線香花火が落ちるとき

無言でおぶられているのに、心地いいなんて。
迷惑かもしれないけど安心してしまう。
「花純は高校卒業して、就職したんだっけ。明日は仕事?」
前に回した腕が、廉くんが話すと振動が伝わって、小さく震える。
「ううん、明日は休み。廉くんは大学、大丈夫?」
「うん。最後の夏休み」
高校を卒業してもう四年も経つんだな。
そう感じたのは、廉くんのその一言だった。
「そっか、夏休みか……」
「高校は春だったけど、中学の最後の大会は今頃だったよな。まだ続けてる?弓道」
「時間も体力もないから、高校で引退してからはやってない。廉くんは?続けてるの?」
「俺もやってない。思いついたらできるようなことでもないからさ」
「そっか」
ぶらぶらと足が揺れる。
どこへ向かっているのかもわからないまま、私は身体を預けていた。
「今更だけど、一人暮らしでこっちに住んでるとかじゃないよね?」
「うん。実家暮らし」
「お、よかった。俺と一緒」
廉くんの声が静かな街に響く。
まるで世界に二人きりみたい。
……こんな時間がずっと続いてくれたら、どれだけ幸せなんだろう。そう思わずにはいられない。
「コンビニ寄ろっか」
駅から十数分。公園もベンチもあったのに、立ち止まろとはしなかった。
「うん。ごめんね、ずっとおぶってもらっちゃって」
「それは全然いいよ」
そう、コンビニのイートインスペースの椅子を引き出し、私を降ろす。
「ちょっとここで待ってて」
私の右足に下駄を添えて店内へ足を進めた。
きっと私が背中に乗っていたから暑かっただろうに、後ろ姿は涼しげで、疲労を感じさせなかった。
「ひゃっ、」
数分経ったころ。ガラス越しに暗い外を見ていると、頬にひんやりとした物が触れる。
「おまたせ。これ、好きだったよね」
そう、目の前にペットボトルの抹茶ラテを置いてくれる。
「四年前の記憶だから、違ったらごめん」
「ううん、好き。ありがとう」
ペットボトルの口を開けて、喉に流し込む。
サイダーを飲むときみたいな、甘酸っぱくて弾ける青春ではないけど、穏やかな私の青春が詰まった懐かしい味がした。
「あ、お金、いくらだった?」
「いいよ。気にすんな」
お財布を取り出す手を止められて、抹茶ラテを押し付けられる。
隣に座ってコーラを飲む廉くんは、目が合うと優しい瞳を向けてくれる。
「下駄借りるよ」
私の足を軽く上げて下駄を持ち上げる代わりにハンカチを敷いて床に下ろす。
手には五円玉があって、これからしようとしていることは一目でわかった。
「えっ、汚いよ」
今更だけど、汗を吸った下駄を持たせていたなんて、自分が履いていた履物を直させるなんて申し訳なさすぎる。
「汚くないから。それ飲んで休んでな」
コンビニのレジ袋の中から、ハサミとビニール紐も取り出して、下駄を直し始めた。
「廉くん、直せるんだね」
「さっき調べた。五円玉だけで治せると思ってたけど、違ったっぽくてさ。ここがコンビニでよかったよ」
私がやらかしたせいなのに、なんで廉くんが申し訳なさそうにするんだろう。
眉を下げて笑っている姿に、胸がキューっと締め付けられる。
「よし、できた。履いてみて」
そう、床に置いてくれた下駄に足を通す。
まるでシンデレラになった気持ちになるけど、決して選ばれないことはわかっている。
そんな中で、気持ちを押し殺して私は笑った。
「すごい、ぴったり。痛くない」
「よかった」
廉くんはほっとしたように微笑んで、このためだけに買ったであろう紐もハサミも片付けた。
「やっぱりお金払うよ。使わないでしょ、ハサミも紐も……」
「使うよ。廃品回収とかの必需品じゃん」
優しい顔で大真面目に言われると、引くしかなくなってしまう。
「せめて私にもなにかさせて?」
私が言うと、考える間もなく廉くんはレジ袋を差し出した。
受け取って中を見ると、少人数用の花火セットが入っている。
「花火?」
「うん。ちょっと付き合ってくれない?」
「それは、全然いいけど……。こんなのでいいの?」
「こんなのって、それがいいんだよ」
私が頷いたのを見て、スマホを取りだした。
楽しそうに口角を上げながら、何かを調べている。
「あ、近場の海で花火できるって」
見せてくれた画面には、名前は知っているけど商業的な場所でしかないと思っていた海岸が表示されている。
「行こっか。タクシー呼ぶね」
私を座らせて、電話をしに外に出る。
待っている間にレジ袋の中を見ると、さっきのビニール紐とハサミ、花火しか入っていない。
火、買い忘れかな。それとも煙草を吸うのか。
考えたけど、煙草はきっと吸ってない。
背中に乗っているとき、一瞬たりとも煙草の匂いはしなかった。
「廉くん、ライターとか持ってる?」
電話を終えて戻ってきた廉くんに聞くと、「あ」と本気で忘れていたらしい声を出した。
「私、買ってくる。座ってて?」
「いや、俺が行くよ」
そうまた私を座らせようとするから、少し強引に廉くんを椅子に座らせた。
「やりたいの。会ってから何もかもやってもらって、申し訳ないよ」
納得いかないのか、複雑な表情を浮かべるも、渋々頷いてくれた。
「じゃあ、お願い」
「うん。待っててね」
そう言ったはいいものの、ライターってどこに売ってるんだろう。
文具コーナーを探すも、それらしいものは見当たらない。
ぐるぐると文房具や携帯電話関係のものがある場所を回っても同じものばかりが目に入る。
「……ごめん、廉くん。ライターってどこら辺にあると思う?」
座っている廉くんに声をかけると、少し考えて閃いたように言う。
「花火コーナーじゃない?レジ前の」
立ち上がって一緒に見に来てくれるけど、花火コーナーには花火しか置いていなかった。
「どこだろう」
一緒になって下の方にある商品をしゃがんで探すも、ないものはないらしい。
「聞いてみるか」
「そうだね」
二人してレジ前に向かって、レジ横に並んでいるのをやっと見つけた。
「あった!」
顔を見合わせて言ったものだから、店員さんは驚いて私たちの顔を交互に見ていた。
「すみません」と謝りながら、小さく笑うことでさえわくわくして、深夜一時をゆうに回っていることさえ忘れていた。
ライターを買い終えると、ちょうど到着したタクシーに乗り込む。
海まで約十五分ほどで着くらしい。
車通りも少なくなってきて、スイスイ進む道路を眺めながら、こっそり顔の向きを変えて、街灯に照らされる廉くんの横顔を眺めていた。