次の日の朝、胸騒ぎに駆られハッと目が覚める。
朝だというのに部屋は蒸し暑く、汗が背中を伝い気持ち悪さを覚えた。

あの子は無事なのか。
動機はどうであれ関わってしまった以上、最後まで見届けなくてはいけない。
身支度を手短に整え、例の神社へと駆け足で向かう。

外は昨晩のお祭りが幻だったのではと思わせるほど、静かで平穏な町並みへと戻っていた。
しかし頭の中の不安が煮えきることはなく足早に歩いていく。

しばらくすると長い石段を目の前にし立ち止まる。
耳をすましてあの子の声を聞こうとしたが、聞こえるのは鳥のさえずりと風になびく葉の音だけだった。
昨日のような叫び声が全く聞こえない。もしかして何かあったのか。
落ち着かない気持ちを胸に、急いで駆け上がった。

「…あ。」
石段を上り神社の方向に目をやると、瞳さんが座り込んでいた。
息が上がり、間抜けな声しか出なかった僕に瞳さんが気が付く。
「おはよう。」
「おはようございます。あの、あの子は。」
もしかして瞳さんの近くに今もいるのか。
見えるはずもない少女の姿を探すようキョロキョロ見渡してしまう。
「今、寝てるみたい。」
そう言い視線を自分の右側に送ると、瞳さんは穏やかな笑みを浮かべる。
柔らかな風が吹き付ける木陰は気持ち良く寝られそうだな。まだ彼女が存在していたことに安心する。
踏んでしまうと申し訳ないので慎重に足を運び、気持ちスペースを空けて座った。

会話の内容は自然とこの子の話になる。
「もしかしたら、何か未練があって旅立てなかったのかな。」
瞳さんもどうやら同じ考えを持っていたようだ。
本来であれば旅立てていたはず。
“花火を見る以外にしたいこと。“
それを知るためには、まず本人を知らなければならない。

「昨日と比べて身体の消え具合はどうですか。」
「見えてるのは腰から上の部分。」
想像していた以上に消えていた。きっと残された時間はそう長くない。
「私には想像できないくらい辛い思いをしてきたんだよね。
きっと素敵な来世が待ってるよって伝えてあげてね。」
「とりあえず話は聞いてみます。」
なぜこんなにも他人にそこまで思いやりを持って寄り添えるのだろう。
力から解放されたいという自分勝手な自分が恥ずかしく思う。
何も誇れることがない自分に一人の女の子なんかを救えるか。

「不安そうだね。」
僕の心を見透かしたように瞳さんは微笑む。
「当たり前です。人と関わるのを避けてきた人間なんかにそんな役割が務まるはず…」
「君は自分が思っている以上に素晴らしいものをもっているんだよ。まだ気付いていないだけで。」
素晴らしいもの…
その言葉が心に残り熟考する。そんな大層なものを備えているのか。
一体何なのか見当もつかず呆然と空を見上げる。

「たとえあったとしても、それはきっと周りの人達に支えられているからあるようなものです。」

人との繋がりの中で、苦しみや喜びを学んでいくように、生きていく過程の中で誰かに受け入れられて初めて自分という存在の強みを知っていく。
一人だけでは分からない。人から与えてもらって初めて分かる自分の誇れるもの。

「私にもあるのかな。蓮くんが見つけてくれる私の強み。」
「…ありますよ。」
「何?教えてよ。」
嬉しかったのか興奮気味に聞き出す瞳さん。
僕には教えてくれなかったのに。公平ではないので言わないことにする。
「い、いや…」
質問に答えない僕を見て面白くなさそうにする様子がおかしくて、緊張がほぐれてきた。

貴方の持っている笑顔、誠実さ、温かさに支えられている。
いつか言えるときが来たら…

―ウゥ…
突然の声に空気が張り詰めた。
「…起きたみたい。」
まずはいろいろ聞かなくてはならないと思っていたことを質問する。
―昨日は一体何があったの。
―ワカラナイ。…ワタシハ、ドウナルノ。
旅立つ必要があることを伝えたらショックを受けるのではと頭をよぎり、慎重に言葉を選ぶ。
―君は天国。亡くなってしまった人達が行く場所に行かなくちゃいけないんだ。
―ヤ、ヤッパリ。ホントナノ?
想像とは違い、亡くなっていることは既に理解しているようだった。しかし受け止め切れないといった様子だった。
やがて小さくすすり泣く声が耳に入ってきた。
―きっと楽しく過ごせるよ。
―トモダチ、デキタノニ。マタ…ヒトリニナル。
しまった。
父親を病で亡くし、病気になった母親によって命を落とした人生。それがどれだけ辛いことか、想像すればわかることなのに。
…僕の考えが甘かった。
無責任な発言をしてしまい謝ろうとした時、
「うぅ」
横にいた瞳さんの唸るような声に驚き、横を見る。
首を押さえ苦しそうにもがいている姿が目に映った。