「……あれ?確か、修了式だったような…」

目を覚ました瞬間、和田陽介は、胸の奥に奇妙なざらつきを感じた。
頭が少しだけ痛い。夢を見ていた気がする。だけど内容はまるで思い出せない。

思い出そうとすると頭が痛くなる。よし、考えるのをやめよう。

カーテンの隙間から差し込む春の光。

時計の針は午前6時45分を指していた。日付は2024年4月9日。

「ふわぁ〜、寝ぼけてるんかな?」

大きなあくびをしながらそう思いつつも、制服に袖を通し、タブレットPCをリュックに詰め込む。

食卓には母が作った卵焼きと味噌汁が並んでいた。いつもと変わらない朝。

それでも、なにかが引っかかっていた。

「いってらっしゃい。また後でね。」と見送られた玄関。
初めての自転車通学。
見慣れない校舎。
新しいクラス。

目に映るものすべてが“初めて”なのに、僕はどこかで、既視感を抱いていた。

「じゃ、今日から1年1組の担任を務めます、岩田です。よろしく」

新しい教室で、担任の先生がそう言ったとき、
僕の背筋に小さな寒気が走った。

(この人、どこかで見たような……いや、初めてだろうな。なんで見たことあるんだろ…?)

「自己紹介、出席番号が最後の、和田くんからいこうか」

名前を呼ばれて立ち上がる。
机の前、クラスメイトの視線を一身に浴びながら、陽介は喉を鳴らした。

「……和田陽介です。えっと、新利根小学校出身です。1年間よろしくお願いします」

拍手が起きる。

隣の席の男子、栗林が「よろしく」と声をかけてきた。こいつも見たことあるような…?

そしてそのあと、配られた部活紹介のプリント。
その中のひとつにあまり目立たないが「吹奏楽部」の文字があった。

(……あれ、僕……これ、やった気がする……?)

違和感は、少しずつ確信に変わっていく。
僕の中に、記憶というには曖昧な、けれど感覚的な“覚え”が浮かび上がっていた。

たとえば、校舎の構造。
たとえば、担任の言う冗談のオチ。
たとえば、校長の話の長さ。
たとえば、今から会うはずの、まだ見ぬ先輩たちの顔——

僕はまだ、自分が「同じ一年」を繰り返していることに気づいていない。

けれど、その“違和感”は、確かに静かに、物語を動かし始めていた。

= = = = = = = = = = = =

よし、1回目ループだ!
和田くんちゃんとしてるかな?早く1年後にならないかな〜。
だけど…

「てかさ、私ループする必要あるのかな?」

そんな独り言を呟きながら、少女は制服の裾を整えて玄関を出る。

名前はまだ言えないが、新利根中学校の2年生。……いや、正確には“2回目の2年生”だった。

桜の花びらが舞う通学路。舗装の継ぎ目、コンビニの立て看板、すれ違う犬の散歩——
目に映るどれもが既視感だらけ。まるで昨日見たドラマの再放送みたいに、景色がすでに“知っている”ものだった。

「やっぱさ、繰り返すのはあの子だけでよかったんじゃないかな……」

そう思いながら、歩きながらノートを開く。
《2024年ループ:第1周目》のと言うメモが並んでいた。
あらかじめ書いておいた注意点、人物相関、1学期のイベント予想——。
すべて、自分が“繰り返す”前提で準備したものだ。
まあ、女神様がいなかったらこの“準備”もできなかったんだけどね〜。

「もう和田くんが気づくの、どのくらいかかるんだろう……それまで何すればいいんだろう、私。」

彼女がループしている理由、彼女の中では明確すぎる話だ。
全てはあの事故から始まったのだ。

「そもそもあれの前にループしちゃってるからあれが起こるかもわからないんだよな〜。」

友達との他愛ない会話、授業中の寝落ち、購買の焼きそばパンの売り切れ。
全部、経験済みの出来事。
でも、「今回は違うかもしれない」と思うたび、ほんの少しだけ心が動く。

そして今日、新入生の教室には、あの和田くんがいる。

「ま、1回目の彼は素直でかわいいから見てて飽きないけど……それでもやっぱり、私ループする必要あったかなぁ?」

彼女の吐息は春の風に溶けていった。

教室の窓から見えるグラウンドでは、新入生たちがぞろぞろと移動を始めていた。
彼女はゆっくりと笑う。どこか遠くを見るような目で。

「……さあて、初めてのループはどうなるかな」

彼女はそうつぶやき、まるで観劇するような軽やかさで階段を上がっていった。部活をしに音楽室へと。
その胸の奥に、うっすらとした孤独と期待とを隠したまま——