じゃんけんの結果、1番窓側がちゅうじん、真ん中が俺で、その奥が王子という配置に決まった。恵美さんからの連絡があるまで、ちゅうじんが持ってきていたトランプで遊ぶこと2時間半。

 恵美さんから終わったとのメッセージが届いた。俺たちは部屋を出て、隣の部屋にいる夜宵とジュリアを呼びに行き、恵美さんと秋葉がいる応接室へ向かった。
 
 中は会議室の縮小版のような感じになっており、1番入り口に遠い席から葵さんに甘野さん、その向かいに奥から夜宵、王子、ジュリア、俺、ちゅうじん、その間に秋葉と恵美さんが座っている。

 そして、それぞれの机の前に資料が配布された。
 
 今から行うのは、PR動画を撮影するにあたっての工程の確認と、旅館のどういったところを映してほしいかの打ち合わせだ。
 
 PRをするに当たって、旅館側とのズレが生じては元も子もないので、対面で行うことになっている。
 
「ほな、始めにうちの旅館の資料を見てもらえますか?」
「分かりました」

 資料を見ながら打ち合わせを進めていき、その様子を秋葉と恵美さんで記録していく。およそ2時間に及ぶ打ち合わせは途中に休憩を挟んで行われた。

 一通り終わったところで、甘野さんが葵さんと顔を見合わせたかと思ったら、意を決したように口を開いた。

「終わったところ申し訳ないんですけど、少しの間、お時間をいただいてもよろしいですか? ちょっと皆さんにこの場を借りて頼みたいことがありまして」
「えぇ、大丈夫ですよ」
 
 ジュリアが微笑みながら返せば、深く息を吐いた甘野さんが続けて話し出す。
 
「……実は、ここ最近、夜中になると度々鴨川沿いの方から祟魔の気配を感じるんです。姉も私と同じく視える人で、同じように気配を感じているので、間違いないと思います」
「ほんで、このまま放っておいてもしかお客さんに被害が出たらかなんさかい、代報者の皆さんに調査と、ほんまに居るようでしたら祓っていただきたいんです」
 
 甘野さんの言葉に付け加えるように葵さんも話してきた。直後、応接室に沈黙が降りる。
 
 こればっかりは俺の一存では決められないからな……。
 
 横に座っているみんなにチラッと視線を向けると、打ち合わせ用のペンを回しながら王子が喋り出す。
 
「俺は受けても良いぜ」
「ボクもだぞ」
「どうせここに居る間は食っちゃ寝生活だからな。私もかまわん」
「アタシもかまいませんよ。困っている人がいるのであれば、助けるのが道理ってもんですからね」
 
 王子に続いてちゅうじんに夜宵、ジュリアも了承の意を述べる。

 かくいう俺も寸分違わず引き受けるつもりだ。夜宵の言う通り、滞在している間は暇も同然だからな。
 
「俺も勿論引き受けるが、秋葉お前はどうだ?」
「んー、そうですね……。本来なら部外者たる私は参加しない方が良いんでしょうけど……」
 
 秋葉は顎に手をやりながら、隣の恵美さんの方を伺う。多分、秋葉にとっての責任者である恵美さんに許可を貰わないと参加しようにもできないのだろう。
 
 恵美さんの返答を待つ秋葉に、彼女が諦めたように溜息をつく。
 
「祓えない私の代わりに、多田くんたちの雄姿を見届けてきて。一応、今回のPRは甘野旅館もそうだけど、何より特別支援室の人たちのためにあるのよ。大神学園の子たちに就職先として観文省をアピールする機会でもあるんだから」
「では、私も参加します」
 
 恵美さんの許可をもらった秋葉は、待ってましたと言わんばかりに即答した。
 
「というわけですので、お引き受けいたしましょう。滞在中に解決できるよう最善を尽くすつもりです」
「本当にありがとうございます」
 
 俺がそう述べると甘野さんは深々と頭を下げた。
 
「これで多田くんと秋葉ちゃんに依頼するんは2回目やね。今回も期待してるで。依頼料は神社省を通さなあかんやろうし、後日になるかもやけど、そこは堪忍な」
「えぇ、こちらもそれは承知しております」

 神社省は俺たち神社の神職と代報者のサポートをする機関で、一般の人からの依頼も依頼料の振り込みもそこを通して行われる。
 報酬は後払い。けど、それで良い。だって長年に渡って美味しい料理と温泉を提供する老舗旅館の未来が掛かってるかもしれないんだ。

 今後のことも加味せずとも、老舗旅館が失われるのはこっちとしても見たくないから、やらないわけにはいかないだろう。
 
「ほんなら、それではこの場は解散といたしましょか。まだ祟魔が現れるまで時間がありますから温泉にでも浸かってきてください。その間にお食事の方ご用意させていただきますさかい」

 そういう訳で、時間が来るまでは一時解散。今のうちに温泉に浸かって精を養うなり仮眠を取るなりして、一同、祟魔討伐に備えることとなった。
 
 
 ◇◆◇◆
 
 
 時刻は深夜0時。旅館の利用客がみんな寝静まる中、俺たちは準備を整えて旅館のエントランスへと集まっていた。
 
 本当、念の為持ってきておいて正解だったな。
 
 自分の用意周到さに感服しながら、腰の太刀に手を添えていると、着物の上からたすき掛けをした葵さんが歩いてきた。

「ひとまず、依頼を引き受けてもらうお礼として、戻ってきはる頃に温泉の方を特別支援室の皆さんと秋葉ちゃん用に貸切って待っとりますね」
「やったー! 人生初の二度風呂だぞ」
「動くとはいえ、絶対冷えるからな……。そのお礼、有難く頂戴するとしよう」

 ちゅうじんと夜宵は嬉しそうに笑みを浮かべながらそう言った。
 
 ちゅうじんは勿論だろうが、二度風呂は流石の俺もまだ経験したことないしな。これは絶好の機会かもしれん。その前に無事に生きて帰ってくることの方が重要だがな。

「先輩、刀ありがとうございます!」
「どういたしまして。言っとくが、絶対に折るんじゃねぇぞ。最終的に怒られるのは俺なんだからな」
「分かってますって」
 
 まさかここに来て祟魔退治をするとは思っておらず、刀を持ってきていなかった秋葉には、ここから15分程歩いた先の実家・八坂神社が所蔵している刀を一時的に貸し与えている。

 まぁ、刀なんてなくても、秋葉には憑依の祓式があるから問題はないだろうけど、念の為だ。
 
「それじゃあ行きますか」
「そうだな!」

 俺たちは雪の降る中、旅館を出て鴨川沿いへと向かうのだった。