無言でエプロンを渡され、着ろと言わんばかりに突き出してくる。深い緑の、少し埃のかかった着古したエプロン。サイズがおっきいな。てんちょーのかな。いや、それだとちょっとちっちゃすぎるか。私は――ちっちゃくないよ?
もぞもぞ着替えていたら、先にてんちょーはすたすた行ってしまう。あぁ置いてかないでぇ……。
「これ全部を五十音順、出版社ごとに並べてくれ」
「これ……『全部』ですか?」
店の奥に並ぶ無数の段ボール箱。それも小さなサイズじゃない。一番サイズのでかいものがところ狭しと置かれている。床ってどこだっけ、ましてや何だっけ状態。足の踏み場がない。
「これ、何年かかっても無理なやつじゃないですか!? 無謀ですよ!」
「一人なら、そうなるな。だから俺は――――」
「手を付けてないと」
そう言うと、てんちょーは少しむっとした顔になった。
「うるせぇ。半分は並べた」
「どの、半分ですか? まさか、一つのうちの半分とか言わないですよね……?」
「……」
「え?」
てんちょー、目を逸らしてこっち見ない。そうなんだな。
「まぁ、お前の仕事はこれだけだ。仕分け作業だけでいい。あとは俺がやる」
「ちゃんと、手伝ってくれるんですよね? ねぇ、そっぽ向かないでください!」
とりあえず……どれから手を付けよう。箱に書かれた番号順にしよっと。てんちょーが最低限これだけやっておけばいいだろみたいに殴り書きした『1』の箱に手を伸ばす。
適当に閉められた蓋を開けると、そこには箱いっぱいに古書。よれよれになって日焼けした背表紙のものもあれば、比較的新しそうな本まで。読みたくなるようなタイトルのものばかり。あー、全部読みたい。
いや、だめだめ! 仕事仕事。気を取り直してまずは出版社ごとに分けようっと。でもサイズでも分けたほうがいいよな……。
「あぁ、そうだ。重複してる本あったら避けておいてくれ。後でなんとかする」
「は、はぁい!」
突然声をかけられて、とても心臓に悪かった。口から出そうだった。集中しだすと何もかも聞こえなくなるから、困ったものだ。
「というか、てんちょーほんとに手伝ってくれないんですか!?」
「んぁ? あー、流石にお前に任せっきりはだめだよな」
「最初から私一人でやらせようとしてたんですか!? てんちょー、あんまりですよ!」
労働力を得たからって、自分はやらないでいいってことじゃないんですよ!?
「いや、お前のほうが手際いいかと思って――というか、俺が出る幕なくないか?」
「そうですか? てんちょーもやったらもっと早く終わると思うんですけど」
「いや、そうなんだがな。――って、お前、もう3箱目いってるじゃねぇか」
気づかぬうちに山積みになった本。出版社が一緒だから、整理しやすかったからかな。背表紙の色が綺麗にそろってて見ていて気持ちいい。
時間にして数時間。でも私には数十分の感覚だった。
「あははぁっ、そうですねぇ」
「あははってお前な……――まぁ、休憩しろ。アイスコーヒー多めに作っちまったから、ついでに飲め」
こげ茶のポニーテールの結び目あたりをかきながら、奥へ消えていきそうになる背中に、おそるおそる手を挙げる。
「私、苦いのだめなんですけど……」
「んぁあ? あー、そうか」
めんどくさそうに振り返って、私の言葉を聞いてまた背を向けていく。ストレートでそりゃいただきたかったけど……苦いのはどうも苦手で。
でもやっぱりストレートにしておこうかな、そう言いかけたとき、目の前に「ん」と手渡された、透明のグラスに入った薄茶色の飲み物。
「あ、ありがとうございます」
ひとくち口に運ぶ。ほんのり苦いミルクコーヒー。
「――なんだよ」
氷なしのストレートコーヒーが入ったグラスを片手に持つてんちょーは、私の視線に気づいたのか、そのまま怪訝そうに三白眼の瞳を向けてくる。
「いえ、なんでミルク入れてくれたのかなって、思って。なんかてんちょーなら、苦いのだめって言っても真顔でストレート突き出してきそうでしたから」
「俺、そんな風に見られてるのか? ――苦いのだめって言うから入れただけだ」
アイスコーヒーの氷がからんと崩れた。私は、結露しかけているグラスを両手で持ったまま、そっぽを向いてぶっきらぼうに答えたてんちょーを、驚いた顔で見つめる。
「なんだよ」
「いや……ちょっと、意外だなって」
「はぁ?」
そう思ったけれど、なんだか『優しいですね』なんて、恥ずかしくて言えなくて。
「仏頂面何とかしたら好感度上がりそうですよ?」
気づけば、そんな言葉が紡がれていた。
「大きなお世話だ」
その言葉の意図に気付いてか、それともほんとにそう思ったのか。どっちか分からないけど、てんちょーは苦笑のような笑顔を私に向けた。
なんか、思ってた笑顔と違ったなんて、口が裂けても言えない。
もぞもぞ着替えていたら、先にてんちょーはすたすた行ってしまう。あぁ置いてかないでぇ……。
「これ全部を五十音順、出版社ごとに並べてくれ」
「これ……『全部』ですか?」
店の奥に並ぶ無数の段ボール箱。それも小さなサイズじゃない。一番サイズのでかいものがところ狭しと置かれている。床ってどこだっけ、ましてや何だっけ状態。足の踏み場がない。
「これ、何年かかっても無理なやつじゃないですか!? 無謀ですよ!」
「一人なら、そうなるな。だから俺は――――」
「手を付けてないと」
そう言うと、てんちょーは少しむっとした顔になった。
「うるせぇ。半分は並べた」
「どの、半分ですか? まさか、一つのうちの半分とか言わないですよね……?」
「……」
「え?」
てんちょー、目を逸らしてこっち見ない。そうなんだな。
「まぁ、お前の仕事はこれだけだ。仕分け作業だけでいい。あとは俺がやる」
「ちゃんと、手伝ってくれるんですよね? ねぇ、そっぽ向かないでください!」
とりあえず……どれから手を付けよう。箱に書かれた番号順にしよっと。てんちょーが最低限これだけやっておけばいいだろみたいに殴り書きした『1』の箱に手を伸ばす。
適当に閉められた蓋を開けると、そこには箱いっぱいに古書。よれよれになって日焼けした背表紙のものもあれば、比較的新しそうな本まで。読みたくなるようなタイトルのものばかり。あー、全部読みたい。
いや、だめだめ! 仕事仕事。気を取り直してまずは出版社ごとに分けようっと。でもサイズでも分けたほうがいいよな……。
「あぁ、そうだ。重複してる本あったら避けておいてくれ。後でなんとかする」
「は、はぁい!」
突然声をかけられて、とても心臓に悪かった。口から出そうだった。集中しだすと何もかも聞こえなくなるから、困ったものだ。
「というか、てんちょーほんとに手伝ってくれないんですか!?」
「んぁ? あー、流石にお前に任せっきりはだめだよな」
「最初から私一人でやらせようとしてたんですか!? てんちょー、あんまりですよ!」
労働力を得たからって、自分はやらないでいいってことじゃないんですよ!?
「いや、お前のほうが手際いいかと思って――というか、俺が出る幕なくないか?」
「そうですか? てんちょーもやったらもっと早く終わると思うんですけど」
「いや、そうなんだがな。――って、お前、もう3箱目いってるじゃねぇか」
気づかぬうちに山積みになった本。出版社が一緒だから、整理しやすかったからかな。背表紙の色が綺麗にそろってて見ていて気持ちいい。
時間にして数時間。でも私には数十分の感覚だった。
「あははぁっ、そうですねぇ」
「あははってお前な……――まぁ、休憩しろ。アイスコーヒー多めに作っちまったから、ついでに飲め」
こげ茶のポニーテールの結び目あたりをかきながら、奥へ消えていきそうになる背中に、おそるおそる手を挙げる。
「私、苦いのだめなんですけど……」
「んぁあ? あー、そうか」
めんどくさそうに振り返って、私の言葉を聞いてまた背を向けていく。ストレートでそりゃいただきたかったけど……苦いのはどうも苦手で。
でもやっぱりストレートにしておこうかな、そう言いかけたとき、目の前に「ん」と手渡された、透明のグラスに入った薄茶色の飲み物。
「あ、ありがとうございます」
ひとくち口に運ぶ。ほんのり苦いミルクコーヒー。
「――なんだよ」
氷なしのストレートコーヒーが入ったグラスを片手に持つてんちょーは、私の視線に気づいたのか、そのまま怪訝そうに三白眼の瞳を向けてくる。
「いえ、なんでミルク入れてくれたのかなって、思って。なんかてんちょーなら、苦いのだめって言っても真顔でストレート突き出してきそうでしたから」
「俺、そんな風に見られてるのか? ――苦いのだめって言うから入れただけだ」
アイスコーヒーの氷がからんと崩れた。私は、結露しかけているグラスを両手で持ったまま、そっぽを向いてぶっきらぼうに答えたてんちょーを、驚いた顔で見つめる。
「なんだよ」
「いや……ちょっと、意外だなって」
「はぁ?」
そう思ったけれど、なんだか『優しいですね』なんて、恥ずかしくて言えなくて。
「仏頂面何とかしたら好感度上がりそうですよ?」
気づけば、そんな言葉が紡がれていた。
「大きなお世話だ」
その言葉の意図に気付いてか、それともほんとにそう思ったのか。どっちか分からないけど、てんちょーは苦笑のような笑顔を私に向けた。
なんか、思ってた笑顔と違ったなんて、口が裂けても言えない。
