市販の粉末と沸かした湯で簡単にできるカフェオレを、彼はアパートの一室で嗜んでいた。何もない休日の夜である。
 湯は沸き立てのため、火傷に注意しながらちまちま飲み、ゴールデンタイムに放送しているバラエティー番組を適当に流した。ネットに上げられた動画に頼ったような衝撃映像番組だった。
 世界にはいろいろな人がいる。そのいろいろに、自分も含まれているのだと彼は思う。多種多様ないろいろの中に、紛れ込んで埋もれてしまえばいいとも思う。
 目立ちたい、認められたい、といった、誰しもが持っているであろう承認欲求が、彼はあまり強くなかった。できるだけ、陽の光を浴びたくなかった。
 カフェオレを一口飲む。その時ふと、視界の端に黒い影が見えた。目を向けると、どこから侵入してきたのか、一匹の大きなムカデが、床に敷いているカーペットの上を這っていた。
 彼は驚くことも慌てることもなく、机の上に常に置いているティッシュ箱を手に取り、その角を使ってムカデの胴体を押さえつけようとした。あまり効果がない。這っている場所が柔らかいせいだろうか。
 ベッドの下に潜り込まれてしまっては退治が面倒になるため、彼は殺虫剤を取りに行こうとその場を立った。
 そこで彼は思い出す。殺虫剤でも問題なく殺せるが、ムカデには熱湯がいいと聞いたことがある。
 彼はカフェオレを一瞥した。湯はポットで沸かしていた。まだ中身は残っていたはずで、熱も冷めてはいないはずだ。
 ベッドの下に隠れようとするムカデを、ティッシュ箱を使って、今度はそこから無理やり移動させた。
 すぐには隠れられない位置まで強制連行し、台所から、夕飯の弁当を食すのに使用した割り箸を取る。ムカデを摘むためのものだ。リーチが短いが致し方ない。
 彼はじっとすることもできずに動き回っているムカデを、折り畳むようにして割り箸で摘んだ。落とさないように慎重に、シンクの上まで運ぶ。空いている片手で側にあるポットを掴み、身を捩っているムカデに熱湯をぶっかけた。
 人間であれば全身大火傷だが、ムカデもそうなのだろうか。
 彼は観察する。熱湯をかけられているムカデは縮み上がっているように見える。
 そうか、縮むのか、と行き当たりばったりで始めた実験を通して一つ学んだ。ネットで調べればすぐに分かることではあるが、実際に試してみたことで得た結果のほうが、より一層記憶に残るものになるのではないか。
 熱湯を浴びているムカデの動きが次第に鈍くなる。死に近づいているようだ。ムカデは縮んで、縮んだ。
 熱湯さえあれば、殺虫剤をかけて叩き潰すよりも楽に殺せるな、と瞬く間に弱っていくムカデを見下ろしながら彼は思考を巡らせる。やがて、無数の足がある細長いそれは、割り箸に挟まれた状態で動かなくなった。
 縮み上がって死んだと分かっても、気の済むまで徹底的に殺すのは、自分よりも遥かに小さい虫でも同じだった。そこにある生命力を舐めてはいけない。息を吹き返されては困るのだ。
 一度殺すと決めたら死ぬまで殺す。死んでも殺す。殺して殺す。それが彼のポリシーだ。
 熱湯をムカデにかけ続け、ポットが空になったところで彼はようやく手を止めた。胸に気持ちいい風が通り過ぎていく。虫でも何でも、殺すのは快感だ。害虫を駆除するのにいちいち罪悪感を抱く人はいないだろうが、その逆で高揚感を抱く人もいないのではないか。
 殺すのは面白い。これが何よりも一番楽しい。虫でも、人でも。面白くて、楽しくて、やめられない。
 殺しを娯楽とする彼は明らかに、後者の感情を抱く人間だった。
 彼は熱湯で濡れているムカデを上下に軽く振って水気を切った。割り箸で摘んだまま場所を移動し、ティッシュを何枚も引っこ抜いて机の上に重ね、縮んだムカデを寝かせる。動くことはない。
 暫しの間、死骸を眺めた。それを前にカフェオレを飲んだ。すっかり冷めていた。突然現れたムカデと遊んでしまったせいだった。テレビも次の番組であるドラマが放送されていた。突然現れたムカデと遊んでしまったせいだった。
 テレビはともかく、カフェオレは熱い内か温かい内に飲むのが美味しいのに。少し殺すのに時間をかけ過ぎてしまったようだ。
 最後に人を殺して一ヶ月以上が経っている。その反動だろうか。きっとそうだ。そろそろ人を殺したい。殺したくなっている。殺そう。
 彼は冷めたカフェオレを飲み干し、ムカデの頭を割り箸の先で潰した。
 殺して頭を潰したムカデを、いくつも重ねたティッシュで包み、今度は全体を握り潰してよく固めてからゴミ箱に捨てる。割り箸もへし折って四つにして捨てる。一緒にムカデに対する興味も捨てる。
 彼はスマホに手を伸ばした。SNSで、捨て垢前提のアカウントを出鱈目な情報で作成する。名前も適当につけた。ゴミ箱。
 プロフィールなどの設定は一切せず、早速検索バーに死や自殺の単語をそのまま入れたり、それに関連するキーワードを入れたりして調査を開始した。
 本気で死を望んで呟いている人間と、冗談だったり構ってほしかったりして呟いている人間を区別するにはまず、アカウントの規模を見ることにしていた。数字が大きいもの、とりわけフォロワー数が多いものに関しては全て却下し、殺す候補に挙げないようにしている。そのようなアカウントは漏れなく全部、承認欲求の塊の人間が動かしていると彼は思っていた。
 所謂承認欲求モンスターと呼ばれる類の人間に自ら声をかけて、その強い欲求を満たすための餌食になるつもりは毛頭ない。死ぬのを協力すると絡みにいってしまったら、すぐにスクリーンショットと共に晒されてしまう気しかしないのだ。拡散されるとこちらも身動きが取れなくなる。炎上して目立ってしまうような真似は絶対に避けなければならない。それ故に、ターゲットを絞る際には、慎重に、冷静に、本気か否かを見極める必要があった。
 殺すのは簡単だが、殺すまでの過程は茨の道である。早く殺したいが、焦ってはならない。これは耐久戦であり長期戦なのだ。それを乗り越えた先に、幸福が待っているのだ。彼は集中して検索を続けた。
 死にたい。生きていたくない。殺してほしい。誰でもいいから殺してほしい。殺してくれる人を探してるけど見つからない。そんな都合よく見つかるわけないか。俺は死にたい。死にたい。でも死ねずにいる。死にたいのに死ねない。弱虫だ。強くなりたい。殺してやってもいいよという人が俺を見つけてくれますように。自分で自分を殺せたらいいのに。自殺したいのに怖くてできないなんて情けない。死にたい死にたい死にたい。もう全部嫌になった。殺して。死にたい。頑張って死のうと思う。どうすれば死ねるのかずっと調べてる。誰か私を殺してください。死にたい。
 フォロー数もフォロワー数もアイコンも初期のままで、おまけにツイート数も少ないアカウントをいくつか発見した。本気かどうか後でじっくり吟味するために、ひとまず非公開で作成したリストに追加する。フォローはしない。どうせ役目を終えたら死ぬアカウントだ。彼のそれも、相手のそれも。
 一頻り調べて、彼は一度スマホから目を離した。見もせず垂れ流していただけのドラマが終わっている。自殺志願者を探し始めてから約一時間が過ぎていたようだ。
 程々にして、今日は終わることにした。焦りは禁物だ。雑でいいのは、アカウントを作成するまでだ。そこからは、慎重すぎるくらいに慎重になるのがちょうどいい。
 アプリを閉じて、スマホを机の上に置く。軽く伸びをした。大きく息を吐き、中身のないコップとそこに収まっているティースプーンを丸ごと持って腰を上げる。
 冷たくなる前に飲みきれなかったカフェオレを飲み直すことを一瞬考えたが、一日に何杯も飲むものでもないだろう。沸かした湯も使い果たしている。
 新たに水を入れて沸騰するのを待ってまで飲みたいわけではなかったため、大人しく流しで洗い物を済ませた彼は、濡れた手を拭いて部屋へと戻った。