「想像以上に辛いんだが…」
俺の隣で、俊道がため息混じりに言い放った。こんな風に愚痴を吐いてしまうのも無理はない。探検開始から約3週間、俺たち3人は、エアコンの効きが良い俊道の家に入り浸って様々な資料を集めている。ずっとパソコンや書物と睨めっこをして必要な資料を選別するこの作業は正直言ってかなり大変だし、俺たちが思い描いていた理想の探検活動とは程遠いものだった。
「でもまだ始まって1ヶ月も経ってないじゃん」
「そうだぞ俊道、このままじゃ4ヶ月も持たない」
夢香と俺の2人がかりで俊道に鞭を打つ。すると俊道は机に突っ伏して頭を抱えた。
「4ヶ月って長いな…」
俯きながらそう呟く俊道を見て、さすがに言い過ぎただろうかと脳内で反省していると、何かを思いついたらしい夢香が勢いよく立ち上がった。
「ちょ、どうしたの夢香」
「こういう時は、休むに限る!」
夢香はそう宣言した後、踵を返して玄関の方へと歩いていった。
「え、どこ行くんだ?…俊道、追いかけるぞ!」
俊道の手を引いて夢香を追いかける。外に出ると相変わらずの熱気が体を襲う。
「さあ、行くよ2人とも!」
「行くってどこに?」
「アイス買いに行くんだよ」
「えぇ」
ものすごい勢いで外に出るものだから何事かと思ったが…まさかアイスを買いに行くだけとは拍子抜けである。
再び歩き出した夢香が語り始めた。
「言ったでしょ?こういう時は休むに限るって。まあ慢心するのは良くないけど…4ヶ月もあるからねー。ずっと魂を詰めすぎるのも体に毒だよ」
「いやいや、僕が元気無かったからそう言ってくれてるんだろ…?」
「えー、じゃあとしみーはアイス食べたくないの?こんな暑いのに?」
「…いいえ食べたいです。うん、食べたいわ」
「よろしい。じゃあ3人で行こっか!」
素直にアイスを食べたいと言えない俊道と、本音を引き出そうとする夢香。まるでコメディ映画のような2人の会話を聞きながら俺も歩を進める。ちなみに「としみー」は夢香が勝手に付けたあだ名である。勝手に名付けられたとはいえ、当の本人は満更でもなさそうにそのあだ名を受け入れている。
5分ほど歩いていると、この村で唯一と言っていいほどの色々なものが揃っているお店、「簡薙商店」が姿を現し始めた。所々が錆びれてる看板や伝統的な木造建築から分かるように、かなり昔から村の住民たちの生活を支えてきたらしい由緒あるお店だ。
「お、見えてきたな」
「アイス、食べたい」
昔の建物なので自動ドアなんてものは無い。手動でやたら重い木製の扉を開ける。
「いらっしゃい」
店の奥から腰を曲げたおばあさんが現れ、しわがれた声で俺たちを迎えてくれた。
こぢんまりとした店内には、食品だけでなく日用品なども売られており、いかに村人たちにとって大事な店なのかが垣間見える。
「虹輝ー、こっちこっち」
呼ばれた方に視線を移すと、夢香と俊道がクーラーボックスを食い入るように覗き込んでいた。俺も2人に倣う。
「おおすげえ、いろんな種類がある」
「どれにしよっかなー」
迷いに迷った結果、俺がイチゴ味、俊道がバニラ味、夢香がメロン味のアイスをそれぞれ選んだ。
「これ、ください」
真っ先に俊道がレジのおばあさんにアイスを渡す。
「あいよー。ところで君たちは高校生かい?」
「はい、3人とも高校2年生っす」
俊道の返事を聞くとおばあさんは顔色を変えた。
「おお!2年生ってことは、今は探検の最中なのかい?」
「そうっすね。この3人でグループ組んでます」
おばあさんは感慨深そうな目で俺たちを見つめている。
「懐かしいのぅ。驚くかもしれんが、私が高校生の時も探検があったんだよ。もうかれこれ40年以上も前のことだけどねぇ」
俊道と夢香と顔を見合わせる。やはり同じことを思ったようだ。探検ってそんな昔から存在しているのか…。
「そう。遥か昔からあるんだよ、探検活動は。当時はスマホなんて物もなくて、軽い調べ物をするのにも一苦労だったからねぇ。それに比べれば今はいくらか楽なのかもしれないが」
おばあさんは、俺たちが買ったアイスを一つずつ会計に通しながら続けた。
「それでも、やっぱり楽しかったもんは楽しかったよ。楽しいだけじゃないけれど、その分の辛さもあるけれど、それを全部引っくるめて…あれが青春だったって思っているよ。時間が経ったからそう思えるだけなのかもしれないけどね」
おばあさんは、どこか遠くを見ていた。ここではないどこかを。きっとそれは、もう戻ることのできない青春の日々…なのかもしれないと勝手に推測する。
「懐かしい日々を思い出させてくれてありがとうね。お礼と言ってはだが…君たちの探検で困ってることがあったら何でも聞くよ。年寄りなりにアドバイスできるかもしれんからな」
ありがたいお話だった。探検に必要な資料を集めた後にどんなことをするか、ちょうど3人で頭を悩ませているところだったから。
「俺たち、村に伝わる伝承を村の活性化に繋げられないかっていうテーマで調べてるんです。資料は集まってきたんですけど…いまいちどんな風に探求を広げていくべきかが分からないんです」
おばあさんは笑みを浮かべて答えた。
「いいねぇ、やっぱり若者の考えることは柔軟なもんだ。それで…村の伝承と言うくらいなら、やはり『神社』のことかい?」
「はい。神社の伝承…山の上に位置している神社に守り神が宿っているという伝承です」
この村の山には神社があり、そこには神秘的な力が溢れているとされている。100年程前に書かれた文献には、「守り神は農作物が不作だった年に恵みの雨を降らせた」だとか「守り神に祈った途端、行方不明になっていた子供が戻ってきた」とか、正直に言って手放しに信じることはできないような内容ばかりが書かれている。
「この村において守り神を信仰する人は結構な数いるからねぇ。確かに探検テーマとしては打って付けだ」
そんな会話をしているうちに会計が終わり、3人それぞれでアイスを受け取る。
「それで君たちは…実際に神社に行ってみる気はあるのかい?」
「俺たちも行ってみたいとは思うんですけど、あそこの辺りって立ち入り禁止なんですよ」
一度、3人で山を登って神社の付近まで行ってみたことがある。しかし、ある一定の地点まで行くと、「立ち入り禁止」と無機質に赤い字で書かれた看板が鎮座し、更には黄色いテープも張り巡らされており、とても足を踏み入れられる雰囲気では無かった。
「ほほぉ、最近は規制が強くなっとるのか」
おばあさんは残念そうに目を細めたかと思えば、何か悪いことを思いついたかのように口角を上げた。
「立ち入り禁止の場所に入ってまだ誰も知らない神社の謎を解き明かす…これほどまでの青春も中々無いもんだがね。あ、そうだ。ちょっと待っててな」
明らかに意味深な言葉を残しておばあさんは店の奥へと歩いて行った。しばし沈黙が訪れる。先に口を開いたのは俊道だった。
「…行きたくね?神社」
目をキラキラと輝かせる俊道はさっきとはまるで別人のようだ。
「立ち入り禁止の場所に踏み入れる…まさしく探検じゃない!?」
夢香も滲み出る好奇心を抑えきれずにいる。
「虹輝くんは?」
2人から痛いくらいの期待の眼差しを向けられる。
確かに、立ち入り禁止の場所こそ探検に相応しいし、これぞ青春!というような感じもする。しかし上手くは言い表せないが、ここで踏み出せば後戻りできないような、そんな気がするのだ。
でも待てよ、と思う。
根拠のない不安に囚われていては、いつまでも成長することができないのではないか。そして何よりも…俊道、夢香。この2人と一緒なら、何があっても乗り越えられると、それだけは胸を張って言える。
「俺も、神社に行きたい」
「ほんとに!?なんか悩んでそうだったけど、大丈夫?」
「そりゃあちょっとは心配だけど、俺たち3人一緒なら大丈夫だしな!あと、心配事の9割は起こらないって言うし」
「えへへ、ありがとね虹輝くん」
「虹輝、信じてたぜ」
やがて店の奥からおばあさんが戻ってきた。その手には何やら石のような塊が3つ握られている。
「昔々…私がまだ若かった頃、神社の付近に行ったことがあるのを思い出してな。その時に石を拾ったんじゃ」
おばあさんはレジカウンターにその石らしき物体を置いた。
この世のあらゆる黒よりも深い黒色を持つそれは楕円を帯びていて、中央には窪みがある。確かに、そこら中に無造作に落ちているような石とは訳が違うように思える。
「なんだか、不思議な石だね」
「神社の近くに、5つくらい落ちてたんだよ。こんな黒い石、全くもって見たことがなかったから、ほんの出来心で取ってきたんだが…結局取ってきたまま放置していたんだよ」
これも、所謂守り神が関係してるのだろうか…と思うが、このままでは神社付近で起こった事象を全て伝承に結びつける癖がついてしまいそうだ。
「君たちが神社について調べてるのも何かの縁だ。この石、持っていくといい」
「良いんですか?貴重な石なんじゃ…」
「石は5つ落ちてたと言ったじゃろ?君たちに3つあげても、まだ2つ余っとるからな!」
そう言ってガハハと笑うおばあさん。
「あぁそうだ、石に気を取られてアイスを忘れちゃいないだろうね?この暑さだから、早く食べないと溶けちまうよ」
図星。アイスを目的として簡薙商店に来たというのに、すっかりアイスのことを忘れてしまっていた。
「すぐ食べます!ありがとうございました!」
3人でお礼を言って店を出る。店の脇にちょうど木陰のベンチがあったのでありがたくそこを使わせてもらう。
「乾いた体に、染み渡る…」
驚くほどの速さでアイスを開封したらしい俊道は、既にバニラアイスにかぶりついていた。
「としみー、速くない!?私も食べる!」
「俺も食べよ」
簡薙商店の周りは一面が田んぼで囲まれており、絵に描いたような田舎だ。空を見上げれば吸い込まれそうな水色、目線を少し下げれば生命力溢れる淡緑色が目に映り、日光をある程度遮ると涼しげな風が体を優しく撫でる。
そんな自然に囲まれながらアイスを食べることにより、体が瞬く間に癒やされていくのを感じる。
「夏っていいねぇ」
夢香が空を見上げながら呟く。
「ほんとだな」
この先、1人の少女の手によって僕らの夏がもっと色濃いものになるということを、この時の僕らはまだ知らなかった。
俺の隣で、俊道がため息混じりに言い放った。こんな風に愚痴を吐いてしまうのも無理はない。探検開始から約3週間、俺たち3人は、エアコンの効きが良い俊道の家に入り浸って様々な資料を集めている。ずっとパソコンや書物と睨めっこをして必要な資料を選別するこの作業は正直言ってかなり大変だし、俺たちが思い描いていた理想の探検活動とは程遠いものだった。
「でもまだ始まって1ヶ月も経ってないじゃん」
「そうだぞ俊道、このままじゃ4ヶ月も持たない」
夢香と俺の2人がかりで俊道に鞭を打つ。すると俊道は机に突っ伏して頭を抱えた。
「4ヶ月って長いな…」
俯きながらそう呟く俊道を見て、さすがに言い過ぎただろうかと脳内で反省していると、何かを思いついたらしい夢香が勢いよく立ち上がった。
「ちょ、どうしたの夢香」
「こういう時は、休むに限る!」
夢香はそう宣言した後、踵を返して玄関の方へと歩いていった。
「え、どこ行くんだ?…俊道、追いかけるぞ!」
俊道の手を引いて夢香を追いかける。外に出ると相変わらずの熱気が体を襲う。
「さあ、行くよ2人とも!」
「行くってどこに?」
「アイス買いに行くんだよ」
「えぇ」
ものすごい勢いで外に出るものだから何事かと思ったが…まさかアイスを買いに行くだけとは拍子抜けである。
再び歩き出した夢香が語り始めた。
「言ったでしょ?こういう時は休むに限るって。まあ慢心するのは良くないけど…4ヶ月もあるからねー。ずっと魂を詰めすぎるのも体に毒だよ」
「いやいや、僕が元気無かったからそう言ってくれてるんだろ…?」
「えー、じゃあとしみーはアイス食べたくないの?こんな暑いのに?」
「…いいえ食べたいです。うん、食べたいわ」
「よろしい。じゃあ3人で行こっか!」
素直にアイスを食べたいと言えない俊道と、本音を引き出そうとする夢香。まるでコメディ映画のような2人の会話を聞きながら俺も歩を進める。ちなみに「としみー」は夢香が勝手に付けたあだ名である。勝手に名付けられたとはいえ、当の本人は満更でもなさそうにそのあだ名を受け入れている。
5分ほど歩いていると、この村で唯一と言っていいほどの色々なものが揃っているお店、「簡薙商店」が姿を現し始めた。所々が錆びれてる看板や伝統的な木造建築から分かるように、かなり昔から村の住民たちの生活を支えてきたらしい由緒あるお店だ。
「お、見えてきたな」
「アイス、食べたい」
昔の建物なので自動ドアなんてものは無い。手動でやたら重い木製の扉を開ける。
「いらっしゃい」
店の奥から腰を曲げたおばあさんが現れ、しわがれた声で俺たちを迎えてくれた。
こぢんまりとした店内には、食品だけでなく日用品なども売られており、いかに村人たちにとって大事な店なのかが垣間見える。
「虹輝ー、こっちこっち」
呼ばれた方に視線を移すと、夢香と俊道がクーラーボックスを食い入るように覗き込んでいた。俺も2人に倣う。
「おおすげえ、いろんな種類がある」
「どれにしよっかなー」
迷いに迷った結果、俺がイチゴ味、俊道がバニラ味、夢香がメロン味のアイスをそれぞれ選んだ。
「これ、ください」
真っ先に俊道がレジのおばあさんにアイスを渡す。
「あいよー。ところで君たちは高校生かい?」
「はい、3人とも高校2年生っす」
俊道の返事を聞くとおばあさんは顔色を変えた。
「おお!2年生ってことは、今は探検の最中なのかい?」
「そうっすね。この3人でグループ組んでます」
おばあさんは感慨深そうな目で俺たちを見つめている。
「懐かしいのぅ。驚くかもしれんが、私が高校生の時も探検があったんだよ。もうかれこれ40年以上も前のことだけどねぇ」
俊道と夢香と顔を見合わせる。やはり同じことを思ったようだ。探検ってそんな昔から存在しているのか…。
「そう。遥か昔からあるんだよ、探検活動は。当時はスマホなんて物もなくて、軽い調べ物をするのにも一苦労だったからねぇ。それに比べれば今はいくらか楽なのかもしれないが」
おばあさんは、俺たちが買ったアイスを一つずつ会計に通しながら続けた。
「それでも、やっぱり楽しかったもんは楽しかったよ。楽しいだけじゃないけれど、その分の辛さもあるけれど、それを全部引っくるめて…あれが青春だったって思っているよ。時間が経ったからそう思えるだけなのかもしれないけどね」
おばあさんは、どこか遠くを見ていた。ここではないどこかを。きっとそれは、もう戻ることのできない青春の日々…なのかもしれないと勝手に推測する。
「懐かしい日々を思い出させてくれてありがとうね。お礼と言ってはだが…君たちの探検で困ってることがあったら何でも聞くよ。年寄りなりにアドバイスできるかもしれんからな」
ありがたいお話だった。探検に必要な資料を集めた後にどんなことをするか、ちょうど3人で頭を悩ませているところだったから。
「俺たち、村に伝わる伝承を村の活性化に繋げられないかっていうテーマで調べてるんです。資料は集まってきたんですけど…いまいちどんな風に探求を広げていくべきかが分からないんです」
おばあさんは笑みを浮かべて答えた。
「いいねぇ、やっぱり若者の考えることは柔軟なもんだ。それで…村の伝承と言うくらいなら、やはり『神社』のことかい?」
「はい。神社の伝承…山の上に位置している神社に守り神が宿っているという伝承です」
この村の山には神社があり、そこには神秘的な力が溢れているとされている。100年程前に書かれた文献には、「守り神は農作物が不作だった年に恵みの雨を降らせた」だとか「守り神に祈った途端、行方不明になっていた子供が戻ってきた」とか、正直に言って手放しに信じることはできないような内容ばかりが書かれている。
「この村において守り神を信仰する人は結構な数いるからねぇ。確かに探検テーマとしては打って付けだ」
そんな会話をしているうちに会計が終わり、3人それぞれでアイスを受け取る。
「それで君たちは…実際に神社に行ってみる気はあるのかい?」
「俺たちも行ってみたいとは思うんですけど、あそこの辺りって立ち入り禁止なんですよ」
一度、3人で山を登って神社の付近まで行ってみたことがある。しかし、ある一定の地点まで行くと、「立ち入り禁止」と無機質に赤い字で書かれた看板が鎮座し、更には黄色いテープも張り巡らされており、とても足を踏み入れられる雰囲気では無かった。
「ほほぉ、最近は規制が強くなっとるのか」
おばあさんは残念そうに目を細めたかと思えば、何か悪いことを思いついたかのように口角を上げた。
「立ち入り禁止の場所に入ってまだ誰も知らない神社の謎を解き明かす…これほどまでの青春も中々無いもんだがね。あ、そうだ。ちょっと待っててな」
明らかに意味深な言葉を残しておばあさんは店の奥へと歩いて行った。しばし沈黙が訪れる。先に口を開いたのは俊道だった。
「…行きたくね?神社」
目をキラキラと輝かせる俊道はさっきとはまるで別人のようだ。
「立ち入り禁止の場所に踏み入れる…まさしく探検じゃない!?」
夢香も滲み出る好奇心を抑えきれずにいる。
「虹輝くんは?」
2人から痛いくらいの期待の眼差しを向けられる。
確かに、立ち入り禁止の場所こそ探検に相応しいし、これぞ青春!というような感じもする。しかし上手くは言い表せないが、ここで踏み出せば後戻りできないような、そんな気がするのだ。
でも待てよ、と思う。
根拠のない不安に囚われていては、いつまでも成長することができないのではないか。そして何よりも…俊道、夢香。この2人と一緒なら、何があっても乗り越えられると、それだけは胸を張って言える。
「俺も、神社に行きたい」
「ほんとに!?なんか悩んでそうだったけど、大丈夫?」
「そりゃあちょっとは心配だけど、俺たち3人一緒なら大丈夫だしな!あと、心配事の9割は起こらないって言うし」
「えへへ、ありがとね虹輝くん」
「虹輝、信じてたぜ」
やがて店の奥からおばあさんが戻ってきた。その手には何やら石のような塊が3つ握られている。
「昔々…私がまだ若かった頃、神社の付近に行ったことがあるのを思い出してな。その時に石を拾ったんじゃ」
おばあさんはレジカウンターにその石らしき物体を置いた。
この世のあらゆる黒よりも深い黒色を持つそれは楕円を帯びていて、中央には窪みがある。確かに、そこら中に無造作に落ちているような石とは訳が違うように思える。
「なんだか、不思議な石だね」
「神社の近くに、5つくらい落ちてたんだよ。こんな黒い石、全くもって見たことがなかったから、ほんの出来心で取ってきたんだが…結局取ってきたまま放置していたんだよ」
これも、所謂守り神が関係してるのだろうか…と思うが、このままでは神社付近で起こった事象を全て伝承に結びつける癖がついてしまいそうだ。
「君たちが神社について調べてるのも何かの縁だ。この石、持っていくといい」
「良いんですか?貴重な石なんじゃ…」
「石は5つ落ちてたと言ったじゃろ?君たちに3つあげても、まだ2つ余っとるからな!」
そう言ってガハハと笑うおばあさん。
「あぁそうだ、石に気を取られてアイスを忘れちゃいないだろうね?この暑さだから、早く食べないと溶けちまうよ」
図星。アイスを目的として簡薙商店に来たというのに、すっかりアイスのことを忘れてしまっていた。
「すぐ食べます!ありがとうございました!」
3人でお礼を言って店を出る。店の脇にちょうど木陰のベンチがあったのでありがたくそこを使わせてもらう。
「乾いた体に、染み渡る…」
驚くほどの速さでアイスを開封したらしい俊道は、既にバニラアイスにかぶりついていた。
「としみー、速くない!?私も食べる!」
「俺も食べよ」
簡薙商店の周りは一面が田んぼで囲まれており、絵に描いたような田舎だ。空を見上げれば吸い込まれそうな水色、目線を少し下げれば生命力溢れる淡緑色が目に映り、日光をある程度遮ると涼しげな風が体を優しく撫でる。
そんな自然に囲まれながらアイスを食べることにより、体が瞬く間に癒やされていくのを感じる。
「夏っていいねぇ」
夢香が空を見上げながら呟く。
「ほんとだな」
この先、1人の少女の手によって僕らの夏がもっと色濃いものになるということを、この時の僕らはまだ知らなかった。


