祇園祭から約2週間が経過した。

 あの後、長刀(なぎなた)を鑑定してもらったものの、特にこれと言った損傷はなく無事に実家の八坂(やさか)神社の蔵に戻され、長刀強奪事件は解決。

 事情聴取によると、やはり俺の読み通り鬼面の人物が関係していたようで、日輪は更に厳戒態勢を取ることになった。

 その反面、俺はというと有り余っている有休を消化するために休暇を貰い、いつもはできない二度寝をかましていた。すると、部屋の扉が思いっきり開いて、足音が迫ってくる。
 
「おーい、いい加減起きろよ〜。もうお昼だぞ」
 
 薄目を開ければ、ベッド脇にはこっちを覗き込むちゅうじんの姿があった。

「おい、今すぐ起きないとボクが昼飯作っちゃうぞ」
「そ、それだけは勘弁……」
 
 ちゅうじんが来たばかりの頃に作っていた闇鍋がふと頭をよぎってしまった。
 
 あれは人が食えるもんじゃないからな……。そうなったら自分で作った方がマシだ。
 
 俺が起き上がると、ちゅうじんは部屋から出て行く。

 諸々の身支度をしてから、冷蔵庫にあった野菜と肉でカレーを作って食べる。
 食べ終わった皿を洗って片付け、特にすることも無くボーっとテレビを眺めていたら、いつの間にか時計の針は16時を差していた。
 
「そういや、UFOの修理ってどのぐらい進んでるんだ?」
「大体3分の1ぐらいは終わってるな。この星は資源も豊富だから有難いんだぞ」
「なるほど……」
 
 ちゅうじんはコントローラーを操作しながら画面を見る。
 
 俺の知ってる限り、他の星は資源どころかまず住めない星が多いからな……。それに比べたら地球は集めやすいだろう。これなら早いうちにちゅうじんもルプネスへ帰還できそうだな。
 
 そう思っていると、チャイムが鳴った。また何か注文したのかと呆れた目でちゅうじんを見るが、本人は首を横に振っている。

「じゃあ誰だよ」
「大家さんとか?」
「有り得そうだな……」
 
 俺が納得している間にもちゅうじんはリビングを出て玄関の方へ向かった。

 ただでさえ家の中がちゅうじんの注文したダンボールやらガラクタでいっぱいだってのに、これ以上持ってこられても困るだけなんだがな……。

 仕方ないので、俺も重い腰を上げてリビングから出ると、先に玄関へたどり着いたちゅうじんが取っ手を捻ってドアを開けた。

 と、そこには浴衣姿のジュリアと王子が。てっきり、大家さんと思っていたので唖然とする。その一方、2人を見たちゅうじんの表情が明るくなった。
 
「な、なんでお前らがここに……」
 
 目の前の2人に困惑していたら、突然王子がビシッと俺の方を指差してきた。
 
「勝負だ多田! 今日こそは俺が勝つ!」
「いや、勝負って何。てか、なんで浴衣?」
「実は今日、夜宵さんの神社で夏祭りがあるらしくて。せっかくなので一緒にどうかなと思いまして」
「おぉ、行きたいぞ!」
 
 ジュリアが微笑むと、ちゅうじんは即座に手を挙げて反応する。

 夜宵の実家は伏瀬大社(ふせたいしゃ)と言って、稲荷神である宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)を祀っている神社。毎年、この時期になると神社にとっての重要な祭事――例大祭(れいだいさい)があるのだ。

 かれこれ夜宵とは長い付き合いになるが、俺は何やかんやで1回も行ったことが無い。せっかくだ。この際だから行ってみるのもありか。何より晩飯作らなくて済むし、普通にやることがないから良い暇潰しにもなる。

「ちゅうじんが行くってんなら俺も行くか」
「おっし、なら4番勝負でどうだ! まずは射的だろ。んで、輪投げにヨーヨー釣りに……」
 
 王子はどんだけ俺と勝負したいんだよ……。指を折って数える王子に思わず苦笑を浮かべる。
 
「なら、早く浴衣に着替えて行きましょう! どうせ行くなら形から入らないとですし」
 
 ジュリアは拳を握って意気込んだ。とはいえ、何でも急に決まったことだから浴衣なんてすぐには出せない。それに……。
 
「俺は持ってるけど、ちゅうじんの分は無いんだよな……」
 
 ちゅうじんを横目で見る。当の本人は浴衣の意味が分からないようで、ジュリアから浴衣がどんなものなのか教えて貰っていた。と、王子が口を挟む。
 
「だったら近場の着物レンタルで借りれば良いんじゃないか?」
「ですね。うーさんもこれを機に、和服に慣れていただきたいですから」
「おー! 浴衣着るの楽しみだぞ!」
 
 ジュリアは一体どこを目指してるんだ……。まぁ、異星から来た宇宙人に色々体験させてやりたいっていう気持ちは分からんでもないけど。ちゅうじんも興味津々のようだから良いか。

「それじゃあアタシたちは表で待ってますね」
「あぁ」

 俺とちゅうじんは伏瀬大社へ向かう準備をするべく、一旦、家の中へ入るのだった。

 
 ◇◆◇◆
 
「おぉ~! 人がいっぱいだぞ!」

 白の浴衣姿のちゅうじんがズラッと並んだ屋台を見て感嘆している。
 周囲を見回すとこれでもかと人が参道を行き来している。

 流石、奇異市きっての神社だけはあるな。俺のところもなかなか規模は大きい方だが、伏瀬神社もそれなりの規模感がある。

 これは迷子になられでもしたら一巻の終わり。なるべくちゅうじんから目を離さないようにしなければ。
 
「お、あれが噂のわたあめってやつか⁉」
「あ、おいこら走るな!」
 
 意気込んだ矢先にこれだ。俺は走るちゅうじんに向かって叫ぶが、聞こえていないのか聞いていないのかそのまま綿あめの屋台に直行していった。

 すぐさま後を追いかけようとするが、後ろから肩を叩かれる。振り向けば、王子がある方向を指さしていた。
 
「おい多田、まずはあれからやるぞ」
「げっ……よりにもよって金魚すくいからかよ……」
 
 目線の先にある屋台を見て、俺は思わず顔を顰めるのだった。