一週間というのはすぐに経つもので、夏休みになった。
期末テストの成績も良かった僕は補習で夏休みに学校に行く必要はない。
そう信じて疑わなかったが、あんなに大事なマイカメラを部室にうっかり置いてきてしまった。
当たり前だけど幽霊部員だらけのカメラ部なんて夏休みに集まるなんてあるわけが無いから夏休みの間はいろんなところで僕の綺麗を見つけて来ようと決めていた。
気をつけていれば取りに行かなくても良かったのにと反省しつつ、面倒で気分は少し憂鬱。
私服で学校に行くのは校則で禁止されているから制服に着替えて、徒歩で行ける距離だから手ぶらで学校に向かった。
*
部活か補習の生徒が登校してるだろうと思ってはいたけど、やはり普段より人が少ないからか、校舎は静かで蝉の声だけが響く。
そういや、桜木さんはあれから思ったとおり関わることなく夏休みに入ってしまった。
これで僕の世界は守られた。
カメラだけを持って帰るのは新鮮だった。
また、新しいものを手に入れたようで。
だから何かを撮りたいって気持ちが高くて、帰り道によく通る公園に足を踏み入れた。
砂浜で誰かが作った不恰好な砂のお城
風で揺れるブランコ
階段に乾いた土が張り付いたすべり台
人によってはこれは普通だと言うかもしれないけど、僕にとっては綺麗で特別なもの。
ベンチに座って空を見上げてみる。
今日は空さえも綺麗だ。
僕は雲一つない快晴はあまり好きじゃない、それはただ青いだけでなにか寂しくて物足りない。
だから僕は今日みたいに少しの雲が出ているのが綺麗な空と解釈する。
カメラを空に向けてシャッターを切った時
レンズ越しにアイスのパッケージが入った。
なんだかデジャヴ、まさかと思ったけどそんなはずないよな?
恐る恐るカメラを降ろして見ると、そこには頭に浮かんでいた通り、桜木さんがアイスを持って立っていた。
いつもの制服を身に纏って、ふわふわした茶髪の髪を今日は頭の上でお団子にして夏らしい桜木さん。
「友達が補習だから終わるの待ってるの。このあと遊びに行くんだあ」
「別に何も言ってないんだけど」
「顔に出てるよ、なんでお前ここにいるんだって。」
彼女は少しも気まずいと思わないのだろうか。
自分でも少し悪いことをしてしまったという自覚はある。
あの日僕は桜木さんの手も声も無視したのに、何も無かったように笑窪を浮かばせてアイスを開けながら僕の隣に座った。
「待ってるなら学校で待ってなよ」
「いいじゃん!ついでに大智くんがいたらこの前無視したこと怒ってやろうって思ってたの」
「なんだ、覚えてるんだ」
「覚えてるよ!私本気で怒ってるからね!?」
「怒ってるなら僕といない方がいいんじゃない、ずっとイライラしてていいことないよ」
「ムカつく…」小さくそう呟いて僕を強く睨んでいる。
すると桜木さんはアイスのパッケージを雑に破いてチキンを食べるようにかぶりついた。
よっぽど僕にムカついたのか、そんな風にアイスを食べる人は初めて見た。
さすが変わった人、考えることもすることも全部理解出来ない。
彼女から視線を逸らして、さっき誰かさんの邪魔で撮れなかった空にもう一度カメラを向けてシャッターを切った。
すると彼女はまた僕を不思議そうに見て問いかけた。
「飽きないの?ずっと写真撮ってて。」
「言ったでしょ、好きなんだよ。綺麗なものを撮るのが。」
「そのさ、大智くんの思う綺麗ってなんなの?」
「桜木さんには分からないよ」
「うわ、出たそれ。もう分かんなくていいから教えてよ」
どうせまた難しいっていうに違いない。
その証拠に僕の綺麗に対する価値観がだれかに伝わった試しは一度もないし、だからもう僕だけが分かればいいと自分の中で傷つかないように守ってきたのに。
やっぱり彼女の純粋な目には嫌だなんて言えくて、これは独り言みたいなものだと自分に言い聞かせて僕は口を開いた。
「誰かの感情があるから。
例えばあの滑り台、階段の所に乾いた土が付いてるでしょ。
子供たちが靴の裏についた泥も気にせず遊んでたんだなあって、想像する。
もしかしたらその日雨が降って悲しくなって、ここで遊ぶのを楽しみにして止んですぐ来たのかもしれない。
もしかしたら楽しくて滑り台に夢中になって何度も登って滑ってを繰り返したのかもしれない。
その誰かの感情が跡になってるのが僕は綺麗だと思う。」
「なら空は?空って跡付けられなくない?」
「じゃあ桜木さんは空を見て、何が気になる?」
「えぇ、雲かな」
「桜木さんは雲だと思う、けど誰かは鮮やかな青色が気になるというかもしれない。
誰かは雲は何も考えずふわふわしてて羨ましいと思うかもしれない。
同じ空を見てどんな気持ちでどんな会話ができるか、それは人によって違うだろうから。
そういうのも、綺麗だと思うんだ。」
久しぶりに、誰かに僕の綺麗の価値観を話した。
昔はなにも知らずに誰にだって僕の世界を見せた。
けど返ってきた言葉は
『大智、変なのが好きなの?』
『これはちょっと、違うと思うけど…』
期待していた言葉とは違った。
僕の綺麗の世界を誰かに否定されるのは傷つく、わかっていたのにどうしてこの人に話したんだろう。
でも僕のマイナスな思考とは反対に、彼女の純粋な目は輝いていた。
「すごい!めっちゃいいじゃんそれ!」
驚いた。僕の考え方を認めてもらえるなんて、初めてだったから
「なにその考え方、それなら私汚れたペンケースさえ綺麗って思っちゃうかも。これは初めて買った時はきっとるんるんしてて、初めて汚れに気づいた時はガッカリしてたのかなあって!!」
「う、うん」
彼女は残り一口分になったアイスが垂れていることが気にならないのかというくらい興奮していた。
感情を擬態語で表すのも少し気になるけど。
「すごい!楽しい!」
「アイス、溶けてるよ」
「えっ、うわ!?もっと早く言ってよ!」
彼女は慌てて棒に溶けたアイスを舐めとって、残り一口のアイスを口に含んで完食。
その間僕は初めての感情に浮かれた。
僕の世界を褒めてもらえるって、こんなに心が温まるものだったのか、こんなの知らなかった。
何考えてるか分からない彼女は僕の想像をはるかに超えた言動をする。
「ねえ、私を大智くんの世界に入れてくれない?」
「え?」
「私、もっと見てみたい!」
「この夏休み、大智くんの"綺麗"全部見たいの」そう言って無邪気に笑って、本当に変な人。
そしてやっぱり僕は、彼女が分からない。

