早く、バイトを決めなければ生活が危うい。そう焦っている私、珠洲矢たま(すずや・たま)は、履歴書を入れたファイルとにらめっこしながら、辺りをうろうろしていた。
季節は夏。じりじり照りつく日差しにうんざりしながら、どうしようかと悩んでいた。前髪がうねって汗で額に張り付き、多めに取ったおくれ毛が頬にへばり付いたままだ。ミルクティー色のサイドポニーは、私自身のようにへろんへろんと無気力に揺れている。ぜぇはぁ息を吐きながらとぼとぼ歩いている。涼みたい。
このままでは干からびて倒れる――そんな時だった。
『手伝ってくれる人募集』――という文字を見つけたのは。意識が飛びかけて、揺らいだ視界の中に飛び込んできた救世主のように。
印刷したプリントではなく、藁半紙にマッキーで殴り書きした、シンプル過ぎてもはや雑と言われても仕方ないような質素な張り紙。……これって、アルバイト募集ってこと?
その紙が貼られた建物。綺麗とは言えないムラのある紺のペンキで塗られた外装。決して広くない、強いて言うなれば縦に長いような、奥に広がっているような、そんなつくり。二階建てになっているみたいで、外にある階段から上階にいけるような作りになっている。
てことは、一階がお店、じゃあ二階がその人のお家なのかな? カーテンが閉めてあってよくわからないけど。そしてその奥には小さなベランダがある。洗濯物が干してあるままだ。
――にしても、一階の天井高すぎないか? 三階くらいの高さがあるのに、二階だけしかないってことは、一階の天井が高いってことでしょ……? 一体どういう作りでお願いしたんだろう。
そんな不思議な作りの建物の、ガラス製の扉には【時雨堂】とレトロチックなフォントで印刷されている。
「ここって、本屋さんなんだ。へぇー……ん? 本屋さん!?」
夏の暑さでぼんやりしてたせいか、その張り紙のしてあった店が本屋だったことに気付かず、ますます驚く。もう一度張り紙を確かめる。ホントだ。『古書店【時雨堂】』と表記してあった。ガラス製の扉から目を凝らすと、本がうっすら見える。これが、神のお導きってやつ?
――実は私、読破した本は年齢よりももっともっと上の数という、この年にしては珍しい(とよく言われる)読書家である。自分で言うのはちょっと恥ずかしいけど。
家の棚はサイズの違う小説ばかり。文庫本からハードカバーまでいろいろ。漫画もちょっとあるけど、基本は小説。時間を忘れて物語に没入できるから。何もかも忘れて、その世界に入れるから。
本屋で働けるなんて、天職じゃん! 一生そこに入り浸ってもいいくらい。しかも古本ときた。私の知らない本がいっぱいあるかも――!
この機を逃すわけにはいかない。そんな不純に近い思いで店の扉を引く。扉の近くにつけられた風鈴が、むわっとした風に揺れて、暑さを和らげるかのような凛とした音がちりんと鳴って柔らかく揺れる。
「――――こん、こんにちはー……どなたか、いませんかー? ――――――わぁ……すごい」
恐る恐る入ってみると、そこには天井まで届きそうな高さの本棚。びっしりと敷き詰められた古い本。1,2個くらいの棚はまだ整理中といったところなのか、まだ隙間があった。一部、床に積まれた本もあるけれど、装飾品に見えるくらいの雰囲気。ところどころ埃は被っているけれど、それも味となるくらい。時代がここで止まっているような、そんな気さえした。
むわっとした風を今まで浴びすぎたせいか、扇風機が柔く効いたこの店はある種オアシスだった。本もいっぱいあるし。オアシス通り越して極楽。一生をここで終えたいくらい。
棚が左の壁沿いに一個、細い通路を挟んで一個、また通路を挟み一個と並んで、右側に大きな通路がある。その奥に、こじんまりとしたレジのカウンターらしきものが見えた。カウンターの奥の壁さえも本でいっぱい埋め尽くされている。
そこで一人、デスクライトをつけ、文庫本を読みふけっている人が見えた。こげ茶色の長髪を高い位置にくくったポニーテールに、眼鏡の――――女の人?
「あのー、えっと……あっ、すみませんっ! そこに張り紙してあって、それ見てきたんですけど、その、アルバイトの面接を――――受けに……来たん、ですけど……」
元気にそう声を掛けようとした。だが、その声はだんだんしぼんでいく。私の存在に気付いたのかして、その人が本から視線をあげる。まだ入り口入って数歩のところにいる私を、まるで獲物を狙っている野生のハンターかのようにギッと数メートル先から睨んで、明らかに迷惑そうな顔をしていた。入るタイミング完全にミスった。
「あっ、すみません。後日また――」
なんだか気まずくなって後ずさりした。この手の人はちょっと苦手だ。
逃げようとした。でも、その一分後には、そんな感情まるで消えてしまった。
その人は、いらいらしているようにはまるで見えなかった。じゃなきゃ、余裕ある感じで本にしおりは挟めない。いや、いらいらしてても本にしおりを挟む人かもしれない。でもどちらの感情でも分かるように、本当に本を愛している。
たいていの人って、話しかけられた時とか、いらいらしてる時とか、開いたままの状態の本を伏せるもの。ちなみに、それする人私が一番嫌いな類い。
その人はデスクライトを消して、本に丁寧にしおりを挟んで、立ち上がり、こちらに向かってくる。結構な高身長。私が……だいたい150ちょいあるとして、この人180はざらにあると思う。長身でスタイルいいんだー。わけてほしい。
「あの……アルバイト募集、って、まだやってます?」
でも高身長のせいで威圧感が半端ない。しかも三白眼。怖ささらに増す要素が……。
ひるんじゃ駄目だ。笑わなきゃ。第一印象大事……笑え、笑え、私!
そう心の中で唱えている間、店主さんは少し考えたような素振りをして「あぁ」と声を出す。そこではじめてわかった。
――男の人だったの!?
その事実は、今日一驚いたと言っても過言ではない程に、私の目を丸くさせたのだった。
季節は夏。じりじり照りつく日差しにうんざりしながら、どうしようかと悩んでいた。前髪がうねって汗で額に張り付き、多めに取ったおくれ毛が頬にへばり付いたままだ。ミルクティー色のサイドポニーは、私自身のようにへろんへろんと無気力に揺れている。ぜぇはぁ息を吐きながらとぼとぼ歩いている。涼みたい。
このままでは干からびて倒れる――そんな時だった。
『手伝ってくれる人募集』――という文字を見つけたのは。意識が飛びかけて、揺らいだ視界の中に飛び込んできた救世主のように。
印刷したプリントではなく、藁半紙にマッキーで殴り書きした、シンプル過ぎてもはや雑と言われても仕方ないような質素な張り紙。……これって、アルバイト募集ってこと?
その紙が貼られた建物。綺麗とは言えないムラのある紺のペンキで塗られた外装。決して広くない、強いて言うなれば縦に長いような、奥に広がっているような、そんなつくり。二階建てになっているみたいで、外にある階段から上階にいけるような作りになっている。
てことは、一階がお店、じゃあ二階がその人のお家なのかな? カーテンが閉めてあってよくわからないけど。そしてその奥には小さなベランダがある。洗濯物が干してあるままだ。
――にしても、一階の天井高すぎないか? 三階くらいの高さがあるのに、二階だけしかないってことは、一階の天井が高いってことでしょ……? 一体どういう作りでお願いしたんだろう。
そんな不思議な作りの建物の、ガラス製の扉には【時雨堂】とレトロチックなフォントで印刷されている。
「ここって、本屋さんなんだ。へぇー……ん? 本屋さん!?」
夏の暑さでぼんやりしてたせいか、その張り紙のしてあった店が本屋だったことに気付かず、ますます驚く。もう一度張り紙を確かめる。ホントだ。『古書店【時雨堂】』と表記してあった。ガラス製の扉から目を凝らすと、本がうっすら見える。これが、神のお導きってやつ?
――実は私、読破した本は年齢よりももっともっと上の数という、この年にしては珍しい(とよく言われる)読書家である。自分で言うのはちょっと恥ずかしいけど。
家の棚はサイズの違う小説ばかり。文庫本からハードカバーまでいろいろ。漫画もちょっとあるけど、基本は小説。時間を忘れて物語に没入できるから。何もかも忘れて、その世界に入れるから。
本屋で働けるなんて、天職じゃん! 一生そこに入り浸ってもいいくらい。しかも古本ときた。私の知らない本がいっぱいあるかも――!
この機を逃すわけにはいかない。そんな不純に近い思いで店の扉を引く。扉の近くにつけられた風鈴が、むわっとした風に揺れて、暑さを和らげるかのような凛とした音がちりんと鳴って柔らかく揺れる。
「――――こん、こんにちはー……どなたか、いませんかー? ――――――わぁ……すごい」
恐る恐る入ってみると、そこには天井まで届きそうな高さの本棚。びっしりと敷き詰められた古い本。1,2個くらいの棚はまだ整理中といったところなのか、まだ隙間があった。一部、床に積まれた本もあるけれど、装飾品に見えるくらいの雰囲気。ところどころ埃は被っているけれど、それも味となるくらい。時代がここで止まっているような、そんな気さえした。
むわっとした風を今まで浴びすぎたせいか、扇風機が柔く効いたこの店はある種オアシスだった。本もいっぱいあるし。オアシス通り越して極楽。一生をここで終えたいくらい。
棚が左の壁沿いに一個、細い通路を挟んで一個、また通路を挟み一個と並んで、右側に大きな通路がある。その奥に、こじんまりとしたレジのカウンターらしきものが見えた。カウンターの奥の壁さえも本でいっぱい埋め尽くされている。
そこで一人、デスクライトをつけ、文庫本を読みふけっている人が見えた。こげ茶色の長髪を高い位置にくくったポニーテールに、眼鏡の――――女の人?
「あのー、えっと……あっ、すみませんっ! そこに張り紙してあって、それ見てきたんですけど、その、アルバイトの面接を――――受けに……来たん、ですけど……」
元気にそう声を掛けようとした。だが、その声はだんだんしぼんでいく。私の存在に気付いたのかして、その人が本から視線をあげる。まだ入り口入って数歩のところにいる私を、まるで獲物を狙っている野生のハンターかのようにギッと数メートル先から睨んで、明らかに迷惑そうな顔をしていた。入るタイミング完全にミスった。
「あっ、すみません。後日また――」
なんだか気まずくなって後ずさりした。この手の人はちょっと苦手だ。
逃げようとした。でも、その一分後には、そんな感情まるで消えてしまった。
その人は、いらいらしているようにはまるで見えなかった。じゃなきゃ、余裕ある感じで本にしおりは挟めない。いや、いらいらしてても本にしおりを挟む人かもしれない。でもどちらの感情でも分かるように、本当に本を愛している。
たいていの人って、話しかけられた時とか、いらいらしてる時とか、開いたままの状態の本を伏せるもの。ちなみに、それする人私が一番嫌いな類い。
その人はデスクライトを消して、本に丁寧にしおりを挟んで、立ち上がり、こちらに向かってくる。結構な高身長。私が……だいたい150ちょいあるとして、この人180はざらにあると思う。長身でスタイルいいんだー。わけてほしい。
「あの……アルバイト募集、って、まだやってます?」
でも高身長のせいで威圧感が半端ない。しかも三白眼。怖ささらに増す要素が……。
ひるんじゃ駄目だ。笑わなきゃ。第一印象大事……笑え、笑え、私!
そう心の中で唱えている間、店主さんは少し考えたような素振りをして「あぁ」と声を出す。そこではじめてわかった。
――男の人だったの!?
その事実は、今日一驚いたと言っても過言ではない程に、私の目を丸くさせたのだった。
