小さなテーブルを囲んで座り込む。とりあえずお茶ぐらいは冷蔵庫にあったので、なるべく綺麗なマグカップを選んで二人の前に置いた。自分の部屋だというのにガチガチに緊張しながら二人の正面に座り込む。

 土屋さんはやっぱり体調が優れなさそうな顔をしていた。凛として背筋を伸ばした星野さんとは違い、やや背中を丸くして緊張している様子が伺える。おとなしそうな子で、正直星野さんの友達には意外なタイプな気がした。

「え……っと、大山研一、です」

「あ、突然すみません。土屋るみと言います」

「土屋さん。なんか悩みでもあるんですか?」

 早速本題に入ってみた。星野さんは出されたお茶を飲んでいたが、土屋さんはコップに口をつけることなく話し出した。

「えっと、私が悩んでるっていうか。彼氏についてなんですけど」

「彼氏?」

 なんだ、彼氏いるのか。……なんてガッカリしたのは心の中だけに秘めておこう。お年頃の男子の脳内はこんなもんだ。

「ええと、彼氏さんがどうしたんです?」

「ずっと肩が重いって言ってて。あと夜すごくうなされたりするみたいなんです。本人は疲れてるせいかなって考えてるみたいなんですけど、私は心配で……」

「肩が重くて夜うなされる……他には?」

「いえ、それぐらいです」

 申し訳ないがずっこけてしまうかと思った。いや、本人は悩んでるんだろう。でもそれは怪奇な現象というより、疲れやストレスからよくくる現象だ。怪奇な方に話を持っていく方が強引とも思える。

「そ、それは……疲れてる、とかじゃないのかなあ」

「あの、私もそれは思うんですけど。こういうこと言うのあれなんですけど、彼すごく人気者でもてるんです。だから変な女の子が逆恨みとかしてないかなって」

 やたら視線を泳がせるように言う土屋さんをみて、なんとなく納得した。これはあれだ、土屋さん自身も恋愛に疲れてるのかな。モテる彼氏を持ってる悩みが行きすぎちゃってる感じなのかも。

 僕は困ったように星野さんに視線を送ったが、彼女は黙って土屋さんをみている。ううん、どうしたものか。

「えーと、じゃあ土屋さんじゃなくて彼氏さんと会うのが一番かな」

「彼はそう言う類の話信じないと思います。私がこうやって悩んでることも知らないから……」

「ううん、困ったな」

 腕を組んで唸る。ようやく星野さんが口を開いた。

「彼氏って誰?」

「え? 星野さん知らないの?」

 僕が驚いて声を出す。彼女は頷いた。

「土屋さんともこの前初めて喋ったの」

「……ああ、そう」

 仲良い友達、ってわけじゃないのか。納得。

 土屋さんは少し顔を緩ませた。そして鞄の中からスマホを取り出し画像を僕たちに示す。男友達と映ってる一人の青年が笑っていた。

「この子です、真ん中の」

「は〜……確かにモテそうだ」

 僕は唸った。自分とは正反対のキラキラ男子だ。中性的な可愛らしい感じの顔立ちと、明るいキャラが伝わってくる笑顔。こりゃ彼女としては心配かもなあ。

 土屋さんは嬉しそうに笑った。

「大学の先輩で……明るくて優しい人なんです」

(ここにきて惚気か。ご馳走様です)

「本当モテる人だから心配で。まあ、ただの体調不良とかならいいんですけど……いつも困ったように首を回したり、体調悪くて大学休むこともあるみたいで……」

 俯いて心配そうに言う彼女に、とりあえず僕は慰めの言葉をかけた。

「ええっと、肩が重くて眠れないことぐらい誰でもあるし、やばいのに憑かれてたらそれどころじゃなくなるし」

「そうなんですか……?」

「うん、ちょっと様子見でもいいんじゃないかなあ。もっと悪化するようなら彼氏と一緒にくればいいよ」

 多分来ないだろう、と踏んでいた。これは土屋さんの心配が行きすぎただけだ。多分この彼氏は憑かれてるわけじゃない。

 僕の言葉に彼女は少しほっとしたようだった。ようやく出したお茶を少し飲み、そのまま彼氏について少し話たあと、晴れた顔で僕の家から帰宅していった。

……なぜか星野さんを置いて。






「あ、あの、星野さん?」

「え?」

「あ、いやえーと。土屋さん多分大丈夫そうだよね」

 なんでまだいるの? と聞きかけてやめた。多分、いや絶対深い意味なんてないからだ。なんとなく居座ってるか、もしくはオカルト話がしたいかだ。

「突然きてごめんね。全然話したことない子なんだけど、大学で心霊の本を読んでたから気になって声かけたの」

「なーる……」

「そしたら彼氏が悩んでるって聞いて、大山くんのところに連れてきちゃった。正直大した話じゃないなと思ったんだけど、大山くんが聞いたらなんか面白いことになるかなって」

 口角をあげて笑う。どっと脱力した。またこの人は面白がって僕を利用する。ちょっとムッとしたまま答えた。

「まあ本人来なきゃ意味ないし。肩が重くてうなされるぐらいなら疲れだと思うよ、土屋さんが心配しすぎ」

「本人、ね……」

「まあ憑いてたとしても僕は祓えないから意味ないんだけど」

「じゃあ本人、見に行かない?」

 とんでもないことを言い出したので驚いて隣を見る。目を輝かせながら星野さんは続けた。

「もしかしたら本当に憑いてるのかも。そしたら面白いじゃない、今度うちの大学来ない?」

「え、え、いや僕部外者だし!」

「私も一緒にいるし、遠目から見るだけ。これで本当に肩に女が乗ってる、なんてなればすごいよね」

「え、でも」

「決まり。都合がいい日時合わせましょ」

 非常に嬉しそうに星野さんはそう言った。そして今までずっとしまっていた鷹の爪を取り出し、ぱくぱくと食べ始める。まるで遊園地に出かける子供のような顔だ。ああこれはもう止められないぞ、絶対何がなんでも僕を連れていくつもりだ。そう心の中で嘆いた。