「なあ俊。どこか行きたいところはある?」
一週間が経った頃、和馬は尋ねた。海では散々遊び尽くし、十分に街も探索し終えた。そろそろ暇になってくる頃だった。
必ずしもこの街にとどまる必要はない。色々なところに泊まりながら旅をしてもよかった。
だが、僕たちはこの水凪浜をすっかりと気に入ってしまっていた。自然豊かで、海も綺麗で、街の雰囲気も良い。そして何より、宿主の木原さんが優しくしてくれた。だから、ここを離れるのが名残惜しかったのだ。
そういうわけで、僕たちはこの水凪浜を拠点として、色々なところに行ってみることにしたのだ。
「行きたいところか……」
僕はスマホを取り出し、この周辺にあるおすすめの場所を調べてみる。すると、いくつか候補が出てきた。そのなかで、僕はとあるものに目がついた。
「遊園地……」
最後に行ったのは随分前だ。懐かしく感じる。
「遊園地? いいな。楽しそう」
和馬も乗り気そうだった。
「じゃあ、行こうか。お金、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。なくなったらなくなったときに考えれば良いさ」
和馬は楽観的に言う。確かにそうだ。せっかくの逃避行なのだから。楽しまなければ。
というわけで、電車で駅を五つ超えた先の遊園地までやってきた。
楽しげな音楽が流れていて、自然と気分が上がった。観覧車にジェットコースター、メリーゴーランドにお化け屋敷。この遊園地は昔からあるらしく、あまり綺麗ではなかったが、レトロな雰囲気が漂っている。
「何に乗る? 絶叫は平気?」
和馬は興奮気味に尋ねた。
「まあ、そこそこ」
「じゃあ、あれ、乗ろう」
和馬は指を差しながら、にやりと笑った。
それは、この遊園地が売りにしている、大きく二回転ほどするジェットコースターだった。
僕は顔を引きつらせた。
「無理はしなくていいんだぜ?」
「いや、平気だし」
その強がりが、後々痛い目を見る羽目になった。
少しずつ上に昇っていくジェットコースター。内心焦りながらも、平然を装って和馬と会話をする。
「うーわ良い景色。見てみろよ俊。すっごく綺麗だ」
僕は横目で景色を見る。随分高いところまで来ており、僕たちの泊まっている宿がある水凪浜も遠くの方に見えた。
「ほんとだ。凄く綺麗」
そう言った瞬間、山のてっぺんにたどり着いた。そして猛スピードで下っていく。心臓がヒュッとなった。
「ギャアアアアアアアアアアアア!」
僕は生まれて初めて喉が枯れそうなくらい叫んだ。
そしてその勢いのまま二回転。
横で和馬は、楽しそうに笑っている。僕の反応を見て。
なぜそんなに余裕そうなのだろう。できれば僕はもう二度と乗りたくない。
地面に足がついてホッとしているのもつかの間、和馬は次の提案をしてきた。
「次、あれ乗ろうぜ」
和馬が指さすものは、足が宙ぶらりんなジェットコースター。
一回乗っただけでヘトヘトな僕に、よくそんな鬼畜なことができるな。勘弁してくれ。
午前中は、しっかり絶叫系を満喫した。もう一生分乗った気分だ。和馬はまだまだ乗りたそうだったが、僕は土下座をする勢いで止めた。
お昼はハンバーガーを食べた。一口でかぶりつけないくらいほど大きくボリューミーだった。ほっぺにケチャップをつけながら、僕たちは必死に頬張った。
昼食を食べた後、僕たちはお化け屋敷に入った。意外にも、和馬はホラーは苦手らしい。本人は否定していたが、お化け屋敷に入っている間、和馬はしっかりと僕の服の裾を握りしめていた。おかげでそこだけ和馬の手汗が染みついていた。
身分違いの恋に破れて自害した若い娘の怨念が残っている屋敷、という設定らしい。血だらけの花嫁衣装を身にまとった娘が最後に出てきたとき、和馬は腰を抜かしていた。
ふと、僕は立ち止まった。思い出したのだ。昔、家族で遊園地に来たとき、弟の悠と二人でお化け屋敷に入った時のことを。
あの時、悠は和馬と同じように、僕の服の裾をしっかりと握っていた。悠は涙目になりながらも、僕の後をついて来た。
あの頃は、悠も僕を頼ってくれていた。ちゃんと兄だと認識して、慕ってくれていた。そして僕自身も、兄として恥ずかしくないよう振る舞っていた。よく一緒に遊んで、面倒を見て、勉強を教えて。端から見ても、仲の良い兄弟だった。
しかし、いつしか僕たちには距離ができていった。僕が落ちぶれていく間に、悠はどんどん結果を出していった。親の期待にも応え続け、努力をし、そして出来損ないの僕を見下すようになった。
昔は僕の後をずっとついてくるような、素直で可愛い弟だったのに。どうして、こうなってしまったのだろう。
「俊、やっぱりお前も足がすくむくらい怖かったんだろ?」
和馬の声で我に返る。
「違うよ。確かに怖かったけど、和馬みたいに腰が抜けるほどじゃないよ。ちょっと昔のことを思い出してただけ」
あの頃に戻りたいと願うのは、今が満たされていないからだと聞いたことがある。
人は変わってしまう。良くも悪くも。僕も例外ではない。それがどうしようもなく虚しかった。
一週間が経った頃、和馬は尋ねた。海では散々遊び尽くし、十分に街も探索し終えた。そろそろ暇になってくる頃だった。
必ずしもこの街にとどまる必要はない。色々なところに泊まりながら旅をしてもよかった。
だが、僕たちはこの水凪浜をすっかりと気に入ってしまっていた。自然豊かで、海も綺麗で、街の雰囲気も良い。そして何より、宿主の木原さんが優しくしてくれた。だから、ここを離れるのが名残惜しかったのだ。
そういうわけで、僕たちはこの水凪浜を拠点として、色々なところに行ってみることにしたのだ。
「行きたいところか……」
僕はスマホを取り出し、この周辺にあるおすすめの場所を調べてみる。すると、いくつか候補が出てきた。そのなかで、僕はとあるものに目がついた。
「遊園地……」
最後に行ったのは随分前だ。懐かしく感じる。
「遊園地? いいな。楽しそう」
和馬も乗り気そうだった。
「じゃあ、行こうか。お金、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。なくなったらなくなったときに考えれば良いさ」
和馬は楽観的に言う。確かにそうだ。せっかくの逃避行なのだから。楽しまなければ。
というわけで、電車で駅を五つ超えた先の遊園地までやってきた。
楽しげな音楽が流れていて、自然と気分が上がった。観覧車にジェットコースター、メリーゴーランドにお化け屋敷。この遊園地は昔からあるらしく、あまり綺麗ではなかったが、レトロな雰囲気が漂っている。
「何に乗る? 絶叫は平気?」
和馬は興奮気味に尋ねた。
「まあ、そこそこ」
「じゃあ、あれ、乗ろう」
和馬は指を差しながら、にやりと笑った。
それは、この遊園地が売りにしている、大きく二回転ほどするジェットコースターだった。
僕は顔を引きつらせた。
「無理はしなくていいんだぜ?」
「いや、平気だし」
その強がりが、後々痛い目を見る羽目になった。
少しずつ上に昇っていくジェットコースター。内心焦りながらも、平然を装って和馬と会話をする。
「うーわ良い景色。見てみろよ俊。すっごく綺麗だ」
僕は横目で景色を見る。随分高いところまで来ており、僕たちの泊まっている宿がある水凪浜も遠くの方に見えた。
「ほんとだ。凄く綺麗」
そう言った瞬間、山のてっぺんにたどり着いた。そして猛スピードで下っていく。心臓がヒュッとなった。
「ギャアアアアアアアアアアアア!」
僕は生まれて初めて喉が枯れそうなくらい叫んだ。
そしてその勢いのまま二回転。
横で和馬は、楽しそうに笑っている。僕の反応を見て。
なぜそんなに余裕そうなのだろう。できれば僕はもう二度と乗りたくない。
地面に足がついてホッとしているのもつかの間、和馬は次の提案をしてきた。
「次、あれ乗ろうぜ」
和馬が指さすものは、足が宙ぶらりんなジェットコースター。
一回乗っただけでヘトヘトな僕に、よくそんな鬼畜なことができるな。勘弁してくれ。
午前中は、しっかり絶叫系を満喫した。もう一生分乗った気分だ。和馬はまだまだ乗りたそうだったが、僕は土下座をする勢いで止めた。
お昼はハンバーガーを食べた。一口でかぶりつけないくらいほど大きくボリューミーだった。ほっぺにケチャップをつけながら、僕たちは必死に頬張った。
昼食を食べた後、僕たちはお化け屋敷に入った。意外にも、和馬はホラーは苦手らしい。本人は否定していたが、お化け屋敷に入っている間、和馬はしっかりと僕の服の裾を握りしめていた。おかげでそこだけ和馬の手汗が染みついていた。
身分違いの恋に破れて自害した若い娘の怨念が残っている屋敷、という設定らしい。血だらけの花嫁衣装を身にまとった娘が最後に出てきたとき、和馬は腰を抜かしていた。
ふと、僕は立ち止まった。思い出したのだ。昔、家族で遊園地に来たとき、弟の悠と二人でお化け屋敷に入った時のことを。
あの時、悠は和馬と同じように、僕の服の裾をしっかりと握っていた。悠は涙目になりながらも、僕の後をついて来た。
あの頃は、悠も僕を頼ってくれていた。ちゃんと兄だと認識して、慕ってくれていた。そして僕自身も、兄として恥ずかしくないよう振る舞っていた。よく一緒に遊んで、面倒を見て、勉強を教えて。端から見ても、仲の良い兄弟だった。
しかし、いつしか僕たちには距離ができていった。僕が落ちぶれていく間に、悠はどんどん結果を出していった。親の期待にも応え続け、努力をし、そして出来損ないの僕を見下すようになった。
昔は僕の後をずっとついてくるような、素直で可愛い弟だったのに。どうして、こうなってしまったのだろう。
「俊、やっぱりお前も足がすくむくらい怖かったんだろ?」
和馬の声で我に返る。
「違うよ。確かに怖かったけど、和馬みたいに腰が抜けるほどじゃないよ。ちょっと昔のことを思い出してただけ」
あの頃に戻りたいと願うのは、今が満たされていないからだと聞いたことがある。
人は変わってしまう。良くも悪くも。僕も例外ではない。それがどうしようもなく虚しかった。
