旅館を出た俺たちは出現するであろう祟魔を討伐するため、雪の降る極寒の中、鴨川沿いの建物の瓦屋根から様子を伺っていた。

 外にしてからかれこれ30分は立っているが、今のところ何の収穫もない。あるとすれば、雪が強まって来て、人気がなくなってきたというぐらいだ。
 
「なぁ、本当に現れるのかよ……」
「いくら祟魔であってもこんな寒い中、悠長に出歩くとは思えん。もう帰って休もうぜ」
 
 王子はアサルトライフルのスコープで、夜宵は霊眼で河川敷を眺める。
 
「せめて後、30分は粘りましょう。あんなに大見得切っといて、何の収穫もありませんでしたじゃ済ませられませんからね。へっくしゅん!」
 
 屋根に寝そべっていたジュリアがくしゃみを溢す。鼻をズルズル鳴らしながら、いつかのちゅうじんが持っていたクソデカ望遠鏡で鴨川周辺を見回している。
 
 やっぱりその望遠鏡おかしい気がする。というか確実に偵察には向いてないよな……。

 けど、まだ30分しか経ってないのも事実で、ここで退くには早すぎる。
 
 俺も根気強く霊眼で視力を強化して、対岸の方に祟魔がいないか確認する。
 
「みんな寒がりだな~。ボクは全然いけるぞ」
「いや、お前が異常なだけだ」
 
 年末の大掃除の時も思ったが、何だよ体温調節が自由自在の身体って……。反則にも程があるだろ。
 
 そう苦笑交じりにちゅうじんへツッコんでいると、斜め後ろにいた秋葉から視線を感じたので、振り返ってみる。

「先輩~、もう帰って良いですか?」
「お前もかよ。せっかく恵美さんに許可貰ってきたんだから、もうちょっと粘れ。カイロ貸してやるから」
 
 俺はポケットの中にあったカイロを秋葉へ放り投げる。キャッチした秋葉は手元のカイロをじっと見つめて、げんなりとした表情を浮かべた。
 
「えー、こんなしょぼいもんで凌げるわけないじゃないですかぁ……。暇潰しにしか使えないですよ」
 
 さっそく受け取ったカイロに、どこから取り出してきたのかマジックペンで落書きをして遊んでいる。
 
「お前なぁ……人の好意を何だと思ってやがん――」
「――あ、来ましたよ」

 眉を顰めながら話していると、秋葉が声を上げた。
 
「え、どこどこ」
「対岸の方に2体ほど。ほら、あそこです」
「ん? あいつら……」
 
 ちゃっかり貸し与えた落書き済みのカイロをポケットに仕舞った秋葉が対岸の歩道を指さした。霊眼で視力を強化した目で見てみると、年末の大掃除の時に遭遇した鬼と同じような気配を纏っている。
 
「審議官さんとそのお仲間の人の気配に似てますね。それにやけに数が多い……」
 
 同じく注視していたジュリアが真剣な声色で告げる。
 
「そういえば、正月に八坂の山に出たんだってな?」
「そうだぞ。もしかしてここが住処だったりしてな」
 
 夜宵の問いにちゅうじんが応じた。

 目を凝らしてよく視てみれば、続々と数が増えてきている。あながちちゅうじんの言う通り、ここが奴らの縄張りなのかもしれない。ってことはだ。
 
「ここに張り付いてから薄っすら感じてたんだが、鬼面から発されていた祟痕の気配がするんだよな……」
「おい、大事なことは早く言え。人に相談できないとか社会人として失格だろ」
「はぁ? 推測でもの言うよりかマシだ」
 
 隣で様子を見ていた王子の指摘に反射的にそう返す。

 もし間違ってたらどうするんだよ……。取り返しのつかないことになる方が嫌だわ。
 
 けど、慎重になり過ぎて報連相が疎かになるのもまた問題を起こす要因となる。社会人になってもう2年経つけど、そこら辺の塩梅は未だに難しいところだ。
 
「あの、お二人っていつもそんな感じなんですか?」
「そうだけど。それがどうかした?」
 
 秋葉の質問に、王子が頭や肩についた雪を払いながら答える。

 確かに事あるごとに言い争ってるな……。いや、大半は王子が突っかかってくるから仕方なく応じているだけなんだけど。
 
「いや、なんか海希先輩と多田先輩の会話見てるみたいだなーと思いまして」
 
 秋葉の言葉に、今までのやり取りを振り返ってみる。
 
 そう言われてみれば大神学園時代、海希に接してた時とあんまり変わらないような気がするな……。
 
「まぁ、王子も海希も、何ならあそこにいるちゅうじんも天才なことには変わりないからな……。3人とも性格が少々っていうかだいぶ終わってるところも似てるし。いや、あの中だと王子が1番終わってるか」
「俺が天才なら多田は努力の権化――秀才ってところか。いいねぇ」
「何も良くねぇよ。ま、努力量と生真面目さで言ったらお前ら天才よりは勝ってるがな」
 
 逆に言えば、お前らが不真面目すぎるんだよ。普通の人でももうちょっと真面目に仕事やら家事やらやってるわ。
 
 と、王子のクソ高プライドに火が付いたのか、俺の方を睨みつけてきた。
 
「ほぉん? 言ったな? ならこれが終わったら、2023年大神学園短大入試過去問で勝負だ」
「何でいつもそうなるんだよ。交流戦で負けたことどんだけ根に持ってんだ」
「そりゃ一生だな。そうじゃなくても、お前に勝つまでは根に持つ」
「めちゃくちゃうぜぇ……」
 
 交流戦とは大神学園系列校同士で毎年夏に行われる親善試合。俺が2年と3年の時に王子と対戦。2年連続僅差で王子が負けて、俺が勝利したのだ。

 にしても、どんだけあの試合結果に執着してるんだよ……。まぁ、俺が祓式を持ってない分、ちょっとセコい手は使わせてもらったがな。
 
 けど、学力勝負なら今までの努力がものを言うから、こっちにも十分勝ち目はある。
 
「あ、まずい……。こっちに向かってきます」
 
 俺たちの話を聞きながら状況を見ていた秋葉が溢した。

 向こう岸にいた鬼たちが、みるみる速度を上げて対岸からこっちに向かってくる。いつの間にか数も増えており、目視で見ても、軽く30体は居るだろう。
 
「そこ2人がずっとベラベラ喋ってるから気づかれたじゃないか」
「そうですよ。ちゃんと集中してください」
 
 夜宵とジュリアが不機嫌そうな顔をしながら、寝そべった状態から立ち上がり、それぞれ大鎌と矛を手に持つ。
 
「いや、話振って来たの秋葉。で、それに乗っかって来た王子も同罪だろ。少なくとも俺は何にも悪くねぇ」
「どっちでも良いから早く準備しろよ」

 見苦しい言い訳に光線銃を構えたちゅうじんから厳しいツッコミを受けつつ、俺も立ち上がって刀の鍔に親指をかける。王子もいつでも応戦できるようアサルトライフルのトリガーに人差し指を添えた。