それから僕たちは、色々な話をした。天気の話や、趣味の話。面白い動画の話や、好きなアーティストの話。そういう、他愛のない話を。
和馬と話していると、心が穏やかだった。何故だろう。初対面なのに、僕たちはずっと前から友達だったような気がした。和馬の話は面白いし、口下手な僕の話も急かさずじっくりと聞いてくれる。彼にならついなんでも話してしまいそうだった。
「そろそろお腹すいたな。俊は食べるもの持ってるか?」
正午、僕の腹の虫が鳴ったところで、和馬が尋ねた。すぐにお腹を抑え、恥ずかしくて挙動不審になりながら答える。
「う、うん、あるよ。弁当持ってる」
僕はそう言って、スクールバッグの中から母さんに持たせられた弁当を取り出した。
母さんは毎朝欠かさず三人分の弁当を作っている。母さんは食へのこだわりが強く、健康に気を使ったメニューを毎度考え、食材にも気を使っている。
「うわー、美味そう」
弁当を開くと、和馬が横から覗き込んできて感嘆の声を漏らす。
「こりゃあ相当手が込んでるな」
「別に。普通だよ」
「普通なわけあるか。お前のお袋さんは料理上手なんだな」
感心したように、和馬はまじまじとお弁当を眺めた。
母さんは僕のことを見捨てたくせに、親としての義務を果たすためか、ご飯だけはしっかりと食べさせてくれる。弁当も僕の分まで律儀に用意してくれる。美味しいだけに、非常にムカつく。感謝しなければならないことなのに、素直にありがとうと思えない。
早く大人になりたい。そしたら、自由になれる。こんな居心地の悪い家にいるくらいなら、誰にも期待されずに、たった一人で、自分の好きなように生きていきたい。
僕が両親の期待に応えられなかったのが悪い。そんなことは分かってる。だが、諦めて見捨てたのなら中途半端な優しさを見せないで欲しい。そのせいで嫌いになりきれないし、反抗するのも躊躇してしまう。どうせなら、とことん突き放して欲しかった。
「和馬は何食べるの?」
「俺か? 俺はいつも通りのカップラーメンだ」
和馬は誇らしげに近くに置いてあったボストンバックからカップラーメンを取り出した。
「じゃじゃーん。なんだかんだシーフード味が一番美味しいんだよな」
「そうなの?」
「あれ? まさか俊は醤油派か?」
「いや、そうじゃなくて……」
僕は目を逸らしながら頬をかいた。
「僕、カップラーメン食べたことなくてさ」
「まじで?」
和馬は目を丸くした。
「母さんがそういうインスタント食品みたいなのを嫌ってて。今までそれは体に毒だって言い聞かされてたから……」
母さんは添加物が入っているものを好まない。だから、そういうものを食べる機会がなかった。
朝昼晩きっちり母さんが作ってくれるおかげで、自分でカップラーメンを買おうとなることもない。食べなくていいなら食べない方がいいものなのだろうが、やはり好奇心はある。
「俊、それは人生損してるよ」
そう言って和馬はカップラーメンを差し出した。
「一回くらいなら大丈夫さ。俺なんかほぼ毎日食ってるけど、一応健康体だから」
信憑性は皆無だが、和馬がせっかくご厚意で言ってくれてるのだから、ありがたく頂いておく。記念すべきカップラーメンデビューの日だ。
その代わりに、僕は自分の弁当を差し出した。
「和馬はこれを食べて。母さんがとびっきり健康に気を使ってる弁当だから」
「いいのか? それは俊のお袋さんが、俊のために愛情たっぷり込めて作ったお弁当だろ? 赤の他人が食べちまうなんて……」
「いいよ。気にしないで食べて」
半ば押し付けるように、和馬に弁当を渡した。
この弁当に、果たして本当の愛情が込められているのか否か。確かに、冷凍食品なんか一切使われておらず、栄養バランスもきちんと考えられている。だが、それはどこか無機質で、周りにきちんとしてると思われたいという母さんの承認欲求が透けて見えてならないのだ。
「じゃ、お言葉に甘えていただくよ。あとから返せって言っても知らないからな」
「流石に言わないよ」
「なら良かった」
和馬はそう言うと、持参のやかんに、カップラーメンと一緒にボストンバッグに入っていた2リットルのペットボトルの水を注いだ。カセットコンロの火をつけ、その上にやかんを置き沸騰するのを待つ。
沸騰したら火を消して、カップラーメンの容器にお湯を注いだ。一気に湯気が立つ。
「三分測るぞー」
「うん、ありがとう」
和馬はチラリと腕時計を確認した。
その三分は、短いようで長かった。待ち遠しくてたまらない。すぐにでも啜りたい。だが、我慢だ。美味しく食べるには、この三分が必要なのだ。
「もうそろそろいいだろ。食べな」
三分待った後、和真から割り箸を受け取り、僕はカップラーメンの蓋を開ける。
「おおー」
感嘆の声を漏らす。これが本物のカップラーメンか。美味しそうな匂いが漂ってきた。カロリーが高そうな、食欲をそそられる匂い。
「さあ、手を合わせて」
「あ、うん、そうだね」
僕は慌てて和馬とともに手を合わせた。こういう所は律儀なんだな、と思いながら、しっかりと挨拶をする。
「いただきます」
「いただきます」
食べ始めてすぐに、和馬は「うめぇっ!」と声を上げた。噛む時間を惜しむように、次から次へとかき込んでいく。
「こんなにちゃんとした飯食べたのは久しぶりだよ」
食への喜びを実感しているかのように、目を輝かせながら頬張る。そんな和馬の様子を微笑ましく思いながら、僕はラーメンを啜った。
初めて食べるカップラーメンの味は、それはそれは美味しくて癖になりそうだった。体が蝕まれているんだろうなという感覚はあったが、そんなデメリットがあってもなお食べたくなるような中毒性があった。どうしてもっと早く食べなかったんだろうと後悔するほどだ。
スープまでしっかり完食し、ほっと息をつく。和馬も綺麗に弁当を平らげており、満たされたようにお腹をさすっていた。
「お腹いっぱいだ」
「うん、いっぱいだね」
各々ご飯を食べてすっかり満足した僕たちは、昼寝をすることにした。高架下の心地の良い日陰、涼しい風、満たされたお腹、それらは僕たちの眠気を促進させた。
***
目を覚ますと、辺りは茜色に染まっていた。
横を見ると、和馬は壁に寄りかかって本を読んでいた。僕が起き上がった気配を感じたのか、彼はこちらに目を向けた。
「おはよう。すごいぐっすり眠ってたな」
「ご、ごめん。ここ涼しくて心地が良かったからつい……」
申し訳なく思いながら僕は背伸びをした。珍しく夢を見なかった。久しぶりにぐっすり眠れたみたいだ。なぜだろう。この場所のおかげだろうか。
「和馬はどれくらい寝てた?」
「小一時間くらいかな」
「それはごめん。話し相手になる予定だったのにね。起こしてくれたらよかったのに」
「気にするな。起こそうかと思ったけど、あまりにも気持ちよさそうに眠っていたから。寝不足だったのか?」
和馬は心配そうに尋ねた。
「まあ、そんなところかな」
苦笑を浮かべつつ、僕は遠くの夕日を眺めた。
もう夕方。あっという間だった。
ここで過ごしている間は、心が穏やかだった。嫌なことをすべて忘れられ、楽しむことができた。この時間が、ずっと続けばいいのに。
「今日は楽しかったよ。」
和馬は寝そべりながら、満足そうに言った。
「僕も、すごく楽しかった」
和馬の横に、僕も寝そべる。
この時間は終わってしまうんだ。名残惜しかった。もっとここに居たかった。和馬と話していたかった。
彼の素性は詳しくは知らない。知らないからこそ、気軽に話すことができた。
学校ではないから、周りの目を気にして、空気を読んで合わせる必要もない。だから、楽だった。
学校なんて、自我を抑える場所だ。みんなと同じでいなければならない。声の大きな人に合わせなければならない。そうでない人の意思なんて、尊重されない。
家にも学校にも居場所がない。僕の世界は、その二つで成り立っているというのに。
僕は和馬の方にチラリと目を向けた。
「ねえ、明日もここに来ていい?」
そう尋ねると、和馬はこちらを向いて答えた。
「いいよ。俊が好きなときに来ればいいさ」
和馬のその声、その言い方は、優しくて心地が良くて、僕を安心させた。
「じゃあ、明日も来るね」
「分かった。待ってる」
その後、僕は和馬に別れを告げ、家に帰った。学校に行っていないことがバレてはいないとわかっていても、母さんに面と向かうのは緊張したので、自分の部屋に直行した。
僕は明日も学校をサボって、あの高架下に行くつもりだ。罪悪感はあるけれど、それ以上に和馬に会えるのが楽しみで仕方がなかった。
和馬と話していると、心が穏やかだった。何故だろう。初対面なのに、僕たちはずっと前から友達だったような気がした。和馬の話は面白いし、口下手な僕の話も急かさずじっくりと聞いてくれる。彼にならついなんでも話してしまいそうだった。
「そろそろお腹すいたな。俊は食べるもの持ってるか?」
正午、僕の腹の虫が鳴ったところで、和馬が尋ねた。すぐにお腹を抑え、恥ずかしくて挙動不審になりながら答える。
「う、うん、あるよ。弁当持ってる」
僕はそう言って、スクールバッグの中から母さんに持たせられた弁当を取り出した。
母さんは毎朝欠かさず三人分の弁当を作っている。母さんは食へのこだわりが強く、健康に気を使ったメニューを毎度考え、食材にも気を使っている。
「うわー、美味そう」
弁当を開くと、和馬が横から覗き込んできて感嘆の声を漏らす。
「こりゃあ相当手が込んでるな」
「別に。普通だよ」
「普通なわけあるか。お前のお袋さんは料理上手なんだな」
感心したように、和馬はまじまじとお弁当を眺めた。
母さんは僕のことを見捨てたくせに、親としての義務を果たすためか、ご飯だけはしっかりと食べさせてくれる。弁当も僕の分まで律儀に用意してくれる。美味しいだけに、非常にムカつく。感謝しなければならないことなのに、素直にありがとうと思えない。
早く大人になりたい。そしたら、自由になれる。こんな居心地の悪い家にいるくらいなら、誰にも期待されずに、たった一人で、自分の好きなように生きていきたい。
僕が両親の期待に応えられなかったのが悪い。そんなことは分かってる。だが、諦めて見捨てたのなら中途半端な優しさを見せないで欲しい。そのせいで嫌いになりきれないし、反抗するのも躊躇してしまう。どうせなら、とことん突き放して欲しかった。
「和馬は何食べるの?」
「俺か? 俺はいつも通りのカップラーメンだ」
和馬は誇らしげに近くに置いてあったボストンバックからカップラーメンを取り出した。
「じゃじゃーん。なんだかんだシーフード味が一番美味しいんだよな」
「そうなの?」
「あれ? まさか俊は醤油派か?」
「いや、そうじゃなくて……」
僕は目を逸らしながら頬をかいた。
「僕、カップラーメン食べたことなくてさ」
「まじで?」
和馬は目を丸くした。
「母さんがそういうインスタント食品みたいなのを嫌ってて。今までそれは体に毒だって言い聞かされてたから……」
母さんは添加物が入っているものを好まない。だから、そういうものを食べる機会がなかった。
朝昼晩きっちり母さんが作ってくれるおかげで、自分でカップラーメンを買おうとなることもない。食べなくていいなら食べない方がいいものなのだろうが、やはり好奇心はある。
「俊、それは人生損してるよ」
そう言って和馬はカップラーメンを差し出した。
「一回くらいなら大丈夫さ。俺なんかほぼ毎日食ってるけど、一応健康体だから」
信憑性は皆無だが、和馬がせっかくご厚意で言ってくれてるのだから、ありがたく頂いておく。記念すべきカップラーメンデビューの日だ。
その代わりに、僕は自分の弁当を差し出した。
「和馬はこれを食べて。母さんがとびっきり健康に気を使ってる弁当だから」
「いいのか? それは俊のお袋さんが、俊のために愛情たっぷり込めて作ったお弁当だろ? 赤の他人が食べちまうなんて……」
「いいよ。気にしないで食べて」
半ば押し付けるように、和馬に弁当を渡した。
この弁当に、果たして本当の愛情が込められているのか否か。確かに、冷凍食品なんか一切使われておらず、栄養バランスもきちんと考えられている。だが、それはどこか無機質で、周りにきちんとしてると思われたいという母さんの承認欲求が透けて見えてならないのだ。
「じゃ、お言葉に甘えていただくよ。あとから返せって言っても知らないからな」
「流石に言わないよ」
「なら良かった」
和馬はそう言うと、持参のやかんに、カップラーメンと一緒にボストンバッグに入っていた2リットルのペットボトルの水を注いだ。カセットコンロの火をつけ、その上にやかんを置き沸騰するのを待つ。
沸騰したら火を消して、カップラーメンの容器にお湯を注いだ。一気に湯気が立つ。
「三分測るぞー」
「うん、ありがとう」
和馬はチラリと腕時計を確認した。
その三分は、短いようで長かった。待ち遠しくてたまらない。すぐにでも啜りたい。だが、我慢だ。美味しく食べるには、この三分が必要なのだ。
「もうそろそろいいだろ。食べな」
三分待った後、和真から割り箸を受け取り、僕はカップラーメンの蓋を開ける。
「おおー」
感嘆の声を漏らす。これが本物のカップラーメンか。美味しそうな匂いが漂ってきた。カロリーが高そうな、食欲をそそられる匂い。
「さあ、手を合わせて」
「あ、うん、そうだね」
僕は慌てて和馬とともに手を合わせた。こういう所は律儀なんだな、と思いながら、しっかりと挨拶をする。
「いただきます」
「いただきます」
食べ始めてすぐに、和馬は「うめぇっ!」と声を上げた。噛む時間を惜しむように、次から次へとかき込んでいく。
「こんなにちゃんとした飯食べたのは久しぶりだよ」
食への喜びを実感しているかのように、目を輝かせながら頬張る。そんな和馬の様子を微笑ましく思いながら、僕はラーメンを啜った。
初めて食べるカップラーメンの味は、それはそれは美味しくて癖になりそうだった。体が蝕まれているんだろうなという感覚はあったが、そんなデメリットがあってもなお食べたくなるような中毒性があった。どうしてもっと早く食べなかったんだろうと後悔するほどだ。
スープまでしっかり完食し、ほっと息をつく。和馬も綺麗に弁当を平らげており、満たされたようにお腹をさすっていた。
「お腹いっぱいだ」
「うん、いっぱいだね」
各々ご飯を食べてすっかり満足した僕たちは、昼寝をすることにした。高架下の心地の良い日陰、涼しい風、満たされたお腹、それらは僕たちの眠気を促進させた。
***
目を覚ますと、辺りは茜色に染まっていた。
横を見ると、和馬は壁に寄りかかって本を読んでいた。僕が起き上がった気配を感じたのか、彼はこちらに目を向けた。
「おはよう。すごいぐっすり眠ってたな」
「ご、ごめん。ここ涼しくて心地が良かったからつい……」
申し訳なく思いながら僕は背伸びをした。珍しく夢を見なかった。久しぶりにぐっすり眠れたみたいだ。なぜだろう。この場所のおかげだろうか。
「和馬はどれくらい寝てた?」
「小一時間くらいかな」
「それはごめん。話し相手になる予定だったのにね。起こしてくれたらよかったのに」
「気にするな。起こそうかと思ったけど、あまりにも気持ちよさそうに眠っていたから。寝不足だったのか?」
和馬は心配そうに尋ねた。
「まあ、そんなところかな」
苦笑を浮かべつつ、僕は遠くの夕日を眺めた。
もう夕方。あっという間だった。
ここで過ごしている間は、心が穏やかだった。嫌なことをすべて忘れられ、楽しむことができた。この時間が、ずっと続けばいいのに。
「今日は楽しかったよ。」
和馬は寝そべりながら、満足そうに言った。
「僕も、すごく楽しかった」
和馬の横に、僕も寝そべる。
この時間は終わってしまうんだ。名残惜しかった。もっとここに居たかった。和馬と話していたかった。
彼の素性は詳しくは知らない。知らないからこそ、気軽に話すことができた。
学校ではないから、周りの目を気にして、空気を読んで合わせる必要もない。だから、楽だった。
学校なんて、自我を抑える場所だ。みんなと同じでいなければならない。声の大きな人に合わせなければならない。そうでない人の意思なんて、尊重されない。
家にも学校にも居場所がない。僕の世界は、その二つで成り立っているというのに。
僕は和馬の方にチラリと目を向けた。
「ねえ、明日もここに来ていい?」
そう尋ねると、和馬はこちらを向いて答えた。
「いいよ。俊が好きなときに来ればいいさ」
和馬のその声、その言い方は、優しくて心地が良くて、僕を安心させた。
「じゃあ、明日も来るね」
「分かった。待ってる」
その後、僕は和馬に別れを告げ、家に帰った。学校に行っていないことがバレてはいないとわかっていても、母さんに面と向かうのは緊張したので、自分の部屋に直行した。
僕は明日も学校をサボって、あの高架下に行くつもりだ。罪悪感はあるけれど、それ以上に和馬に会えるのが楽しみで仕方がなかった。
