

と先輩が呼びかけてきた。

「はーい、今行きます」

といい、向かってチューニングをしていたら、

ガラガラ…
と戸が開く。

和田くんが入ってきた。
ヤバい、めっちゃ緊張するっ〜!
あ、目があった…。ヤバい、恥ずすぎる〜!

と恥ずかしがってると、和田くんの後ろからあのちょっとヤバい先輩が声をかけている。
あれ、これ話しかけられない。と思った。

そのまま練習がはじまり、ひと段落ついた時、ちょうど和田くんが近くで暇していた。
今がチャンスだ!と心の中で思い、話しかけた。

「こんにちは。見学しにきたの〜?」

「……あ、はい」

「ふふっ。じゃあ、少し吹奏楽の話、してあげようか」

私はそう言って優しく微笑んだ。