8月に入ってから、もっと時雨堂に通い詰めることになった。7月は課題だのなんだのでそんなに行けなかったけど、8月は特にすることもないから、朝から毎日通学するかレベルで同じ道を歩いて、てんちょーと顔を突き合わせていた。
てんちょーも最近暑すぎるせいか、休憩をちょくちょく作ってくれる。髪を結びなおしたり、水分とったりしてる。そして何よりも、てんちょーが動くようになった。サボりすぎて私からの視線が痛く突き刺さったのか、それとも颯が通うようになって慕われ気味になって、かっこ悪いとこ見せたくなくてなのか、なんにせよ、てんちょーにとってこれは大きな進歩である。
「お前、毎日のようにここに来るが、進路とかいいのか? 一応は高3だろ?」
ふいにてんちょーがそう聞いてくるもんで、大事な本を落としかけた。あまりに唐突だったから……。
「って、一応ってなんですかー! 立派な高校3年生なので、もう進路は決まってますよ!」
「ほぅ。就職か?」
同じく隣で本の整理を行うてんちょーが、少々食い気味になって聞く。いつ職に就くのか不安なのかな。いつまでもバイトじゃいけないだろうし。
「はい! 時雨堂に正規社員として入ります!!」
「――――今なんて言った」
「ふぇ? ここの正規社員に――」
「ここは求人募集してないぞ? バイトは募集したが」
「ふぇー!? そんな……! もう進路希望に書いちゃいましたよ!!」
進路希望を書いた紙を先生に提出したら、第一希望に視線を落とした瞬間に首をやや傾げられたが、まぁ、きっと大丈夫だろう。
「まぁ、副業にするならいいが」
「いや本業ですよ!!」
「じゃあ一般的な書店に行けよ。ここはあくまで個人店だし、古本しか置いてないんだからな」
「ふぇー……わかりましたよぉ」
もう一度進路を考え直してきてと突き返された紙に、好きな本屋さんの名前書いておこう。第二希望には時雨堂って書くけど。
「お前の辛抱強さと、集中力をかってくれる事業所があるはずだ。お前はそのままでいい」
目線は依然本に向けられているが、その優しい声はちゃんと私に対しての声だった。整理し終えて手ぶらとなったてんちょーは、そそくさとカウンターに戻って文庫本を手に取る。
「――――てんちょー」
「んぁ?」
「ちゃっかり休憩しないでくださいよ」
「すまん。じゃあお前もついでに」
「ついでって……てんちょー少ししか動いてないじゃないですかー」
ごちゃごちゃ言うなと言わんばかりに無言で置かれた冷たい飲み物。最近は口止め料のごとく私の目の前に置かれるようになった乳酸菌飲料。もしかして、おこちゃま扱いされてる?
ふと、てんちょーが読み進めている本の挿絵が目に入った。とてもてんちょー自らが読むとは考えにくい明らかな恋愛もの。あれ、こんな本、ここにあったっけ。
「――へぇ。珍しいですね! てんちょーが恋愛もの読んでるなんて」
「んぁ? あぁー、颯が、この間貸してくれた本のお礼だって自分の本持ってきて。まぁ、読まなきゃいけねぇよな」
「あー、それなら早く読んで返さないとですね!」
新しく来た古本の中に何か挟まってないか確認しながら、てんちょーの話を聞く。てんちょー、なんだか口数が前よりも増えてきた気が……気のせいかな。同性と話すことが最近増えてきたからか前より生き生きしてる気が、する。
「そっか、颯から借りたものだったから見覚えなかったんだぁ……あっ!!」
「うお、びっくりした。なんだ急にでけぇ声出して」
「すみませんちょっと取ってきます!」
「はぁ?」
ふとてんちょーの推薦図書のことを思い出す。もう読み終わってたのに返すの忘れてた!!
「てんちょーっ。これ、ありがとうございました!」
「んぁ、あぁ、俺に返さなくても本棚に返せばいいだろ」
「いや、てんちょーに感想言いたくて!」
「お前の感想、長い」
「んなっ!!!!」
すごくすごくどストレートなご意見ありがとうございました!! でもストレートすぎてひどい!!
まぁでも、さすがにあれは書きすぎたから少し反省だな。もう少し簡潔に書けるようにならないと。
「そういえば、てんちょーって彼女さんとかいるんです?」
仕事しながら、前々から気になっていたことを聞いてみる。まつりのときに、間接キスまがいのことしてしまったから……。申し訳なくて。
「――――いると思うか? 1日中ここを離れたことない人に」
「はっ……確かに」
「納得するなよ」
でも、成人してるわけだし、1人くらいはいたって不思議じゃない。でも不器用そうだから大変そう。
「――もう、恋愛は今のところいい。今は時間が惜しい」
「ってことは過去に恋愛してたんですね」
「まぁ、そんなとこだな」
……やっぱり。この話題をするとてんちょーはすごく悲しそうな顔をする。でもてんちょーが何を抱えているのかまだわからない。ただ、悲しい事があったんだとしか。
「――――そういうお前はどうなんだ? 珠洲矢」
「へ?」
「いつになく腑抜けた返事だな。高校3年生の立派なレディなんだろ? 気になる人、ましてや恋人の1人や2人くらいいるんじゃないのか?」
出た。てんちょーの悪戯癖。煽り火力が過去一最強である。
「いませんよー! そんな相手っ! 私には本があったら十分ですっ」
だから今までそんな存在に出会わないままこの年まで生きてしまったんですよ!! 年齢=恋人いない暦ですよ!! ほんとのほんとに必要ないので心配してもらわなくてもいいんですけどね!!
「そうか。まぁ、お前にそんな存在ができたら、すぐに俺に言えよ」
「ふぇ? なんでです?」
「俺が、そいつのこと査定してやるよ」
「はい?」
「お前、癖強いから」
「はい!?」
さらっと悪口言われた!? そんなに変なキャラです!?
「まぁ、それは冗談として、お前が連れてきた輩が、お前に相応しいやつか、俺が見てやる」
「どーしてそこまでするんですかー。別に、なんとも思ってないくせにー」
絶対ないことだけど、てんちょーが私に好意を抱いていて、そう言うならまだわからないこともないけど、ただのバイトとてんちょーの間柄でそんな私が連れてきた相手を査定するだなんて。ちょっと心配しすぎじゃないか?
「や、なんとも思ってないわけではない」
「――へ?」
「好いているということではなくてな、ただ、重ねてしまうだけだ」
「重ねる? って――誰と私を重ねてしまうんですか?」
「あぁ。お前にはまだ話してないのか。俺の――――妹のこと」
……妹さんの、こと? どういうことだろう。というかてんちょー、妹さんいたんだ。ほんとに何も知らないなー。てんちょーのこと。
「俺の妹は、確かお前と同い年になるな。おてんばで、やんちゃくれ。最近会ってないから、さすがに大人しくなってるだろ」
会ってない? 実の妹なのに? でもそんな立ち入ったこと聞いていいものなのだろうか。
「『――実の妹なのに、なんで会ってないんだ』といったとこか」
「え?」
的確すぎてむしろ恐怖。なんでわかったの……!?
「顔に出てる。悪いな、表情から感情を読み取るのは昔から癖づいていてな。家庭の環境上、そうなったと言っても過言ではない」
「……それって」
そう言うと、てんちょーは本に栞を挟んで丁寧に机へと置く。2度瞬きをして、こちらを見る。三白眼がこちらを見据える。
「知る覚悟はあるか?」
「――――はい。てんちょーが苦しくなければ。背負っているものは誰かに話すことで軽くなるものですからね」
「そうか――――なら、話そうか。お前が帰る時間まで」
てんちょーも最近暑すぎるせいか、休憩をちょくちょく作ってくれる。髪を結びなおしたり、水分とったりしてる。そして何よりも、てんちょーが動くようになった。サボりすぎて私からの視線が痛く突き刺さったのか、それとも颯が通うようになって慕われ気味になって、かっこ悪いとこ見せたくなくてなのか、なんにせよ、てんちょーにとってこれは大きな進歩である。
「お前、毎日のようにここに来るが、進路とかいいのか? 一応は高3だろ?」
ふいにてんちょーがそう聞いてくるもんで、大事な本を落としかけた。あまりに唐突だったから……。
「って、一応ってなんですかー! 立派な高校3年生なので、もう進路は決まってますよ!」
「ほぅ。就職か?」
同じく隣で本の整理を行うてんちょーが、少々食い気味になって聞く。いつ職に就くのか不安なのかな。いつまでもバイトじゃいけないだろうし。
「はい! 時雨堂に正規社員として入ります!!」
「――――今なんて言った」
「ふぇ? ここの正規社員に――」
「ここは求人募集してないぞ? バイトは募集したが」
「ふぇー!? そんな……! もう進路希望に書いちゃいましたよ!!」
進路希望を書いた紙を先生に提出したら、第一希望に視線を落とした瞬間に首をやや傾げられたが、まぁ、きっと大丈夫だろう。
「まぁ、副業にするならいいが」
「いや本業ですよ!!」
「じゃあ一般的な書店に行けよ。ここはあくまで個人店だし、古本しか置いてないんだからな」
「ふぇー……わかりましたよぉ」
もう一度進路を考え直してきてと突き返された紙に、好きな本屋さんの名前書いておこう。第二希望には時雨堂って書くけど。
「お前の辛抱強さと、集中力をかってくれる事業所があるはずだ。お前はそのままでいい」
目線は依然本に向けられているが、その優しい声はちゃんと私に対しての声だった。整理し終えて手ぶらとなったてんちょーは、そそくさとカウンターに戻って文庫本を手に取る。
「――――てんちょー」
「んぁ?」
「ちゃっかり休憩しないでくださいよ」
「すまん。じゃあお前もついでに」
「ついでって……てんちょー少ししか動いてないじゃないですかー」
ごちゃごちゃ言うなと言わんばかりに無言で置かれた冷たい飲み物。最近は口止め料のごとく私の目の前に置かれるようになった乳酸菌飲料。もしかして、おこちゃま扱いされてる?
ふと、てんちょーが読み進めている本の挿絵が目に入った。とてもてんちょー自らが読むとは考えにくい明らかな恋愛もの。あれ、こんな本、ここにあったっけ。
「――へぇ。珍しいですね! てんちょーが恋愛もの読んでるなんて」
「んぁ? あぁー、颯が、この間貸してくれた本のお礼だって自分の本持ってきて。まぁ、読まなきゃいけねぇよな」
「あー、それなら早く読んで返さないとですね!」
新しく来た古本の中に何か挟まってないか確認しながら、てんちょーの話を聞く。てんちょー、なんだか口数が前よりも増えてきた気が……気のせいかな。同性と話すことが最近増えてきたからか前より生き生きしてる気が、する。
「そっか、颯から借りたものだったから見覚えなかったんだぁ……あっ!!」
「うお、びっくりした。なんだ急にでけぇ声出して」
「すみませんちょっと取ってきます!」
「はぁ?」
ふとてんちょーの推薦図書のことを思い出す。もう読み終わってたのに返すの忘れてた!!
「てんちょーっ。これ、ありがとうございました!」
「んぁ、あぁ、俺に返さなくても本棚に返せばいいだろ」
「いや、てんちょーに感想言いたくて!」
「お前の感想、長い」
「んなっ!!!!」
すごくすごくどストレートなご意見ありがとうございました!! でもストレートすぎてひどい!!
まぁでも、さすがにあれは書きすぎたから少し反省だな。もう少し簡潔に書けるようにならないと。
「そういえば、てんちょーって彼女さんとかいるんです?」
仕事しながら、前々から気になっていたことを聞いてみる。まつりのときに、間接キスまがいのことしてしまったから……。申し訳なくて。
「――――いると思うか? 1日中ここを離れたことない人に」
「はっ……確かに」
「納得するなよ」
でも、成人してるわけだし、1人くらいはいたって不思議じゃない。でも不器用そうだから大変そう。
「――もう、恋愛は今のところいい。今は時間が惜しい」
「ってことは過去に恋愛してたんですね」
「まぁ、そんなとこだな」
……やっぱり。この話題をするとてんちょーはすごく悲しそうな顔をする。でもてんちょーが何を抱えているのかまだわからない。ただ、悲しい事があったんだとしか。
「――――そういうお前はどうなんだ? 珠洲矢」
「へ?」
「いつになく腑抜けた返事だな。高校3年生の立派なレディなんだろ? 気になる人、ましてや恋人の1人や2人くらいいるんじゃないのか?」
出た。てんちょーの悪戯癖。煽り火力が過去一最強である。
「いませんよー! そんな相手っ! 私には本があったら十分ですっ」
だから今までそんな存在に出会わないままこの年まで生きてしまったんですよ!! 年齢=恋人いない暦ですよ!! ほんとのほんとに必要ないので心配してもらわなくてもいいんですけどね!!
「そうか。まぁ、お前にそんな存在ができたら、すぐに俺に言えよ」
「ふぇ? なんでです?」
「俺が、そいつのこと査定してやるよ」
「はい?」
「お前、癖強いから」
「はい!?」
さらっと悪口言われた!? そんなに変なキャラです!?
「まぁ、それは冗談として、お前が連れてきた輩が、お前に相応しいやつか、俺が見てやる」
「どーしてそこまでするんですかー。別に、なんとも思ってないくせにー」
絶対ないことだけど、てんちょーが私に好意を抱いていて、そう言うならまだわからないこともないけど、ただのバイトとてんちょーの間柄でそんな私が連れてきた相手を査定するだなんて。ちょっと心配しすぎじゃないか?
「や、なんとも思ってないわけではない」
「――へ?」
「好いているということではなくてな、ただ、重ねてしまうだけだ」
「重ねる? って――誰と私を重ねてしまうんですか?」
「あぁ。お前にはまだ話してないのか。俺の――――妹のこと」
……妹さんの、こと? どういうことだろう。というかてんちょー、妹さんいたんだ。ほんとに何も知らないなー。てんちょーのこと。
「俺の妹は、確かお前と同い年になるな。おてんばで、やんちゃくれ。最近会ってないから、さすがに大人しくなってるだろ」
会ってない? 実の妹なのに? でもそんな立ち入ったこと聞いていいものなのだろうか。
「『――実の妹なのに、なんで会ってないんだ』といったとこか」
「え?」
的確すぎてむしろ恐怖。なんでわかったの……!?
「顔に出てる。悪いな、表情から感情を読み取るのは昔から癖づいていてな。家庭の環境上、そうなったと言っても過言ではない」
「……それって」
そう言うと、てんちょーは本に栞を挟んで丁寧に机へと置く。2度瞬きをして、こちらを見る。三白眼がこちらを見据える。
「知る覚悟はあるか?」
「――――はい。てんちょーが苦しくなければ。背負っているものは誰かに話すことで軽くなるものですからね」
「そうか――――なら、話そうか。お前が帰る時間まで」
