「なぁ、珠洲矢。お前のバイト先ってどこ?」
「え?」
 終業式のあとの放課後。夏休みに入るねーとかクラスメイトがいろんな話をして帰っていく中、またもや颯が突然話しかけてきた。今度は私のバイト先――時雨堂について知りたいみたいだ。
「古書店だよ。時雨堂っていうの」
「古書――本か。いいな」
 おや? これは――。
「ん? 颯も本好きなの?」
「えっ、あっ、近っ、じゃなくて、うん」
 食い気味に聞くと、ややのけぞりつつ颯が頭を縦に振る。
「じゃあ、今から一緒に行こうよ!! 私バイトだけど、ほら行こっ!!」
 本好きに悪い人はいない、それを信じてきた。だから颯も、きっと時雨堂を気に入るはず。そう思って、颯の手を取り、教室を飛び出していく。
「へっ!? はぁ!? ちょ、手っ、手ぇ!」


「てんちょーっ!! こんにちはー!!」
 はりきりすぎちゃって扉思いっきり開けちゃった。どうしようガラス割れて――ないな、よし。
「やけにうるせぇな今日は。なんかあったか」
「えへへーっ、聞いて驚いてくださいよっ。実は――」
 後ろで呆然と立っている颯に「入って入って」と手招きする。おそるおそるといった感じで颯が時雨堂に足を踏み入れている。
「こ、こんちは」
 ぺこりと軽くお辞儀して挨拶をすます颯。珍しく本を整理していたてんちょーが颯を見て手を止め、軽く会釈をする。
「紹介しますっ! こちらは――」
「彼氏か」
「「違います!!!!」」


「もう!! てんちょーが話逸らすから―っ!」
「悪い。つい意地悪が働いた」
 ストレートコーヒー1つとミルクコーヒー1つ、それからたっぷりミルクが入ったコーヒー1つをお盆に置いて運びに行くと、てんちょーと颯が向かい合って座っていた。颯が先ほどから黙りこくっている。怖いよね。仏頂面に三白眼に目つきの悪さ。
「ごめんね颯。変なてんちょーで」
「変とはなんだ」
「初対面に悪戯するのはよくないですよー」
「それは、ほんとにすまん。で、何を言い掛けたんだ」
 コーヒーを一口ちみっと飲んで、本題に戻す。
「颯の紹介をしようとしたんです。こちら癒白颯。同じクラスの子です。あの、てんちょーを彼氏と勘違いした子です」
「ちょっ、それ言うか!? おまっ――――」
 なんだか颯が焦り始めたけど、それは気にせず。だっててんちょーに誤解されたままじゃ話ちゃんと進まないと思ったから……。
「あぁ。君か。コイツとは何もないから。んで、またどうして珠洲矢は癒白を連れてきたんだ?」
「そう! そこが重要なんですよ! 私のバイト先を聞いてきたものだから、包み隠さずここのことを伝えたら、颯も本が好きだったことが分かって! もう嬉しくて学校帰りすぐ来ちゃいました!」
「――災難だな。癒白」
「あ、いえ……」
「なんで災難なんですか!!」


「普段から、こうやって珠洲矢は本と向き合ってるんですか?」
 ちびちびミルクコーヒーを飲みながら癒白が俺にぼそっと聞いてくる。珠洲矢は――まぁあいつのことだから聞こえてないよな。
「んぁ? あぁ、いつもあんな感じ。1人増えただけで随分整頓された」
「店長は働かないんですか?」
「珠洲矢の方が手際いいから。あまりいじっても怒られそうだし」
「……店長なんですよね? ほんとに」
 初対面の珠洲矢の同級生に疑いの目をかけられる。心が痛い。
「まぁ、そうなんだがな。こだわり強いから、あいつ」
 一気に飲み干して空になったグラスを片づけに行きがてら、癒白が好きそうな本はないか適当に手に取りつつ、横にまた座る。
「悪いな。付き合わされたのに放置で、暇だろ」
「あ……ありがとう、ございます」
「適当に持ってきたやつだから、気に入らなかったら好きなの探せ」
 とは言ったものの、今探して棚を荒らしたら、珠洲矢怒るかもだけど。
「――あ、全部恋愛ものかぁ。オレ、恋愛もの好きです」
「そうか」
 癒白の好きなジャンルでよかった。初対面で恋愛もの渡すのは自分でもどうかと思ったが、珠洲矢の集中を切らさないし、ちょうどいいか。
「――時々、思うんです」
「んぁ?」
 そう言う癒白の目線は本に落ちたまま。どこか寂しそうな声色である。
「こんな恋、したかったなって」
「あぁ……なるほどな。まぁ、誰しもが小説や漫画のような甘い恋をしているわけじゃないさ。全然嫌いだった人が、タイプだったっていうこともあるし、好きだけど、別れなきゃいけなくなってしまった恋人たちだっている。誰だって、そんな恋がしたいさ」
「なんだかオレの心を見透かしたような言葉で痛いですけど……」
「んぁ? 癒白、お前――好きなやつがいるのか?」
「え゛」
「え?」


「てんちょー、ある程度整理し終わったんですけどー……? うん?」
 私がてんちょーと颯のところに戻ったら、いつの間にか、仲良くなってる……。あんなに話してるてんちょー初めて見た。
「――あぁ、珠洲矢。おかえり。癒白って……いいやつだな」
「直球な誉め言葉が急に飛んできて今とてもびっくりしてますけど、よかったですねぇ、話し相手が増えて」
 仏頂面でも少し楽しそうに思えたから、まぁよかったのかな。
 颯もちょっと元気になったみたいだし。
「あ、やべ。そろそろ帰んないと。珠洲矢、ありがとな。また来る」
「うんっ! 是非寄って! てんちょー話し相手いなくて寂しそうだから」
「誰が寂しがってる」