落ちたら大変だろうなと思いながら凍結した鴨川を眺めつつ、前に進んでいたら後ろに気配を感じる。
ふと振り返ってみたら、王子が俺の背に隠れながら進んでいた。
「おい、俺を盾にすんじゃねぇ王子」
「仕方ないだろ寒いんだから……。お、良いもん持ってんじゃん。俺に寄越せ……!」
王子が俺の手の中のカイロを横取りしようとしてくるが、路面凍結した石畳の地面に足をすくわれそうになり、危うく滑りかけていた。
自業自得。こりゃ人のもん取ろうとした罰だな。
「甘野旅館ってこの先か?」
「えぇ、そうです。ほら、もう見えてますよ」
夜宵の問いにジュリアが指を差して答える。川沿いの建物にひと際大きな和風建築の建物が見えた。
祇園四条に来た時は必ずと言って良いほど見てるけど、あそこが老舗旅館・甘野だったのか。知らなかった……。
極寒の中、無事に橋を渡り終え、右隣にある細道へ入っていく。すると、そこには提灯の灯りに照らされた如何にも京都っぽい空間が広がっていた。
どうやら鴨川沿いを中心とする花街の一角・先斗町に着いたようだ。行きかう人の中には舞妓さんや芸妓さんがちらほら伺える。
その道を少し歩いた先に、甘野の暖簾のぶら下がった建物が見えた。俺たちは暖簾を潜り、石の敷き詰められた道を通って中へ入る。
すると、到着を待っていたのか、女将の甘野葵さんが出迎えてくれた。
「ようこそお待ちしておりました」
「本日はよろしくお願いします」
俺が会釈ついでにそう言うと、葵さんは微笑む。
「えぇ、こちらこそよろしゅうお頼み申し上げます。外はえらい寒かったでしょう。早う上がってください」
葵さんに勧められ、俺たちはエントランスからロビーとなる場所へ移動する。
葵さんを先頭にカーペットの敷かれた廊下を歩いていたら、不意に彼女が柔らかい笑みを浮かべながら、こっちを振り向いた。
「秋葉ちゃんに多田くんも久しぶりやね。葵祭の時はほんまお世話になりました」
「かれこれ5年ぶりですかね。お元気そうで何よりです」
「どうも。お久しぶりです」
葵さんの言葉に秋葉と俺が反応する。と、横を歩いていたちゅうじんが俺の肩を叩いてきた。
「知り合いか?」
「あぁ、言ってなかったか。ほら、今年の葵祭の時に5年前に六条御息所の封印が解けて当時の斎王代が襲われたって海希が話してただろ。そのときの斎王代が女将の葵さんなんだよ」
「あ、そうだったのか」
「へぇ、そんなご縁があったとは」
ちゅうじんとジュリアは感心したように呟く。
それにしても、もう5年も経つのか……。5年前だから俺が高校2年生で、秋葉が1年生の時だよな。まだ秋葉が生徒会に入り立ての時に受けた任務で、俺が先輩として引率してたんだったか。
過去を懐かしんで遠い目をしていたら、恵美さんがふと立ち止まった。視線の先には板前姿の甘野さんが。
「あ、甘野ちゃん」
「あれ? 恵美さんに多田さんにうーさんじゃないですか。どうしてここに?」
横を通ろうとしていた甘野さんが、きょとんとした表情で近寄ってきた。そういえば、甘野さんはここの料理人だったっけか。それに前から思ってはいたが、もしかして葵さんの妹さんか?
「ちょっと仕事の方で用があってね。2日ほど泊まらせてもらうことになってるのよ」
「あぁ、そういうことでしたか。うちの料理は美味しいですから、楽しみにしていてください」
恵美さんから事情を聞くと、甘野さんは笑顔で話してそのまま歩みを進めようとする。が、恵美さんが待ったをかけて、甘野さんは再び振り向いた。
「良かったら甘野ちゃんも取材受けていかない?」
「え、そんな……。私なんかが良いんです?」
「せっかくえぇ言うてくれてはるんやから受けぇな。うちも一緒やし」
甘野さんが遠慮がちに問いかければ、すかさず葵さんが誘ってくる。その言葉に甘野さんは口を閉じて、少しの間考え込む。
「んー、姉さんがそう言うなら……。分かりました、受けましょう。取材の前に料理長の方に抜けるって伝えてきますね」
どうやら俺の予想は当たっていたらしい。甘野さんは軽く会釈をして、来ていた道を戻っていった。その様子を見届けてから、葵さんが話し出す。
「ほな、澄が戻ってくる間、お部屋の方に案内させていただきます」
事前に予約していた部屋へ案内される。部屋割りは3人部屋に俺とちゅうじん、王子。2人部屋にそれぞれ夜宵とジュリア、恵美さんと秋葉という風になっている。
俺と夜宵、恵美さんはそれぞれ葵さんから部屋の鍵を受け取り、中へ入っていく。
「じゃあ、終わったら連絡するわね」
「分かりました」
部屋の畳に荷物を下ろしていると、扉から顔を覗かせた恵美さんにそう言われた。
当初の予定だと、従業員の取材時間は2時間。甘野さんも急遽加わったから、2時間半は時間があるな。それまで何をしようとかと思っていたら、王子が声を上げた。
「よぉし、それじゃあ誰がどこで寝るかじゃんけんといくか」
「絶対負けないぞ!」
おいおい、子供かよ……。でも、十分時間はあるからたまにはこういうのも良いだろう。
全員参加が決まったところで、俺たちは畳の上で軽く円になってじゃんけんを始めるのだった。
ふと振り返ってみたら、王子が俺の背に隠れながら進んでいた。
「おい、俺を盾にすんじゃねぇ王子」
「仕方ないだろ寒いんだから……。お、良いもん持ってんじゃん。俺に寄越せ……!」
王子が俺の手の中のカイロを横取りしようとしてくるが、路面凍結した石畳の地面に足をすくわれそうになり、危うく滑りかけていた。
自業自得。こりゃ人のもん取ろうとした罰だな。
「甘野旅館ってこの先か?」
「えぇ、そうです。ほら、もう見えてますよ」
夜宵の問いにジュリアが指を差して答える。川沿いの建物にひと際大きな和風建築の建物が見えた。
祇園四条に来た時は必ずと言って良いほど見てるけど、あそこが老舗旅館・甘野だったのか。知らなかった……。
極寒の中、無事に橋を渡り終え、右隣にある細道へ入っていく。すると、そこには提灯の灯りに照らされた如何にも京都っぽい空間が広がっていた。
どうやら鴨川沿いを中心とする花街の一角・先斗町に着いたようだ。行きかう人の中には舞妓さんや芸妓さんがちらほら伺える。
その道を少し歩いた先に、甘野の暖簾のぶら下がった建物が見えた。俺たちは暖簾を潜り、石の敷き詰められた道を通って中へ入る。
すると、到着を待っていたのか、女将の甘野葵さんが出迎えてくれた。
「ようこそお待ちしておりました」
「本日はよろしくお願いします」
俺が会釈ついでにそう言うと、葵さんは微笑む。
「えぇ、こちらこそよろしゅうお頼み申し上げます。外はえらい寒かったでしょう。早う上がってください」
葵さんに勧められ、俺たちはエントランスからロビーとなる場所へ移動する。
葵さんを先頭にカーペットの敷かれた廊下を歩いていたら、不意に彼女が柔らかい笑みを浮かべながら、こっちを振り向いた。
「秋葉ちゃんに多田くんも久しぶりやね。葵祭の時はほんまお世話になりました」
「かれこれ5年ぶりですかね。お元気そうで何よりです」
「どうも。お久しぶりです」
葵さんの言葉に秋葉と俺が反応する。と、横を歩いていたちゅうじんが俺の肩を叩いてきた。
「知り合いか?」
「あぁ、言ってなかったか。ほら、今年の葵祭の時に5年前に六条御息所の封印が解けて当時の斎王代が襲われたって海希が話してただろ。そのときの斎王代が女将の葵さんなんだよ」
「あ、そうだったのか」
「へぇ、そんなご縁があったとは」
ちゅうじんとジュリアは感心したように呟く。
それにしても、もう5年も経つのか……。5年前だから俺が高校2年生で、秋葉が1年生の時だよな。まだ秋葉が生徒会に入り立ての時に受けた任務で、俺が先輩として引率してたんだったか。
過去を懐かしんで遠い目をしていたら、恵美さんがふと立ち止まった。視線の先には板前姿の甘野さんが。
「あ、甘野ちゃん」
「あれ? 恵美さんに多田さんにうーさんじゃないですか。どうしてここに?」
横を通ろうとしていた甘野さんが、きょとんとした表情で近寄ってきた。そういえば、甘野さんはここの料理人だったっけか。それに前から思ってはいたが、もしかして葵さんの妹さんか?
「ちょっと仕事の方で用があってね。2日ほど泊まらせてもらうことになってるのよ」
「あぁ、そういうことでしたか。うちの料理は美味しいですから、楽しみにしていてください」
恵美さんから事情を聞くと、甘野さんは笑顔で話してそのまま歩みを進めようとする。が、恵美さんが待ったをかけて、甘野さんは再び振り向いた。
「良かったら甘野ちゃんも取材受けていかない?」
「え、そんな……。私なんかが良いんです?」
「せっかくえぇ言うてくれてはるんやから受けぇな。うちも一緒やし」
甘野さんが遠慮がちに問いかければ、すかさず葵さんが誘ってくる。その言葉に甘野さんは口を閉じて、少しの間考え込む。
「んー、姉さんがそう言うなら……。分かりました、受けましょう。取材の前に料理長の方に抜けるって伝えてきますね」
どうやら俺の予想は当たっていたらしい。甘野さんは軽く会釈をして、来ていた道を戻っていった。その様子を見届けてから、葵さんが話し出す。
「ほな、澄が戻ってくる間、お部屋の方に案内させていただきます」
事前に予約していた部屋へ案内される。部屋割りは3人部屋に俺とちゅうじん、王子。2人部屋にそれぞれ夜宵とジュリア、恵美さんと秋葉という風になっている。
俺と夜宵、恵美さんはそれぞれ葵さんから部屋の鍵を受け取り、中へ入っていく。
「じゃあ、終わったら連絡するわね」
「分かりました」
部屋の畳に荷物を下ろしていると、扉から顔を覗かせた恵美さんにそう言われた。
当初の予定だと、従業員の取材時間は2時間。甘野さんも急遽加わったから、2時間半は時間があるな。それまで何をしようとかと思っていたら、王子が声を上げた。
「よぉし、それじゃあ誰がどこで寝るかじゃんけんといくか」
「絶対負けないぞ!」
おいおい、子供かよ……。でも、十分時間はあるからたまにはこういうのも良いだろう。
全員参加が決まったところで、俺たちは畳の上で軽く円になってじゃんけんを始めるのだった。
