一通り遊んだ後、僕たちは観覧車の列に並んだ。心做しか、若い男女二人組が多い気がする。そりゃそうか。夕暮れの観覧車といえば、ロマンチックでデートの定番だ。
この中には、今から告白をする人もいるのだろうか。そう思うと、なんだか胸が高鳴った。
いいな。僕も恋愛をしてみたかった。人を好きになったことなんてこれまでに一度もないし、僕を好きになってくれる人もいないだろう。トキメキなんて感じたことないから、カップルを見るとすごく羨ましく思う。
ようやく僕たちの順番が来て、観覧車に乗り込み向かい合って座った。
ちょうど日が沈んでいるところで、良い景色だった。辺りはオレンジ色に包まれ、少しばかり物悲しさを覚えた。
和馬は無言で窓から外を眺めている。夕日に照らされた彼の横顔が綺麗だった。儚げで、憂いを帯びたその横顔に、思わずドキッとした。なぜだか分からないけれど、鼓動が高まる。
「ねえ、和馬。恋愛ってどんな感じ?」
気がつけば、そんなことを口にしていた。自分でも、なぜこのようなことを聞いたのか分からなかった。でも、急に知りたくなったのだ。そう思わせるくらいに、彼の横顔が魅力的だった。
「どうしてそんなことを聞くんだ?」
「え、それは、その、ちょっと気になって。ほら、僕、恋愛経験無いからさ。恋愛って、どんな感じなんだろうって思って。和馬、経験豊富そうだから……」
僕は変な汗をかく。
「やっぱり、幸せなのかな? すごいよね、全くの他人同士がお互いを好き合うって。きっと毎日が楽しいんだろうな」
そんな御託を並べていると、和馬の顔色が変わった。目つきが鋭くなり、僕は彼の触れてはいけない部分に触れてしまったのだと気づく。
「……え?」
和馬は立ち上がり、僕の後ろの窓に手をついた。和馬の顔が近い。こんなに間近で、初めて見た。まつげが長い。肌が綺麗だ。垂れた長い髪を耳にかける仕草が妖美だ。
何かに突き動かされるように、彼は次の言葉を口にした。
「そんなに気になるならやってみる? 俺と恋人ごっこ」
和馬はふっと微笑んだ。それは一種の衝動のように思えた。僕は彼の入れてはいけないスイッチを入れてしまったのかもしれない。
「言葉で説明しても分からないさ。だから、体験させてあげるよ」
和馬は僕のシャツの中を、慣れた手つきでまさぐる。
「え、ちょっと」
観覧車が揺れる。
和馬は僕の色々なところを触る。そして、彼はその手を僕の頬に持ってきた。そのまま、ゆっくりと顔を近づける。
そうか。和馬の恋愛対象は男だから、男に対してこういうことをするのは慣れているんだ。
そのとき僕は、初めて和馬を怖いと感じた。それは和馬に襲われていることに対してではない。和馬との友情が壊れてしまうことに対してだった。
今僕は、どんな顔をしているか分からない。でも、人に見せられるような顔をしてはいないと思う。
「か、和馬……」
僕は泣きそうになりながら言った。
すると和馬は、目を大きく見開き、勢いよく僕から離れた。
再び観覧車が揺れた。
和馬は胸を押さえ、息を切らしている。
「だ、大丈夫?」
和馬の様子がおかしい。顔が青ざめている。
「大丈夫……ごめん、俊。俺、どうかしてたみたいだ。俊とはずっと友達でいたい。唯一の、心を許せる友達でいて欲しい」
それは本心だと、僕は分かった。実際僕も同じ気持ちだった。やっぱり和馬とは、友達という関係がいいのだ。
「……恋愛ってのは、思っているよりもずっと幸せなことばかりじゃない。いずれは終わりが来るんだから」
和馬はそれっきり何も言わなかった。
恋愛は、やっぱりよく分からない。和馬に対するこの気持ちは、恋ではない。和馬の横顔を見て一瞬鼓動が高まったのも、単なる憧れによるものであろう。
容貌とか、性格とか、人生経験とか。和馬は僕の持っていないものをたくさん持っている。だから、僕は和馬に憧れているのだ。それゆえに、もっと知りたいと思うのかもしれない。
その後、僕たちは、ほとんど話さずに電車に揺られて宿に戻った。
気まずい空気が漂う。なんと声をかければ良いか分からなかったし、恋愛の話を彼に持ちかけたのは僕だ。だから申し訳なく思った。和馬は過去に、恋愛で何かあったに違いない。それを、さっきの僕とのやり取りで思い出してしまったのだろう。
宿に着いても、和馬の様子はおかしかった。心ここに在らずで、ずっと憂いを帯びた顔をしている。
ご飯もろくに食べようとしないし、話しかけても元気のない返事しか返ってこない。
「ちょっと、潮風に当たってくるわ」
和馬は一人で出ていった。いつもなら僕も着いていくところだったが、今回はそう言える空気ではなかった。
僕は彼を見送った後、布団に横たわった。また前のように、楽しく笑い合える日がくるのだろうか。
和馬が苦しんでいるのなら、その苦しみから救ってあげたい。友として、できる限りのことをしたかった。
だけど、和馬の傷に自分から踏み込む勇気はなかった。だから、いつか僕に話してくれることを信じて、今日は眠りにつくことにした。
この中には、今から告白をする人もいるのだろうか。そう思うと、なんだか胸が高鳴った。
いいな。僕も恋愛をしてみたかった。人を好きになったことなんてこれまでに一度もないし、僕を好きになってくれる人もいないだろう。トキメキなんて感じたことないから、カップルを見るとすごく羨ましく思う。
ようやく僕たちの順番が来て、観覧車に乗り込み向かい合って座った。
ちょうど日が沈んでいるところで、良い景色だった。辺りはオレンジ色に包まれ、少しばかり物悲しさを覚えた。
和馬は無言で窓から外を眺めている。夕日に照らされた彼の横顔が綺麗だった。儚げで、憂いを帯びたその横顔に、思わずドキッとした。なぜだか分からないけれど、鼓動が高まる。
「ねえ、和馬。恋愛ってどんな感じ?」
気がつけば、そんなことを口にしていた。自分でも、なぜこのようなことを聞いたのか分からなかった。でも、急に知りたくなったのだ。そう思わせるくらいに、彼の横顔が魅力的だった。
「どうしてそんなことを聞くんだ?」
「え、それは、その、ちょっと気になって。ほら、僕、恋愛経験無いからさ。恋愛って、どんな感じなんだろうって思って。和馬、経験豊富そうだから……」
僕は変な汗をかく。
「やっぱり、幸せなのかな? すごいよね、全くの他人同士がお互いを好き合うって。きっと毎日が楽しいんだろうな」
そんな御託を並べていると、和馬の顔色が変わった。目つきが鋭くなり、僕は彼の触れてはいけない部分に触れてしまったのだと気づく。
「……え?」
和馬は立ち上がり、僕の後ろの窓に手をついた。和馬の顔が近い。こんなに間近で、初めて見た。まつげが長い。肌が綺麗だ。垂れた長い髪を耳にかける仕草が妖美だ。
何かに突き動かされるように、彼は次の言葉を口にした。
「そんなに気になるならやってみる? 俺と恋人ごっこ」
和馬はふっと微笑んだ。それは一種の衝動のように思えた。僕は彼の入れてはいけないスイッチを入れてしまったのかもしれない。
「言葉で説明しても分からないさ。だから、体験させてあげるよ」
和馬は僕のシャツの中を、慣れた手つきでまさぐる。
「え、ちょっと」
観覧車が揺れる。
和馬は僕の色々なところを触る。そして、彼はその手を僕の頬に持ってきた。そのまま、ゆっくりと顔を近づける。
そうか。和馬の恋愛対象は男だから、男に対してこういうことをするのは慣れているんだ。
そのとき僕は、初めて和馬を怖いと感じた。それは和馬に襲われていることに対してではない。和馬との友情が壊れてしまうことに対してだった。
今僕は、どんな顔をしているか分からない。でも、人に見せられるような顔をしてはいないと思う。
「か、和馬……」
僕は泣きそうになりながら言った。
すると和馬は、目を大きく見開き、勢いよく僕から離れた。
再び観覧車が揺れた。
和馬は胸を押さえ、息を切らしている。
「だ、大丈夫?」
和馬の様子がおかしい。顔が青ざめている。
「大丈夫……ごめん、俊。俺、どうかしてたみたいだ。俊とはずっと友達でいたい。唯一の、心を許せる友達でいて欲しい」
それは本心だと、僕は分かった。実際僕も同じ気持ちだった。やっぱり和馬とは、友達という関係がいいのだ。
「……恋愛ってのは、思っているよりもずっと幸せなことばかりじゃない。いずれは終わりが来るんだから」
和馬はそれっきり何も言わなかった。
恋愛は、やっぱりよく分からない。和馬に対するこの気持ちは、恋ではない。和馬の横顔を見て一瞬鼓動が高まったのも、単なる憧れによるものであろう。
容貌とか、性格とか、人生経験とか。和馬は僕の持っていないものをたくさん持っている。だから、僕は和馬に憧れているのだ。それゆえに、もっと知りたいと思うのかもしれない。
その後、僕たちは、ほとんど話さずに電車に揺られて宿に戻った。
気まずい空気が漂う。なんと声をかければ良いか分からなかったし、恋愛の話を彼に持ちかけたのは僕だ。だから申し訳なく思った。和馬は過去に、恋愛で何かあったに違いない。それを、さっきの僕とのやり取りで思い出してしまったのだろう。
宿に着いても、和馬の様子はおかしかった。心ここに在らずで、ずっと憂いを帯びた顔をしている。
ご飯もろくに食べようとしないし、話しかけても元気のない返事しか返ってこない。
「ちょっと、潮風に当たってくるわ」
和馬は一人で出ていった。いつもなら僕も着いていくところだったが、今回はそう言える空気ではなかった。
僕は彼を見送った後、布団に横たわった。また前のように、楽しく笑い合える日がくるのだろうか。
和馬が苦しんでいるのなら、その苦しみから救ってあげたい。友として、できる限りのことをしたかった。
だけど、和馬の傷に自分から踏み込む勇気はなかった。だから、いつか僕に話してくれることを信じて、今日は眠りにつくことにした。
