夏休みが始まり5日後。
夏祭り当日、僕は集合場所になっている学校まで向かっていた。
時刻は5時半をすぎた頃、外はまだ明るいが気温が下がり過ごしやすかった。7時から始まる祭りには充分間に合う時間だけれど早めに家を出たのにはある目的があった。

あの日から、頭の片隅にずっと残っている。
揺れる長い髪と、逃げるように去っていった後ろ姿。
──あの子に、もう一度会える気がした。

そんなことを考えながら歩いていると少しずつ例の石段が見えてきた。もしかしたらという期待が僕の足運びを速くさせる。
けれど、人の姿はなかった。
期待していた分、失望感だけが胸の奥で残る。
そう簡単に再開できるほど人生上手くいくはずない。
少し心残りだけど、しょうがないのでひと足早く学校へ向かうとする。

石段を背に、再び歩き出した時だった。
―オネエチャン、コノマエハ、トチュウデ、カエッチャッタネ。
石段の上方から小さな女の子の声が降りかかる。

まさか、そんなはずはない。
だってあの日、僕は引き止めたはず。それに少女の言うお姉ちゃんがあの日の彼女のことを指しているとは限らない。
しかし、失われた期待が再び高まるのを感じた。身体は自然と石段の方へ向き直していた。
風が木々を揺らす音に混じり、再び声が聞こえる。
―オネエチャン、コッチ。
この先に何が待っているのか。覚悟を決めて1歩1歩石段を登っていく。
息を切らしながら登りきったその先に…

一瞬自分の目を疑った。
鳥居の付近に佇み、揺れる髪。
あの日見た後ろ姿、見間違うはずない。
僕はその場で立ち尽くし、声をかける事を忘れてしまっていた。

―オネエチャンノ、トモダチ?
石段に登る前に聞いた声が現実へと引き戻す。
足の近くで感じる、僕に話しかけている?
無視する訳にもいかず、姿が見えない声の主へ向けて質問に答えようとした瞬間、鳥居にいる彼女がゆっくりこっちを振り返る。

大きな瞳が僕を認識したのか、驚きと戸惑いを隠せないでいた。
「ごめんなさい、ここに呼ばれてて…。」
それってもしかして。でも彼女には女の子の存在は分からないはず。
確信はない、けど。

「もしかして、小さい女の子だったり…」
その一言で彼女の表情が一瞬で変わった。
まるで占い師に過去の出来事を当てられた見たいに目を見開いて。
僕の中で予想が確信に変わった。

「なっ、なんでそれを!」
興奮気味の彼女がこっちにどんどん近づいてくる。
打ち明けるべきか。けれど信じてもらえるはずがない。
そう思いながらも口を開く

「信じられないと思います…。亡くなった方…つまり霊の声が聞こえて…」
おかしな人だと思われただろうか。自分でも馬鹿げていると思った。
目の前の彼女が言われたことを必死に理解しようとする様子をじっと眺める。

「す、すごい…。」
…え、信じた。
目を輝かせ真っ直ぐ見つめる彼女は、照れた表情で続けて口を開く。
「私はね、この子が“見える”の。」
そう言った彼女は目線を下に下げ、優しく微笑む。
きっと女の子がそこにいるんだ。
聞こえる力があるんだから、見える力があっても不思議じゃない。
疑いなんてなかった。信じるほかなかった。

「君と会ったあの日、この子が着いてくるよう手招きしてたんだ。けど、理由が分からなくて…」

―ココデ、ハナビヲミルノ。イッパイ、オトモダチサソッテ。

訴える女の子の声をそのまま代弁する。
「たくさん人を集めて、花火が見たいそうです。」
「そっか。じゃあ、人をいっぱい集めなきゃだね。」
そう言い笑いかける彼女の声は、女の子には伝わっているのか。
そんなくだらないことを考えが頭をよぎっていると。

「あの、手伝ってくれないかな?
この子の願い、叶えてあげたくて。」
願いを…叶える…
そんな発想、僕には一度もなかった。
助けるっていったって、一体何が出来るんだ。
この力のせいで、苦しめられてきた僕は誰かのために使う余裕なんてなかった。
力から解放されたい。普通を取り戻すことが一番の願いだった。

「…ごめんなさい。僕はこの力から解放されたいって思ってる。だから協力することは…」
冷たい人間だと思われただろうか。
しばらく続く沈黙が、より罪悪感を増幅させる。
やがて沈黙を解くように、彼女は真っ直ぐな目をして口を開く
「お願い。急がないと力が使えなく…」

力が使えなく?
その意味深な言葉に気を取られる。
もう一度断る気でいた僕の口は言葉を発することを止め、しばらく考え込む。
僕にはある考えが頭をよぎっていた。

「…分かりました。出来ることは少ないですけど。」
「良かった、ありがとね。」
断られる覚悟をしていたであろう彼女が、安堵した様子を見せる。
「そうだ、私は朝比奈瞳。瞳って呼んでいいから。」
「僕は月原蓮です。」

「幼馴染と夏祭りに行く約束をしてて、もしかしたら付き合ってくれるかも…」
僕の提案で、ひとまず学校に向かうことになり、長い石段を2人、いや3人で下っていく。
夏祭りの話で2人は盛り上がっている。
けれど僕の心は少しも浮かれてはいなかった。

彼女は力について何か重要なことを知っている。
共に行動することで、その確信に迫れるならとことん利用する。
必ず普通の生活を取り戻すために。

―8時から、花火が打ち上がります。皆様お楽しみください

会場内から花火の案内アナウンスが流れ、花火打ち上げへの時刻が迫り、焦りに襲われる。
呪われた地と恐れられている神社。果たしてみんなは行くことに賛成してくれるのか。