君と見た朝焼けを永遠に残したかった


新に促され、使い込まれた木製のドアに向かったときだった。
出入り口の脇、ラックに整然と並べられたフリーペーパーや展覧会の案内の中に。一枚の鮮やかなチラシが慧の目に留まった。
色の洪水の中に力強い白のタイポグラフィ。

『第42回 県高校生・秋の絵画コンクール募集要項』

慧の足が、自然と止まる。
視線が吸い寄せられるようにチラシの文字を追った。会期は10月下旬・テーマは自由。

「あ、それな。」
後ろから覗き込んだ新が、あごでチラシをしゃくった。
「うちの美術部の平面系……絵の具使うやつらは全員出品することになってんだよ。顧問の先生が張り切っちゃってさ。俺は彫刻だから今回のコンクールには出ないけれど。」

「……そうなんだ。」

慧は静かに息を吐き、チラシから目を逸らそうとした。1年の夏に部活を辞めて以来、こうした「評価される場」からは遠ざかっていた。
自分の絵に優劣をつけられ、誰かの基準で裁かれる苦しさを、慧はよく知っていたからだ。

だが、新はチラシを一枚引き抜くと、ポンと慧の胸に押し当ててきた。

「お前も出しなよ、慧。」

「……僕は部員じゃない。」

「学校通さなくても個人応募できるって書いてあるじゃん。関係ねえよ。」

新はいつになく真面目な顔で慧の手に持たされた絵の具の袋を指さした。

「お前さ、本気でその青、選んでただろ。…俺はさ、また見たいんだよ。慧が本気でキャンバスに向かった絵。」

新のまっすぐな言葉が、胸の奥にすっと刺さる。
慧はチラシの紙触りを確かめるように指先で強く握りしめた。
クラフト袋の中にある、数本の青いチューブ。
頭の中に浮かぶのは、夕暮れの海で涙を拭いながら、どこか救われたように笑った瀬名の姿だった。
誰かに評価されるためじゃない。
ただ、あの朝の海で、あの少女が見せる本当の素顔を、誰よりも鮮やかな青でキャンバスに留めたい。

「…締め切り、いつだろう。」

「9月末!あと2か月ちょっとしかないぞ。」

「……わかった。」

慧はチラシを丁寧に二つ折りにし、バックにしまった。
手に残る絵の具の重みが、先ほどまでとは少し違って感じられた。ただの色の塊ではなく、これから始まる自分の衝動そのもののように。

「じゃあね、新。」

「おう!出来上がったら絶対見せろよ。」

手を振る新と別れ、慧は夕暮れの街へと踏み出した。
胸の奥で、静かに、けれど確かに熱い火が灯り始めていた。