使い込まれた木製のドアを開けると、カランと控えめなドアベルが鳴り、途端に特有の匂いが鼻腔をくすぐる。
油絵具の重いオイルの香り、乾いた紙の匂い、そしてどこか懐かしい木製品の匂いが混ざりあった静かで濃密な空気。
「いらっしゃーい。」と店主のおじさんの声が通る。
足を踏み入れるといらっしゃーいと店主のおじさんの声が通る。
「やっぱりここは落ち着くなあ。見てよこの額縁の数、いつきてもワクワクする!まあ俺は彫刻コースだから額縁使わないけど木材見るとテンション上がるわ~!」
新は隣で声を弾ませる。新は店に入るなり、壁一面に並べられた木製額縁のコーナーへと一直線に向かっていった。
僕も新についていく。
「慧は今日、絵の具買いに来たんだったよな。油彩の。」
「うん。油絵具とテレピンとペインティングオイルを買い足そうかなって。」
僕はそう言って油絵具のチューブが色鮮やかに並ぶ棚へと歩みを進める。
店内には古いラジオから流れるジャズの旋律と、他の客が商品を手に取る音だけが響いていた。
整然と並べられた絵の具のチューブ群、その一角に、圧倒的な色彩のグラデーションを描くブルーの棚があった。
ウルトラマリン、コバルトブルー、セルリアンブルー、フタロブルー、インディゴ……。
一口に「青」と言っても、メーカーや顔料によってその表情は恐ろしいほど異なる。
棚に並ぶチューブを、慧は食い入るように見つめていた。
(あの海の色は……ただの青じゃない。)
朝の光を浴びて紫がかる水平線。波打ち際で透明に跳ねる浅瀬の青。そして、無理に笑う瀬名の瞳の奥に潜んでいる、あの静かで深い青。
瀬名?なんで急に。その場ではっとして目をぱちくりさせる。
どうしてだろう、海を思い出そうとすると、瀬名のことも思い出す。
どこか気になって仕方がなかった。
