「ねえ、和馬。僕に言いたいことはない?」
放課後の音楽室。ピアノの椅子に背中合わせに俺たちは座っていた。
「言いたいこと? なんだよそれ」
唐突に陸斗が言うので、俺は困惑した。
「あるでしょ? 僕に隠していることが。言ってみてよ」
「は? 別にないし。隠し事なんて……」
そう言いながらも、内心は焦っていた。
静まりかえった音楽室に二人きり。その言葉は、俺の中で響き渡った。
「違ったらごめんね。和馬は、男が好きでしょ」
核心をついたその質問は、俺の過去のトラウマを呼び起こした。
俺がみんなと違うと感じ始めたのは、中学生の頃だった。周りが誰が可愛くてどういった女子がタイプかといった話をしている中、俺は一人蚊帳の外だった。だって、何一つ共感できなかったから。
俺は有り難くも世間で言う整った顔であったため、俺の中身を大して知らない女子たちが何人も告白してきた。だけど、一度だってその告白を受け入れたことはなかった。女子と付き合うということに対して、違和感があったからだ。
ゲイだと気づいたのは、同性のクラスメイトを好きになった時だった。本来男子が女子に対して抱く感情を、俺は男子に抱くのだ。このことは周りに知られてはならない。直感的にそう思った。俺は少数派。バレてしまえば、クラスに居場所がなくなってしまう。そんな不安から、俺はこの気持ちを自分の中だけに秘めておくことにした。
だが、ある日、クラスの男子に俺は告白されたのだ。放課後、校舎裏に呼び出されて。
驚いた。恋愛対象が同性である人に初めて出会ったのだから。俺のことを理解してくれる人が現れたと思って、嬉しかった。彼になら、ありのままの俺を見せられる。
俺は告白を受け入れた。
そしたら、物陰から彼の友人たちが出てきた。俺は一瞬で悟った。どうやらこの告白は、罰ゲームだったらしい。
『冗談だったのに、まさか本気になるとは思わないじゃん? 気持ち悪いんだよ』
手が震えた。弄ばれていただけ。真に受けちゃって、馬鹿みたい。恥ずかしかった。 悔しくて悔しくて仕方がなかった。恋愛対象が男だというだけなのに、どうして俺はこんなにも惨めな思いをしなければならないのだろう。
その男子たちには、俺がゲイだということを周りに言いふらし、クラス中、いや、学年中に瞬く間に広まった。居心地が悪かった。何も悪いことはしていないのに、後ろ指を差されている気分だった。
気付けば周りから人は離れていった。
学校という集団の中では、多数派が絶対だ。少数派は排斥される存在。みんなと同じでないと、ここでは生きてはいけない。息苦しくって仕方がない。
だから、高校では絶対にゲイだということがバレないよう、誰かを好きになったとしても決してこの思いを表に出すことはしないと決意した。
それなのに。
「……そうって言ったら、どうするんだよ」
俺は訝しげに、陸斗の意図を探るように答える。
「違ったら違うでいいんだよ。僕の勘違いだから」
俺は口を噤む。なんて答えるべきか。必死に頭の中で考える。
「なんとなくそう思っただけだから。気を悪くさせちゃってたらごめん。でも、なんか和馬、僕といる時すごく辛そうに見える……」
陸斗は俺の方を向いて座り直し、俺の肩に顎を乗っけた。
「僕、今まで女の子としか付き合ったことなかったけど、和馬となら、そういう関係になってもいいなって思うんだよね」
「噓つけ。お前はノンケだろ。若気の至りじゃないのか」
心拍数が早くなる。
だめだ。期待をしてはいけない。後で苦しくなるだけだから。
「違うよ。ほら、これが証拠」
陸斗の手が、俺の手の上に重なる。そして、柔らかな感触を頬に感じた。
俺はパッと振り返る。陸斗の顔が、すぐ目の前にあった。
「どうやら僕の恋愛には、性別なんていう壁は存在しないみたいだ」
いたずらっぽく笑う彼。まったく、魔性の男だ。
くせっ毛の髪、可愛らしい八重歯、くりくりの大きな丸い目。その笑顔も、性格も、小さい頃から変わらない弱いものを決して見捨てないその強い正義感も、全部が好きだった。
陸斗には、全部お見通しだった。幼なじみだからであろうか。俺の細かい感情の揺れを察知し、苦しみから救おうと手を差し伸べてくれた。
「さあ、僕に言いたいことはある? 和馬の口から聞きたいな」
意地悪なやつだ。だけど、陸斗になら、何もかもをさらけ出してしまってもいいと思えた。彼は絶対に、人を傷つけるようなことはしないから。その絶対的信頼が、俺のトラウマを少しずつ不鮮明にしていく。
「陸斗が……好きだ」
荒くなる息と高鳴る心臓を抑えながら、俺は生まれて初めて、告白の言葉を口にした。
「うん、知ってた」
陸斗は太陽のような微笑みを浮かべた。
こうしてずっと幼なじみであり友達でしかなかった彼が、俺の恋人になった。夢のようだった。彼は今も昔も、俺のヒーローであり続けた。
俺の人生は、この時が一番輝いていた。幸せで、満ち足りていて、未来を容易に描けていた。本当に。
放課後の音楽室。ピアノの椅子に背中合わせに俺たちは座っていた。
「言いたいこと? なんだよそれ」
唐突に陸斗が言うので、俺は困惑した。
「あるでしょ? 僕に隠していることが。言ってみてよ」
「は? 別にないし。隠し事なんて……」
そう言いながらも、内心は焦っていた。
静まりかえった音楽室に二人きり。その言葉は、俺の中で響き渡った。
「違ったらごめんね。和馬は、男が好きでしょ」
核心をついたその質問は、俺の過去のトラウマを呼び起こした。
俺がみんなと違うと感じ始めたのは、中学生の頃だった。周りが誰が可愛くてどういった女子がタイプかといった話をしている中、俺は一人蚊帳の外だった。だって、何一つ共感できなかったから。
俺は有り難くも世間で言う整った顔であったため、俺の中身を大して知らない女子たちが何人も告白してきた。だけど、一度だってその告白を受け入れたことはなかった。女子と付き合うということに対して、違和感があったからだ。
ゲイだと気づいたのは、同性のクラスメイトを好きになった時だった。本来男子が女子に対して抱く感情を、俺は男子に抱くのだ。このことは周りに知られてはならない。直感的にそう思った。俺は少数派。バレてしまえば、クラスに居場所がなくなってしまう。そんな不安から、俺はこの気持ちを自分の中だけに秘めておくことにした。
だが、ある日、クラスの男子に俺は告白されたのだ。放課後、校舎裏に呼び出されて。
驚いた。恋愛対象が同性である人に初めて出会ったのだから。俺のことを理解してくれる人が現れたと思って、嬉しかった。彼になら、ありのままの俺を見せられる。
俺は告白を受け入れた。
そしたら、物陰から彼の友人たちが出てきた。俺は一瞬で悟った。どうやらこの告白は、罰ゲームだったらしい。
『冗談だったのに、まさか本気になるとは思わないじゃん? 気持ち悪いんだよ』
手が震えた。弄ばれていただけ。真に受けちゃって、馬鹿みたい。恥ずかしかった。 悔しくて悔しくて仕方がなかった。恋愛対象が男だというだけなのに、どうして俺はこんなにも惨めな思いをしなければならないのだろう。
その男子たちには、俺がゲイだということを周りに言いふらし、クラス中、いや、学年中に瞬く間に広まった。居心地が悪かった。何も悪いことはしていないのに、後ろ指を差されている気分だった。
気付けば周りから人は離れていった。
学校という集団の中では、多数派が絶対だ。少数派は排斥される存在。みんなと同じでないと、ここでは生きてはいけない。息苦しくって仕方がない。
だから、高校では絶対にゲイだということがバレないよう、誰かを好きになったとしても決してこの思いを表に出すことはしないと決意した。
それなのに。
「……そうって言ったら、どうするんだよ」
俺は訝しげに、陸斗の意図を探るように答える。
「違ったら違うでいいんだよ。僕の勘違いだから」
俺は口を噤む。なんて答えるべきか。必死に頭の中で考える。
「なんとなくそう思っただけだから。気を悪くさせちゃってたらごめん。でも、なんか和馬、僕といる時すごく辛そうに見える……」
陸斗は俺の方を向いて座り直し、俺の肩に顎を乗っけた。
「僕、今まで女の子としか付き合ったことなかったけど、和馬となら、そういう関係になってもいいなって思うんだよね」
「噓つけ。お前はノンケだろ。若気の至りじゃないのか」
心拍数が早くなる。
だめだ。期待をしてはいけない。後で苦しくなるだけだから。
「違うよ。ほら、これが証拠」
陸斗の手が、俺の手の上に重なる。そして、柔らかな感触を頬に感じた。
俺はパッと振り返る。陸斗の顔が、すぐ目の前にあった。
「どうやら僕の恋愛には、性別なんていう壁は存在しないみたいだ」
いたずらっぽく笑う彼。まったく、魔性の男だ。
くせっ毛の髪、可愛らしい八重歯、くりくりの大きな丸い目。その笑顔も、性格も、小さい頃から変わらない弱いものを決して見捨てないその強い正義感も、全部が好きだった。
陸斗には、全部お見通しだった。幼なじみだからであろうか。俺の細かい感情の揺れを察知し、苦しみから救おうと手を差し伸べてくれた。
「さあ、僕に言いたいことはある? 和馬の口から聞きたいな」
意地悪なやつだ。だけど、陸斗になら、何もかもをさらけ出してしまってもいいと思えた。彼は絶対に、人を傷つけるようなことはしないから。その絶対的信頼が、俺のトラウマを少しずつ不鮮明にしていく。
「陸斗が……好きだ」
荒くなる息と高鳴る心臓を抑えながら、俺は生まれて初めて、告白の言葉を口にした。
「うん、知ってた」
陸斗は太陽のような微笑みを浮かべた。
こうしてずっと幼なじみであり友達でしかなかった彼が、俺の恋人になった。夢のようだった。彼は今も昔も、俺のヒーローであり続けた。
俺の人生は、この時が一番輝いていた。幸せで、満ち足りていて、未来を容易に描けていた。本当に。
