この間、珠洲矢が俺に聞いてきたこと。『好きとは何か』――あの質問の答え、あれでよかったのかと最近思えてきた。もう少し適切な答えがあったんじゃないかと。
ただ、あの晴れた笑顔を見せたということはきっと、一歩進めたと捉えていいん、だよな……。どうしても、こういう話題になるといつも調子が狂ってしまって判断力が鈍る。
棚の整理も思うようにできなくなってきた。頭が回ってない。休むか。
頭を抱えつつ、机に突っ伏してまた考える。最近どうも頭が回らん。夏バテか?
「はい、どうぞ」
ふわっと淹れたてのコーヒーの匂いがしたかと思うと、目の前にいつも使っているグラスが置かれる。顔を上げたらにっこりとした珠洲矢が立っていた。
「んぁ? あぁ、ありがとう」
冷たいグラスには、並々にストレートコーヒーが注いであり、ご丁寧にストローまでさしてある。子供か。
「なんだか、ふいに淹れてあげたいなって思って。いつもお世話になってるので――って言うと後付けみたいに聞こえそうですけど……あぁでも迷惑ならもうしないですっ!」
自分の方にはたっぷりミルクが入っているのだろう。茶色が見当たるか見当たらないかくらいに白い。糖尿にならんか? その量は。
「迷惑だと思ってない。だがいつも淹れてほしいとも言わん。ついででいい」
今日は大人しくストローで飲むか。せっかく入れてくれたことだ。いつぶりだ、ストロー使うの。
「ついでじゃ嫌ですよーっ! てんちょーのためにまた注いであげますねっ! えへへっ」
「……」
――時々、珠洲矢は心から楽しそうに笑う。いつも笑顔だけれど、その笑顔よりもいっそう楽しそうに笑う時がある。その多くは褒められたり、人に尽くせたりしたとき。
身を粉にして働くのがモットーなのかと思うくらいよく働く。それが報われたとき、向日葵のようにとくに明るい笑顔を見せる。
その笑顔を間近で見ていて、思う。これは俺だけに見せる笑顔なのか? と。もしそうじゃなければ、俺だけ見ているのは不利な気がする。もっと、見せるべき人がいるはず。
「――まったく。俺にそんな笑顔見せて大丈夫か?」
そう思っていたら、思考よりも言葉が先に紡がれて声に出ていた。
「ふぇ? どういうことです?」
「お前を好きな人でもいたら、そいつに申し訳ないだろ。俺だけその笑顔を独占してるみたいで」
「えぇ……そんな人、居ますかねぇ。私に限って、ないと思いますよぉ? 変な人ですし」
「自分で言うか? そんなこと」
もっとも、俺のことを彼氏かと勘違いしたやつは、お前のこと好きだと思うがな。そう言ったらこいつどんな顔で焦りだすんだか。悪戯心が働きかけたが、口に出すのはやめておこう。これは当人たちの間で解決すべきこと。大人が出る幕ではない。
「――お前、人並には整った顔してんだから、むやみに人に笑顔バラまかない方がいいと思うぞ」
「えっ、てんちょー? 今、なんて言いました?」
「んぁ? だから、人並には整った顔してんだからって――――」
「てんちょー、そんな目で私を見てるんですかっ?」
あ……。
俺、何言ってるんだ? 珠洲矢のことはなんとも思ってないはずだが、気づけばそんなことを口に出していたみたいだ。
やはり、護りたいなんて思ってしまったからだ。まだ子供だから、と、大人だから護ってやらなきゃというつもりで言った言葉だったのに。
俺は、それ以外の理由で護りたいと思っちゃいけないのに。
「どういう目だと言いたいんだ、お前は。変な目で見ているとでも?」
動揺がバレないように平然を繕う。コーヒーの味が全くしない。
「そんなこと言ってないじゃないですかー!! 初めてそういうこと言われたので嬉しくて、耳疑っちゃったんですっ! しかもそれがてんちょーの口から出ると思わなくて」
「あぁ、そういうことか」
人を疑うことをしたくなさそうな珠洲矢らしい答えで心底安心した。やっとコーヒーの味がした。喉を通っていく冷たさが心地いい。
「あと、てんちょーにそうやって見られてるだけで十分ですっ! もし私を意識してる人が居ても、てんちょーにも笑顔見せますよっ! 私、笑顔しか出せないので!」
照れくさそうに笑って、「――なんだか」とまた付け加えて言葉を紡ぐ。
「他の人に同じこと言われてもなんとも思わないですけど、普段そういうこと言わなさそうなてんちょーから言われたら、ちょっぴり意識しちゃいました」
「っ……はぁ?」
またコーヒー吹き出しそうになった。今度こそ変な所に入っていきそうだからやめてくれ。
「……なんて、変なんですかね。私」
真顔で聞くな。答えづらいだろうが。
「――意識された本人に聞くことではないだろ。変だって答えたらどうするんだ。というか、店長とアルバイトで恋愛感情ができたらクビにするぞ?」
「えっ!? ちょっ、やめてくださいよ!! 私ここで働くのが生き甲斐みたいなものなんですから!!」
「じゃあ俺には恋しないことだな」
既に空になった二つのグラスを片づけながら、もし本当に珠洲矢が意識し始めたら俺はどうしたらいいのだろうかと、考え込んでいた。
ただ、あの晴れた笑顔を見せたということはきっと、一歩進めたと捉えていいん、だよな……。どうしても、こういう話題になるといつも調子が狂ってしまって判断力が鈍る。
棚の整理も思うようにできなくなってきた。頭が回ってない。休むか。
頭を抱えつつ、机に突っ伏してまた考える。最近どうも頭が回らん。夏バテか?
「はい、どうぞ」
ふわっと淹れたてのコーヒーの匂いがしたかと思うと、目の前にいつも使っているグラスが置かれる。顔を上げたらにっこりとした珠洲矢が立っていた。
「んぁ? あぁ、ありがとう」
冷たいグラスには、並々にストレートコーヒーが注いであり、ご丁寧にストローまでさしてある。子供か。
「なんだか、ふいに淹れてあげたいなって思って。いつもお世話になってるので――って言うと後付けみたいに聞こえそうですけど……あぁでも迷惑ならもうしないですっ!」
自分の方にはたっぷりミルクが入っているのだろう。茶色が見当たるか見当たらないかくらいに白い。糖尿にならんか? その量は。
「迷惑だと思ってない。だがいつも淹れてほしいとも言わん。ついででいい」
今日は大人しくストローで飲むか。せっかく入れてくれたことだ。いつぶりだ、ストロー使うの。
「ついでじゃ嫌ですよーっ! てんちょーのためにまた注いであげますねっ! えへへっ」
「……」
――時々、珠洲矢は心から楽しそうに笑う。いつも笑顔だけれど、その笑顔よりもいっそう楽しそうに笑う時がある。その多くは褒められたり、人に尽くせたりしたとき。
身を粉にして働くのがモットーなのかと思うくらいよく働く。それが報われたとき、向日葵のようにとくに明るい笑顔を見せる。
その笑顔を間近で見ていて、思う。これは俺だけに見せる笑顔なのか? と。もしそうじゃなければ、俺だけ見ているのは不利な気がする。もっと、見せるべき人がいるはず。
「――まったく。俺にそんな笑顔見せて大丈夫か?」
そう思っていたら、思考よりも言葉が先に紡がれて声に出ていた。
「ふぇ? どういうことです?」
「お前を好きな人でもいたら、そいつに申し訳ないだろ。俺だけその笑顔を独占してるみたいで」
「えぇ……そんな人、居ますかねぇ。私に限って、ないと思いますよぉ? 変な人ですし」
「自分で言うか? そんなこと」
もっとも、俺のことを彼氏かと勘違いしたやつは、お前のこと好きだと思うがな。そう言ったらこいつどんな顔で焦りだすんだか。悪戯心が働きかけたが、口に出すのはやめておこう。これは当人たちの間で解決すべきこと。大人が出る幕ではない。
「――お前、人並には整った顔してんだから、むやみに人に笑顔バラまかない方がいいと思うぞ」
「えっ、てんちょー? 今、なんて言いました?」
「んぁ? だから、人並には整った顔してんだからって――――」
「てんちょー、そんな目で私を見てるんですかっ?」
あ……。
俺、何言ってるんだ? 珠洲矢のことはなんとも思ってないはずだが、気づけばそんなことを口に出していたみたいだ。
やはり、護りたいなんて思ってしまったからだ。まだ子供だから、と、大人だから護ってやらなきゃというつもりで言った言葉だったのに。
俺は、それ以外の理由で護りたいと思っちゃいけないのに。
「どういう目だと言いたいんだ、お前は。変な目で見ているとでも?」
動揺がバレないように平然を繕う。コーヒーの味が全くしない。
「そんなこと言ってないじゃないですかー!! 初めてそういうこと言われたので嬉しくて、耳疑っちゃったんですっ! しかもそれがてんちょーの口から出ると思わなくて」
「あぁ、そういうことか」
人を疑うことをしたくなさそうな珠洲矢らしい答えで心底安心した。やっとコーヒーの味がした。喉を通っていく冷たさが心地いい。
「あと、てんちょーにそうやって見られてるだけで十分ですっ! もし私を意識してる人が居ても、てんちょーにも笑顔見せますよっ! 私、笑顔しか出せないので!」
照れくさそうに笑って、「――なんだか」とまた付け加えて言葉を紡ぐ。
「他の人に同じこと言われてもなんとも思わないですけど、普段そういうこと言わなさそうなてんちょーから言われたら、ちょっぴり意識しちゃいました」
「っ……はぁ?」
またコーヒー吹き出しそうになった。今度こそ変な所に入っていきそうだからやめてくれ。
「……なんて、変なんですかね。私」
真顔で聞くな。答えづらいだろうが。
「――意識された本人に聞くことではないだろ。変だって答えたらどうするんだ。というか、店長とアルバイトで恋愛感情ができたらクビにするぞ?」
「えっ!? ちょっ、やめてくださいよ!! 私ここで働くのが生き甲斐みたいなものなんですから!!」
「じゃあ俺には恋しないことだな」
既に空になった二つのグラスを片づけながら、もし本当に珠洲矢が意識し始めたら俺はどうしたらいいのだろうかと、考え込んでいた。
