大人になるって、とても大変だと大人になってみて気づいた。
子供の頃にはなかった、責任という言葉が自然と今では付きまとってついてくる。ミスをすれば、謝罪の嵐。
最近、何をしていても頭も心も空っぽで、つまらない人間になってしまったみたい。
電車の窓から、同じような景色をただ、呆然と眺めている今でさえも、つまらないとか同じだとか、そういう感想すら浮かばない。
私、いつから何も感じない人になってしまったんだろう。
なってしまったというよりも、ならざる負えなかったの間違いかな。
携帯の時刻を見て、今日もこんな時間かと溜息を一つだけ零す。良かった、ちゃんと嫌なことには反応出来る体で。
次の駅で降りたら、乗り換えだ。億劫な気持ちを我慢して、扉の前へ立つ。
扉が開くと、さっきまで座っていた何人かの人たちが慌てた様子で、降りていく。その際、二人くらいの男性と肩がぶつかったが、何の言葉もなく速足でその場から消えて行った。
電車も、人も消えた駅のホームでただ茫然と突っ立って、周囲の様子を伺う。
やっぱり、この誰も居ない駅のホームだけが私の癒しだ。朝は、沢山の人が座っていたであろうベンチ。きっと、このホームも沢山の人でひしめき合っていたんだろうな。
今は、無人駅と言えてしまう程誰も居ない。私だけがこの世界に取り残されたみたいで、何だか少し嬉しくなる。
そんな想像をしている私を現実に引き戻すかのように、会社から電話が掛かってきた。
出たくない気持ちを押し殺し、人差し指で応答のボタンを押す。
「お疲れ様です。」
「出してくれた資料さ、三か所くらい間違ってるんだけど!」
「はい、すみません。」
「謝れば済むのは、それ新人までだからね。新人の気持ちのままで居られると、こっちが迷惑なんだよな」
それでも、謝罪意外の言葉が見つからなかった私は、再度同じ言葉を口にした。
「大変、申し訳ありません。ミスした場所教えて頂けましたら、修正します。」
「仕事できない君に言っても無駄だと思ったから、別の人に引き継ぎさせてもらったよ。」
「本当に申し訳ございません。」
目の前に上司がいないにも関わらず、私はその場で頭を下げる。
次の瞬間には強制的に通話は切られ、耳からゆっくりとスマホを離す。真っ暗になった画面には、今にも泣き出してしまいそうな自分の顔が浮かんでいた。
生きることが辛くなって、死んでしまいたいと常日頃思ってしまう。それでも、明日は平等にやってきて、朝になれば私も自然と目を覚ます。
これが人間の性。仕方のないこと。
持っていたスマホをポケットの中に押し込め、乗り換えの駅まで歩く。
駅に着いて、直ぐに絶望が私を襲う。
「やってしまった。」
一言呟いてしまったのも無理はない。何故なら、最寄りまで連れて行ってくれる電車がついさっきので終わってしまったから。
終電乗り過ごしたことなど、一度もないのに。
「はあ、どうしよう」
さっき、ポケットに入れたばかりのスマホを取り出し、次の電車の時刻を調べる。
「はあ~。まじか~」
溜息交じりの言葉が次から次へと零れてしまう。何で、こんなにも人生という奴は上手くいかないんだ。
日付も変わってしまっている。数秒前までは、10日だったのに。時の流れの速さに、心が押し潰されそうになる。
27年生きてきて、私を支えてくれる彼氏も、旦那も出来た事なんて一度も無くて、ただ夢を追いかけて上京したのに、今ではその希望にしていた物にも裏切られ、この有様。
「何で、私こんな所に居るの。私、何がしたかったんだっけ」
別に、大人になって上の人たちにペコペコ頭を下げたかった訳じゃない。怒られる為に仕事をしてるんじゃない。
全て、自分の為のはずなのに、いつからか人の為にやっていた。
やれと言われたから、やっているに過ぎない。いっそのこと、本物の細胞具になれたら楽なのに。
我慢していた、栓が外れたかのように、私はその場に座り込んで大泣きした。
その後、見回りで来ていた駅員さんに声をかけられ、我に返り駅のホームをあとにした。
沢山涙を流して、体中の疲れを全て放出した私は、急な空腹に襲われる。
ギュウ~と音を立てるお腹に対して、現金な物だと思わず笑ってしまう。
近くに24時間営業のファミレスがないか調べてみると、徒歩で約20分くらいの場所にあった。
スマホから、目線を外し辺りを見渡す。駅周辺は居酒屋などの、飲み屋が多く明日が土曜日という事もあり、酔っぱらいの人が多かった。
絡まれる前に、早くこの場から立ち去ろうと、足を動かす。
スマホに目線を向けながらも、周囲にも目が行ってしまう。色違いのお店の光に、扉の隙間から風に運ばれて広がるおいしそうな匂い。
そう言えば、この駅で降りたの今日が初めてだな。
歩けば歩くほど、何故かすっごくワクワクして、好奇心が湧いてくる。
「うわ~!ここって結構栄えていたんだ」
色んなお店の光に心が飛び跳ねる。朝にはない夜のこの独特な雰囲気を見ていると、心が落ち着く。
そんなことを、考えながら歩いていたおかげかあっという間にファミレスに着いた。
中へ入ると、沢山のおいしそうな匂いが広がっていて、今にでも食いつきたくなるほどだった。
「お客様、何名様でしょうか?」
笑顔で声をかけてくれた女性の店員さんを見て、私の表情は自然と笑顔になる。
「一人です」
ファミレスを一人で来たことがないせいか、少し恥ずかしそうに答えてしまった。
「かしこまりました。では、お席はこちらになります。」
「ありがとうございます」
席に着くや否やで、メニュー表を手に取る。空腹の状態で、おいしそうな食べ物を目の前にした瞬間、人は何故全て食べられる気になってしまうのだろうか。
自分のテーブルに並べられた食べ物の量を見てそう思う。
やってしまった。抑えが利かずついつい頼み過ぎてしまった。
「この量、どうしよう」
食べていた時は、まだまだ全然余裕と高を括っていたが、これが大間違いだ。
とりあえず、容器か何かを貰って持ち帰ろう。
「あの、すみません。」
通りかかりの店員さんに声をかける。
「はい?」
「あの、お持ち帰りしたいんですけど大丈夫ですか?」
「はい、問題ないですよ!では、容器取ってきますね」
「すみません、お願いします」
数分後、容器を受け取り順番に、残ってしまった物を詰めていく。
「容器ありがとうございました。後、凄くおいしかったです。ごちそうさまでした」
「いえ、全然大丈夫です!ありがとうございました!またのご来店をお待ちしております。」
最後まで、優しかったファミレスの店員さんの対応に、心がポカポカ温かくなって幸せな気持ちでいっぱいになる。
次は、何しよう。近くに、お店とかあるのかな。
時間が時間だけに、入れるお店にも制限がある為中々、今の場所から動けない。
「コンビニ」
ファミレスの斜め前にあったコンビニが目に留まる。
お腹が空いてる訳でもないし、何か欲しい物がある訳でもないが、とりあえず入店することにした。
「いらっしゃいませ~」
ペコッと軽く店員さんに会釈をする。
コンビニって改めて優秀だなと実感させれる。パンツもあるんだ。
せっかく、コンビニに入ったし、お酒買おうかな。でも、そうなるとしょっぱい物も欲しいかも。お酒を手に取り、お菓子を見に行く。
お菓子の列を見ていると、ちょっとした駄菓子屋コーナーと書かれたポップを見つけた。
その、駄菓子屋という響きに懐かしさを感じる。私たちの年代では、まだ駄菓子屋と言われるお店が多かった気がするけど、最近あまり見かけることが少ない。
あったとしても、スーパーの中にひっそりしてるイメージ。
駄菓子屋のメリットは、安くて子供でも買いやすいだったのに、最近では安いと言っても結構値上げしてる気がする。
それに、今の私ならこんな量ペロッといけてしまうんだろうな。
ちょっとした暇を満喫しつつ、コンビニを出た。
「またもや、やってしまった。」
コンビニで、お酒とお菓子だけにしようと固く決意したはずなのに、結局それ以外にも購入してしまった。
流石に、これを持って歩き回るのは、なしだ。
だけど、お店の前に居続けるのは迷惑だと思い、歩いて何処か座れる場所がないか探すことにした。
重たい2つの袋を持ち、歩くことになるなんて、今日の朝までの私は思ってもみなかっただろうな。
あのまま、何事もなく家に着いていれば、つまらない私の日常で終わっていた。
でもそれを回避して、今、夜の街をただ目的もなく歩けているのが楽しくてしかたない。ありきたりな日々とは違い開放感が半端じゃない。
コンビニから少し離れたところに、小さな公園を見つけた。遊具は、子供たちに遊んでもらえていないのか錆びだらけで、滑り台に関しては砂まみれで、到底滑れる状態とは思えなかった。
人が寄り付かなくなるって、こんなにも悲惨な姿になるんだな。街灯の光も、申し訳なさそうに辺りを照らしている気がして何故かここに居ても良いのかどうか考える。
「やっぱり、別の場所に行った方が良いかな」
ベンチに置いていた袋を、持ち上げようとした瞬間、不意に夜の空に目がいく。
何処を見ても満面なく、黒が続く中ポツンと輝く月があった。
「今日は、満月か....綺麗だな」
その時、ある事に気づく。ここ何年か、ずっと下ばかりを見ていたせいで、綺麗な物もそうでないものも、何もかも見落としていたことに。
月見たのなんていつが最後だっけ。
気付かないうちに、目から涙が溢れていた。
何の為に、生きていたんだろう。ただ、同じ生活を永遠繰り返して、そこに楽しみ何て一つもなくて。
疲れてるせいで、前を向く事すらも辛くなっていって、周囲を見れば笑ってる人にしか目が行かなくなっていた。
自分が幸福に満ちていなかったから、自分の境遇とは逆の人たちを見て妬んで、そんな自分が嫌いになっていって、段々どうでも良く感じてしまった。
泣く事、笑う事全てに感情を持っていかれるのが、しんどくて諦めた。
大人になったから、変わったんじゃない。私自身が、つまらない方向に仕向けて、誘導していただけだ。
穏やかな風が、私の頬を撫でるかのように吹き、頬の涙を乾かしてくれる。
少しずつ、落ち着きを取り戻した私は、コンビニで買ったお酒を一缶取り出す。
お酒なんていつ振りに飲むだろうか。缶の口を開け、勢いよく飲んだ。
「はあ~!おいしい」
生きてるって感じ。
いや、ちゃんと生きてるんだけどと、一人でツッコミを入れた。
公園の静けさが、今の私にはちょうど良かった。
家に帰ると、迎えてくれるのは誰も居ない真っ暗で寂しい部屋。
心が空っぽになっても、埋めてくれる人も物も何もなくて、大丈夫と自分を慰めても、全然大丈夫なんかじゃなくて、どうしたらいいのか分からなくなる。
夜だけは、良い夢が見たい。そう思って布団の中に潜ってみても、中々眠りにつけなくて、気付けば深夜を回っていることが多かった。
そうこうしているうちに、カーテンの隙間から、起きろと言わんばかりの眩しい日差しが差し込んできて、現実に引き戻される。
だから私は、その優しくも眩しい光が凄く大嫌い。だって、朝起きることが当たり前って顔で昇って来てる感じがするから。
もっと、布団の中に引き籠りたい。現実世界に戻りたくない。
どれだけ、現実逃避をしたくても、結局時間の存在で縛られているせいで、重たい体を起こして支度をする。
出勤時に、電車の窓から見る景色を眺めながら、何処か違う場所に行って、自分が知らない新しい事を見てみたい、知ってみたいと希望を抱いてみても、家に帰る頃には、その思い全て搔き消されて、着いた時にはボロボロになってベットに向かって倒れている。
仕事をしながら、生活するだけでもう精一杯なんだから。
新しいことに足を踏み入れるなんて、夢のまた夢だ。
そんなことが出来るなんて、心に余裕のある人だけと、関係のない人たちを責める。それはお門違いだと分かっていても、隣の芝は青く見える。
お酒を飲みながら、普段思ってる、鬱憤不満が次から次溢れてくる。
もし、今日終電に間に合っていたら、多分こうして考えを改めることも愚痴も、何も感じられなかったと思う。それに、こんなに楽しめなかった。笑えてなかったし、泣けなかっただろうな。
「私ちゃんと、幸せだったんだな~」
久しぶりに、空腹を感じられて、人の温かさ、味覚や嗅覚、最近気づけてなかった全てを、味わえて本当に良かった。
それから、私はいつの間にか寝ていたらしく、鳥の鳴き声と太陽の日差しで起こされた。
目がバンバンに腫れていて、酷く開けずらくて、開けるまでに少し時間がかかった。
ようやく、視界がはっきり見えてきて、スマホのカメラ機能で自分の顔を見てみる。
「ぷっ!顔やば!」
思わず、噴き出してしまう程、お酒のせいで顔は浮腫み、目は昨夜泣いたせいで、バンバンに腫れ赤くなっていた。
でも、そこには不安や、苦しいと言った表情は無く、ただただ前を向こうとしている私がいた。
「まずは、仕事でも辞めよっかな~!」
もう、大丈夫。私なら、大丈夫だから。
ベンチから立ち上がり、公園を出て一歩ずつ歩き始めた。
子供の頃にはなかった、責任という言葉が自然と今では付きまとってついてくる。ミスをすれば、謝罪の嵐。
最近、何をしていても頭も心も空っぽで、つまらない人間になってしまったみたい。
電車の窓から、同じような景色をただ、呆然と眺めている今でさえも、つまらないとか同じだとか、そういう感想すら浮かばない。
私、いつから何も感じない人になってしまったんだろう。
なってしまったというよりも、ならざる負えなかったの間違いかな。
携帯の時刻を見て、今日もこんな時間かと溜息を一つだけ零す。良かった、ちゃんと嫌なことには反応出来る体で。
次の駅で降りたら、乗り換えだ。億劫な気持ちを我慢して、扉の前へ立つ。
扉が開くと、さっきまで座っていた何人かの人たちが慌てた様子で、降りていく。その際、二人くらいの男性と肩がぶつかったが、何の言葉もなく速足でその場から消えて行った。
電車も、人も消えた駅のホームでただ茫然と突っ立って、周囲の様子を伺う。
やっぱり、この誰も居ない駅のホームだけが私の癒しだ。朝は、沢山の人が座っていたであろうベンチ。きっと、このホームも沢山の人でひしめき合っていたんだろうな。
今は、無人駅と言えてしまう程誰も居ない。私だけがこの世界に取り残されたみたいで、何だか少し嬉しくなる。
そんな想像をしている私を現実に引き戻すかのように、会社から電話が掛かってきた。
出たくない気持ちを押し殺し、人差し指で応答のボタンを押す。
「お疲れ様です。」
「出してくれた資料さ、三か所くらい間違ってるんだけど!」
「はい、すみません。」
「謝れば済むのは、それ新人までだからね。新人の気持ちのままで居られると、こっちが迷惑なんだよな」
それでも、謝罪意外の言葉が見つからなかった私は、再度同じ言葉を口にした。
「大変、申し訳ありません。ミスした場所教えて頂けましたら、修正します。」
「仕事できない君に言っても無駄だと思ったから、別の人に引き継ぎさせてもらったよ。」
「本当に申し訳ございません。」
目の前に上司がいないにも関わらず、私はその場で頭を下げる。
次の瞬間には強制的に通話は切られ、耳からゆっくりとスマホを離す。真っ暗になった画面には、今にも泣き出してしまいそうな自分の顔が浮かんでいた。
生きることが辛くなって、死んでしまいたいと常日頃思ってしまう。それでも、明日は平等にやってきて、朝になれば私も自然と目を覚ます。
これが人間の性。仕方のないこと。
持っていたスマホをポケットの中に押し込め、乗り換えの駅まで歩く。
駅に着いて、直ぐに絶望が私を襲う。
「やってしまった。」
一言呟いてしまったのも無理はない。何故なら、最寄りまで連れて行ってくれる電車がついさっきので終わってしまったから。
終電乗り過ごしたことなど、一度もないのに。
「はあ、どうしよう」
さっき、ポケットに入れたばかりのスマホを取り出し、次の電車の時刻を調べる。
「はあ~。まじか~」
溜息交じりの言葉が次から次へと零れてしまう。何で、こんなにも人生という奴は上手くいかないんだ。
日付も変わってしまっている。数秒前までは、10日だったのに。時の流れの速さに、心が押し潰されそうになる。
27年生きてきて、私を支えてくれる彼氏も、旦那も出来た事なんて一度も無くて、ただ夢を追いかけて上京したのに、今ではその希望にしていた物にも裏切られ、この有様。
「何で、私こんな所に居るの。私、何がしたかったんだっけ」
別に、大人になって上の人たちにペコペコ頭を下げたかった訳じゃない。怒られる為に仕事をしてるんじゃない。
全て、自分の為のはずなのに、いつからか人の為にやっていた。
やれと言われたから、やっているに過ぎない。いっそのこと、本物の細胞具になれたら楽なのに。
我慢していた、栓が外れたかのように、私はその場に座り込んで大泣きした。
その後、見回りで来ていた駅員さんに声をかけられ、我に返り駅のホームをあとにした。
沢山涙を流して、体中の疲れを全て放出した私は、急な空腹に襲われる。
ギュウ~と音を立てるお腹に対して、現金な物だと思わず笑ってしまう。
近くに24時間営業のファミレスがないか調べてみると、徒歩で約20分くらいの場所にあった。
スマホから、目線を外し辺りを見渡す。駅周辺は居酒屋などの、飲み屋が多く明日が土曜日という事もあり、酔っぱらいの人が多かった。
絡まれる前に、早くこの場から立ち去ろうと、足を動かす。
スマホに目線を向けながらも、周囲にも目が行ってしまう。色違いのお店の光に、扉の隙間から風に運ばれて広がるおいしそうな匂い。
そう言えば、この駅で降りたの今日が初めてだな。
歩けば歩くほど、何故かすっごくワクワクして、好奇心が湧いてくる。
「うわ~!ここって結構栄えていたんだ」
色んなお店の光に心が飛び跳ねる。朝にはない夜のこの独特な雰囲気を見ていると、心が落ち着く。
そんなことを、考えながら歩いていたおかげかあっという間にファミレスに着いた。
中へ入ると、沢山のおいしそうな匂いが広がっていて、今にでも食いつきたくなるほどだった。
「お客様、何名様でしょうか?」
笑顔で声をかけてくれた女性の店員さんを見て、私の表情は自然と笑顔になる。
「一人です」
ファミレスを一人で来たことがないせいか、少し恥ずかしそうに答えてしまった。
「かしこまりました。では、お席はこちらになります。」
「ありがとうございます」
席に着くや否やで、メニュー表を手に取る。空腹の状態で、おいしそうな食べ物を目の前にした瞬間、人は何故全て食べられる気になってしまうのだろうか。
自分のテーブルに並べられた食べ物の量を見てそう思う。
やってしまった。抑えが利かずついつい頼み過ぎてしまった。
「この量、どうしよう」
食べていた時は、まだまだ全然余裕と高を括っていたが、これが大間違いだ。
とりあえず、容器か何かを貰って持ち帰ろう。
「あの、すみません。」
通りかかりの店員さんに声をかける。
「はい?」
「あの、お持ち帰りしたいんですけど大丈夫ですか?」
「はい、問題ないですよ!では、容器取ってきますね」
「すみません、お願いします」
数分後、容器を受け取り順番に、残ってしまった物を詰めていく。
「容器ありがとうございました。後、凄くおいしかったです。ごちそうさまでした」
「いえ、全然大丈夫です!ありがとうございました!またのご来店をお待ちしております。」
最後まで、優しかったファミレスの店員さんの対応に、心がポカポカ温かくなって幸せな気持ちでいっぱいになる。
次は、何しよう。近くに、お店とかあるのかな。
時間が時間だけに、入れるお店にも制限がある為中々、今の場所から動けない。
「コンビニ」
ファミレスの斜め前にあったコンビニが目に留まる。
お腹が空いてる訳でもないし、何か欲しい物がある訳でもないが、とりあえず入店することにした。
「いらっしゃいませ~」
ペコッと軽く店員さんに会釈をする。
コンビニって改めて優秀だなと実感させれる。パンツもあるんだ。
せっかく、コンビニに入ったし、お酒買おうかな。でも、そうなるとしょっぱい物も欲しいかも。お酒を手に取り、お菓子を見に行く。
お菓子の列を見ていると、ちょっとした駄菓子屋コーナーと書かれたポップを見つけた。
その、駄菓子屋という響きに懐かしさを感じる。私たちの年代では、まだ駄菓子屋と言われるお店が多かった気がするけど、最近あまり見かけることが少ない。
あったとしても、スーパーの中にひっそりしてるイメージ。
駄菓子屋のメリットは、安くて子供でも買いやすいだったのに、最近では安いと言っても結構値上げしてる気がする。
それに、今の私ならこんな量ペロッといけてしまうんだろうな。
ちょっとした暇を満喫しつつ、コンビニを出た。
「またもや、やってしまった。」
コンビニで、お酒とお菓子だけにしようと固く決意したはずなのに、結局それ以外にも購入してしまった。
流石に、これを持って歩き回るのは、なしだ。
だけど、お店の前に居続けるのは迷惑だと思い、歩いて何処か座れる場所がないか探すことにした。
重たい2つの袋を持ち、歩くことになるなんて、今日の朝までの私は思ってもみなかっただろうな。
あのまま、何事もなく家に着いていれば、つまらない私の日常で終わっていた。
でもそれを回避して、今、夜の街をただ目的もなく歩けているのが楽しくてしかたない。ありきたりな日々とは違い開放感が半端じゃない。
コンビニから少し離れたところに、小さな公園を見つけた。遊具は、子供たちに遊んでもらえていないのか錆びだらけで、滑り台に関しては砂まみれで、到底滑れる状態とは思えなかった。
人が寄り付かなくなるって、こんなにも悲惨な姿になるんだな。街灯の光も、申し訳なさそうに辺りを照らしている気がして何故かここに居ても良いのかどうか考える。
「やっぱり、別の場所に行った方が良いかな」
ベンチに置いていた袋を、持ち上げようとした瞬間、不意に夜の空に目がいく。
何処を見ても満面なく、黒が続く中ポツンと輝く月があった。
「今日は、満月か....綺麗だな」
その時、ある事に気づく。ここ何年か、ずっと下ばかりを見ていたせいで、綺麗な物もそうでないものも、何もかも見落としていたことに。
月見たのなんていつが最後だっけ。
気付かないうちに、目から涙が溢れていた。
何の為に、生きていたんだろう。ただ、同じ生活を永遠繰り返して、そこに楽しみ何て一つもなくて。
疲れてるせいで、前を向く事すらも辛くなっていって、周囲を見れば笑ってる人にしか目が行かなくなっていた。
自分が幸福に満ちていなかったから、自分の境遇とは逆の人たちを見て妬んで、そんな自分が嫌いになっていって、段々どうでも良く感じてしまった。
泣く事、笑う事全てに感情を持っていかれるのが、しんどくて諦めた。
大人になったから、変わったんじゃない。私自身が、つまらない方向に仕向けて、誘導していただけだ。
穏やかな風が、私の頬を撫でるかのように吹き、頬の涙を乾かしてくれる。
少しずつ、落ち着きを取り戻した私は、コンビニで買ったお酒を一缶取り出す。
お酒なんていつ振りに飲むだろうか。缶の口を開け、勢いよく飲んだ。
「はあ~!おいしい」
生きてるって感じ。
いや、ちゃんと生きてるんだけどと、一人でツッコミを入れた。
公園の静けさが、今の私にはちょうど良かった。
家に帰ると、迎えてくれるのは誰も居ない真っ暗で寂しい部屋。
心が空っぽになっても、埋めてくれる人も物も何もなくて、大丈夫と自分を慰めても、全然大丈夫なんかじゃなくて、どうしたらいいのか分からなくなる。
夜だけは、良い夢が見たい。そう思って布団の中に潜ってみても、中々眠りにつけなくて、気付けば深夜を回っていることが多かった。
そうこうしているうちに、カーテンの隙間から、起きろと言わんばかりの眩しい日差しが差し込んできて、現実に引き戻される。
だから私は、その優しくも眩しい光が凄く大嫌い。だって、朝起きることが当たり前って顔で昇って来てる感じがするから。
もっと、布団の中に引き籠りたい。現実世界に戻りたくない。
どれだけ、現実逃避をしたくても、結局時間の存在で縛られているせいで、重たい体を起こして支度をする。
出勤時に、電車の窓から見る景色を眺めながら、何処か違う場所に行って、自分が知らない新しい事を見てみたい、知ってみたいと希望を抱いてみても、家に帰る頃には、その思い全て搔き消されて、着いた時にはボロボロになってベットに向かって倒れている。
仕事をしながら、生活するだけでもう精一杯なんだから。
新しいことに足を踏み入れるなんて、夢のまた夢だ。
そんなことが出来るなんて、心に余裕のある人だけと、関係のない人たちを責める。それはお門違いだと分かっていても、隣の芝は青く見える。
お酒を飲みながら、普段思ってる、鬱憤不満が次から次溢れてくる。
もし、今日終電に間に合っていたら、多分こうして考えを改めることも愚痴も、何も感じられなかったと思う。それに、こんなに楽しめなかった。笑えてなかったし、泣けなかっただろうな。
「私ちゃんと、幸せだったんだな~」
久しぶりに、空腹を感じられて、人の温かさ、味覚や嗅覚、最近気づけてなかった全てを、味わえて本当に良かった。
それから、私はいつの間にか寝ていたらしく、鳥の鳴き声と太陽の日差しで起こされた。
目がバンバンに腫れていて、酷く開けずらくて、開けるまでに少し時間がかかった。
ようやく、視界がはっきり見えてきて、スマホのカメラ機能で自分の顔を見てみる。
「ぷっ!顔やば!」
思わず、噴き出してしまう程、お酒のせいで顔は浮腫み、目は昨夜泣いたせいで、バンバンに腫れ赤くなっていた。
でも、そこには不安や、苦しいと言った表情は無く、ただただ前を向こうとしている私がいた。
「まずは、仕事でも辞めよっかな~!」
もう、大丈夫。私なら、大丈夫だから。
ベンチから立ち上がり、公園を出て一歩ずつ歩き始めた。

