今年もこの日がきたよ。
ドン、と身体中に響くとともに、空いっぱいに打ち上げられる光る花。
人が普段こないこの神社は私が見つけた特等席なの。
ここにいるよ。一緒に見ようよ。
何度叫んでも、夜空に夢中なみんなには私の声が届かないみたい。
―今まで何十回と見てきたけれど…。
今年は誰かと花火見たいなぁ。


「瞳さんは、その、いつから“見える”ようになったんですか?」
石段を下り終わり、学校への道のりを歩いている途中、気になっていたことをふと聞いてみた。

「うーんと、小学校に入る少し前ぐらいだったと思う。
その日は友達と遊んでたの、理由は覚えてないんだけど気付いたら病院にいて。目が覚めたら病室の扉に無表情の知らない男の人が立ってたからびっくりしちゃった。」
あまり楽しい思い出じゃないはずなのに、楽しそうにニコニコ語る。
彼女はどこか人とはズレている節がある。
目覚めたら知らない男がいたら驚きもする。
幼い子なら尚更。

「じゃあ、意思疎通の方法は?瞳さんの言っていることは伝わってるんですか。」
「分からないな。でもなんとなくは通じ合ってる気がするよ。」

会話を交わすことで、瞳さんのことが多少は分かってきた。
僕の2歳年上の彼女は、都会生まれで長期休みは親戚が暮らしているこの村で過ごしているそうだ。
性格を一言で表すと…天真爛漫。
終業式の日に合った時は冷酷非情で近寄り難い雰囲気だったけど、女の子に優しく微笑む姿や今もこうして横で楽しそうにしている姿を見ていると冷たい人ではないんだと思う。

それにしても、彼女はズレている。
「それにしても蓮くん、そんなに私のこと気にしてるの?」
冷やかすように笑みを浮かべる彼女が気に触り、口を閉ざす。

「逆に聞くけど、蓮くんは常に声が聞こえてるの?うるさくない?」
僕の小さな反抗に全くダメージを食らっていないことに納得がいかない。
少しムッとしながら、仕方なく質問に答える。
「聞こうとすると聞こえてくる感じです。体調が万全じゃない時や、あまりに相手が伝達したいって気持ちが強いと自然に聞こえてきますが。」
「…へぇ。いろいろ大変そうだなぁ」

―そうです、大変なんです。なのでこの力から解放させて。
なんていえるはずなく、返す言葉が見つからないま学校が目の前から見えてきた。


校門の前では、すでにメンバーが集まっていた。
隣を歩く瞳さんはというとソワソワし、歩幅がだんだん狭くなる。彼女も緊張することがあるんだ。
しかし、さっきまでの元気はどこへいったのか。

―イッショニ、ハナビ、ミレル?
心配そうに女の子が話しかけてきた。
―大丈夫、悪い人達じゃないのは確かだよ。
そう声をかけ、みんなの輪の中へ歩みを進める。

「よう!来ないかと思ったじゃん。遅かったな。」
僕達が来たことに気付いた春陽兄さんが、ニカッと笑いながら肩を抱いてくる。
瞳さんと同じ三年生で明るい性格も瞳さんと似ていて、仲良くやっていけそうな気がする。
「…で、その子は?もしかして蓮の彼じ…」
「違います。来る途中たまたま出会ったというか…。」

しまった。勢いでついありきたりな回答をしてしまったが、出会い方が特殊で説明がつかない。
怪しまれたか。
恐る恐るみんなの顔色を疑う。
どう説明しよう。上手い言葉が見つからないでいると、
「朝比奈瞳です。夏休みは親戚が暮らしてるこの村に来てて、どうせなら“友達”作りたいなって。」
気遣ってくれた瞳さんが先陣を切って自己紹介をしてくれた。

「そういうことか!俺は春陽、3年。よろしく。」
春陽兄さんの朗らかな笑顔で和やかな雰囲気に包まれる。
「はじめまして。私は小雪。同い年だから敬語はなしね。」
小雪さんが優しく語りかける。瞳さんも同い年の女性がいることにホッとした様子を見せる。
「じゃあ、女子ズはこの3人だネ、あたしは朱夏って呼んでネぇ!」
年下でも気にせずタメ口で心を開きにいこうとする人懐っこさはある種の才能だとも思う。
「…高秋。朱夏とは姉弟。」
「おいっ、弟よ。無愛想はモテないゾ。一発芸でもぶっ放ったれ!」
何を言ってんだか。朱夏さんの発言には毎度困惑されている。
一方、秋はというといつも通り放置するのみ、とでも言わんばかりに沈黙を貫く。

朱夏さんの執拗な無茶振りは受け流され、しばらくすると落ち着きを取り戻し、夏祭り会場へと向かった。

この村では夏祭りは大きなイベントの一つであり、会場内は住民全員が集まっているのではと思わせるほど人で溢れかえっていた。
「わぁ、凄い。」
「ひとみん、あっちに美味そうな焼きそば!」
誘惑の赴くまま、瞳さんと朱夏さんが人混みの中へ颯爽と消えていく。
「私が2人に付き添っとくよ。一時間後にここに集合しよう。」
そう小雪さんが言い残し、男子三人が取り残された。

「どうするか。俺達も屋台回るか?」
「…俺はここで待機。」
「僕もここで待ってます。」
人混みが苦手なので待機を選んだ。
「じゃあ、ちょっくら行ってくる。」
春陽兄さんも席を外し、さっきまでの賑やかな雰囲気から静寂が訪れた。

少しの間、沈黙が続き僕はどうやってみんなを神社に巻き込むか作戦を練っていた。
女の子が花火を楽しみに待ち構えている声が絶えず耳に入る。
秋はというと、隣で上の空のように屋台や人混みを観察していた。

「そういえば、さっきの子…」
前触れなく話し出す秋に、思わず顔を向ける。
「瞳さんがどうかした?」
秋が他人のことを気にするなんて珍しい。
「どこかで見た気がする。」
どこかで?
瞳さんは何度か長期休みをこの村で過ごしているから出会っててもおかしくはない。
「何事もないといいけど。」
含みのある言い方が少し引っかかったが、昔から妙なことを発言することがあるため、あまり気には留めなかった。


―八時より花火の打ち上げが始まります。皆様お楽しみください。

花火打ち上げのアナウンスが会場内に流れ、タイムリミットが迫り焦りが大きくなっていく。
練っていた作戦もいまいち考えがまとまっていない。
呪われた地とされている神社に、みんなは足を踏み入れることに賛成してくれるだろうか。
僕の説得力が試される。

「お待たせ!腹ごしらえはバッチリ!」
かき氷を抱え満悦そうな朱夏さんと瞳さん。
その後ろには、小雪さんと春陽兄さんの姿も見える。
アナウンスを聞いたみんながぞくぞくと僕達の元へ帰ってきた。

「そろそろ席取りしないといい場所取られちゃうぞ。」
「そうだね。じゃあ行こっか。」
最年長の小雪さんと春陽兄さんが先頭に立ちみんなを引っ張る。
歩き始めるみんなを引き止めるように、僕は意を決して口を開いた。

「…その。どうしてもここで見たいっていう場所があって。」
みんなの視線が僕に集まり、息を飲む。
僕の言おうとすることを察した瞳さんが不安そうに僕を見つめる。
「神社で見ませんか…。」
発せられた言葉に耳を疑ったのか、険しい顔を向ける。
場の空気が張り付くのを肌で感じる。

「…いや、あそこは行かない方がいい。」
春陽兄さんがみんなの意見を代弁し反対する。
いつも優しい笑顔で接してくれる春陽兄さんがここまで真剣な顔をして。
「そうそう。あそこに行くのは昔からダメだって言われていたし…ね?」
いつも真面目な小雪さんも困った様子で眉を寄せ、説得を試みる。
「あたし、お化けとかムリムリ!」
いつも楽観的で悪ふざけが好きそうな朱夏も怯えた仕草で抵抗する。

やっぱり、あんな場所に誘うことは無理に等しい。
けど、諦めたくはなかった。
―女の子の願いを叶えてあげたい。
花火をみたいという願いに隠された過去を知ってしまったのだから。

容赦なく降りかかる反論たちに目を伏せる。
そんな僕を慰めるように瞳さんはそっと微笑み、一歩前に出る。
「私も神社で花火見たいな。人混みを避けて花火を楽しめるし、いい思い出にもなるよ。絶対に大丈夫。
それに…ほら!肝試しみたいで楽しめそうじゃない…かな…?」
必死さに心配も混じり声が少し震えているように感じた。
けれど、とても頼もしく思えた。
瞳さんの必死の提案にみんなが耳を傾ける。

「でもなぁ…」
そう言いながら頭をガシガシ搔く春陽兄さん。腑に落ちない様子だ。
反対していた2人も口を閉ざしてしまった。
沈黙の時間が流れ、空気は重いまま。

そんなときだった。
静観していた秋が沈黙を破るように口を開く。
「…呪いの地、みんなで入れば、怖くない。」
…。
行きたいという意思か、それとも場を和ませたいのか。
どこか満足げな様子を見るに、後者のほうだ。
「ちょ、お前、こんなときに一句読むなよ。」
よく分からない発言にみんなの口元が緩み、緊張の糸がほぐれていく。

「…うーん。じゃあ行くか?」
先程まで頭を悩ませていた春陽兄さんが賛同してくれた。
ホッと胸を撫で下ろす。
「なら、危ない行動はしないこと。危険があったらすぐその場を離れること。私が見てるからね。」
さすがは生徒会メンバー。こういう時小雪さんは頼りになる。
「えぇ!みんな行くのぉ…置いてかないで〜」
朱夏さんも覚悟を決め、無事に神社に行くことが決まった。

―ミンナデ、ミレルノ、タノシミダナ
一部始終を見ていたのだろう。女の子も安心しているみたいだ。
そうだね。君の願いがもうすぐ叶うよ。そう心の中で答えた。
けれど、ある考えが頭をよぎっていた。
ずっと頭の片隅にあった違和感。
花火を見たら、君は…。

「…ねぇ。やっぱりやめとこうよォ」
石段を前にし、朱夏さんが体を小刻みに震わせながら辞退を申し出る。
「今引き返すと、一人で夜道を歩いて行くことになるよ?」
朱夏さんを一人で帰す訳にもいかず、小雪さんが釘を刺す。
「…分かった。行くよォ。」
石段には街灯の明かりが届かず、独特の雰囲気をまとっていた。
朱夏さんはすでに涙目である。

上を見つめるが、ゴールである鳥居はこの暗さでは目に見えない。一度明るい時間帯に登った僕も全くの別物のような風景に恐怖に襲われる。
覚悟を決め、ゆっくり登り始めた。

「つ、疲れた。」
恐怖のあまり長らく声を荒げていた朱夏さんは疲れ果てている。
「朱夏の叫び声で余計に神経使ったぜ。」
「しょうがないでしょ!春陽にいが脅かすんだから!」
僕も含めみんな、疲れ果てその場に座り込む。
その瞬間。

―ドンッ
石段を上りきるのを待っていたかのように、休む間もなく花火が打ち上げられた。
「…うわぁ。綺麗」
後ろを向き空を見上げると色とりどりの光で鮮やかに彩られ、振動が体中に響き渡る。
先程までの疲れた表情は消え、みんな唖然と空を見上げる。
誰もが呪いの地にいることを忘れ、夜空に舞う花火を眺め続ける。

「蓮のおかげだな。サンキュ」
春陽兄さんがまるで子供を褒める父親のように、頭をクシャクシャ撫でる。
「い、いや。僕のおかげじゃ…」
「実は、お前がわがまま言ってくれるのが嬉しかったんだよ。これが初めてだったからさ。」
こんな人との繋がりを避けてきたような自分にも分け隔てなく接してくれる。
この人には一生かなわない。

―ミンナデ、ミルト、タノシイネ。
そう、君のおかげだ。そう告げる。

「…蓮くん。」
横にいた瞳さんが哀愁漂う雰囲気で語りかける。
てっきり、花火を楽しんでいると思い込んでいた。
彼女に似つかわしくない深刻な表情を見せる。
「あの子、…消えかけてる。」
悲しみと焦りの混ざるその声に、もう時間が残されていないことを悟る。

―イ、イヤダ。タスケテヨ…
さっきまで楽しげに喋っていたときとは打って変わって怯えた声が響き渡る。
まるで自分の状況を理解出来ていないようだった。

―あの子はまだ気付いていなかったんだ。
自分がもうすでに亡くなっていることに。
願いが叶ってしまった今。
彼女は行くべき所へ行かなくては行けない。

「僕が願いを叶えてしまったからだ…」
やっぱり救うことなんて出来ないんだ。歯がゆさのあまりボソッと呟く。
小さな叫びが耳に入り、隣に座る瞳さんが心配そうに僕を見つめる。
彼女もまた状況を把握できていない様子だった。
夜空には無数の光が解き放たれ、花火ももう時期クライマックスを迎える。
あの子との別れが着実と近づいていることを思わせ、愉快な気持ちで見ることができなかった。


「いやぁ、凄かったですな!」
初めはあんなに怖がっていた朱夏さんが満足そうに語りかける。
「来年もみんなで見られると良いな。」
「駄目だよ、朱夏ちゃん受験生だもん。」
興奮を冷ますかのように、春陽兄さんと小雪さんがからかうように微笑む。
「ウゲェ…」
情けない声に2人はクスリと笑う。

ここまで付き合ってくれた優しいみんなが何事もなく楽しめたようで安堵する。
「今日は本当に…ありがとうございます」
「おう!」
春陽兄さんの威勢のいい返事が自然と励ましてくれる。
あの子のためにできることをしてやりたい。

心配事を一つ残したまま花火大会は終了し、そろそろ解散しようという話になった。

長い石段をみんなで下っていく。
今もなお抵抗する声に加え、悲しい記憶が頭の中を巡ってくる。
それは僕が生まれる、ずっと前の話だった。

物心ついた時には、父親は病気でなくなってしまったらしい。母親は自分を養うため必死に働いた。
決して贅沢ではない暮らしも母親となら幸せだと楽しい日々を送っていた。
そんな二人にまたも試練が訪れる。母親も病気にかかってしまったのだった。
食料に飢え、少女も思うように身体が動かなくなっていき、一日のほとんどを横になって過ごす。
ある日の夜、少女は首に違和感を覚え目を覚ます。
母親が自分の首に手をかけ名前を呼んでいる。
「お母さん…?」
最後の記憶はごめんねと呟く母親の声だった。

「いやぁ楽しかった。また集まろうぜ。」
「川で遊ぶのなんてどうよ!」
「手持ち花火なんかも楽しそうだね。」
「…スイカ割り」
花火の余韻が冷めやまず、ワイワイと今後やりたい予定なんかを話し、手を振りそれぞれの帰路に向かっていった。
残された僕と瞳さんはなかなかこの場から離れることができなかった。

「蓮くん、何があったの?」
状況を飲み込めていない瞳さんが真剣な眼差しで問いかけた。
真実を話したら責任感の強い彼女が負い目を感じてしまうだろうか。
迷いながらも女の子の過去の話や、もしかしたら亡くなっていることを受け止められていないのではという説明をした。
「どうにかしてあげたい。」
「僕なんかが力になれるんでしょうか。」
花火を見るという願いが叶った今、なぜあの世に旅立てないのか、何かやり残したことが他にあるのか。
あの子のことを何も分かっていなかったんだ。
耳から離れないあの悲痛な訴えがより不安を駆り立てる。
「きっと大丈夫だよ。蓮くんとなら。」
呟かれた言葉は瞳さんの強い熱意を感じる

完全な覚悟はなかったが、見放して後悔はしたくない。
僕は誘いに応じ小さく頷いた。

また明日ここに来ることを約束し、すっかり明かりがなくなった夜道を方を並べ歩いていく。