追憶の夏・I 〜君との心象風景〜

 固い地面の感触で目が覚めた。固いだけではない。無機質的な冷たささえも感じられた。
 全身に鉛を付けたように重い体をやっとの思いで起き上がらせる。私の目の前には暗黒が広がっていた。
「…未来に帰ってこれた?」
「そうみたいだな」
 不意に声のした方を見ると剛が座り込んでいた。
「随分と久しぶりに見たね、太陽が昇らない村」
「平和だった過去を見てから戻ってくると…やはり堪えるな」
 太陽が昇らなければ風も吹かない。村人は絶望に打ちひしがれてほとんどが姿を消した。
 ひび割れた道路、荒れ果てた田んぼ、点在する廃墟、俯いたまま何も喋らない村人…過去の世界で見た簡薙村からは想像もつかないような殺風景。
 やはりこんな未来、二度と訪れてはならないんだ。

 どうやら消滅するまでにはまだ時間があるようで、まだ体を起こして歩き出すことができた。
 剛の家まで行き、一連のタイムリープについての手記を残すことにした。剛からできる限り質の良い紙を貰って、少しでも遠い未来に手記が残るように丁寧な字で綴る。
 タイムリープに行きついた経緯、タイムリープの手法、舞い戻った過去の村でどんなことをしたのか、どうやって未来を変えるのか、そして…自分らが消滅する直前に何を思ったのか。以前の手記は筆者が書いている途中で消滅してしまったため、私たちはそんなことが無いように少し急ぎ目に書く。
 書きながら考える。
 人生ではやはり幸せな時間よりも不幸な時間の方が長い。私も最後の時間軸で虹輝たちと出会ってからは楽しかったけれど、それ以外の部分ではひたすら村の崩壊のことに思考を占領されてしまい正直息苦しかった。
 じゃあどうして寄る辺ない不幸ばかりが目立つ人生を人は生きていられるのか。それはやはり、人との繋がりがあるからではないだろうか。喜びを分かち合うことも苦しみを共有しあうことも他人が居なければできない。そして大切な人との思い出は自分の心に残って、揺るぎない支えになってくれる。温かな光を灯してくれる。
 この先の未来で心が折れて歩けなくなった時、私たちは楽しかった過去の日々に思いを馳せるだろう。あの日過ごした、二度と戻ることの無い一瞬一瞬の煌めきを思い出して少しだけ前向きな気持ちになれることだってあるかもしれない。そうやってまた少しずつ未来に向かって歩き始める。
 そんな人生の中で、私は本当に生きた証を残せただろうか。

 そして私は彼のことを想った。私は君の中の温かな思い出になれただろうか。君の心が砕けそうになった時、私はあなたの支えになれるでしょうか。もしそうなれているのだったら、私はもう後悔は無い。だって最期の瞬間に君から愛を伝えられて、胸が張り裂けそうなくらい嬉しかったのだから。
 君の…虹輝の未来に、少しでも多くの幸せが生まれますように。

 30分ほどで手記は書き終わった。粗方書く内容を決めていたおかげだ。手記を折り曲げて防腐剤と共に瓶の中に入れる。一連の作業が全て終わり外へ出た瞬間、使命は終わったと言わんばかりに私たちは床に倒れこんだ。
 剛の体が光を発している。人生の最期を悟る。
「…これで終わりかぁ」
「なぁ時音、何か感じないか?」
「私たち体が光り始めてる」
「いやそうじゃなくて…頬に冷たい空気が当たる感触が無いか?」
「本当だ」
「これはまさか…風なのか?崩壊した村に風が吹き始めているのか!?」
 間違いない。過去の世界で久々に風に当たった感覚と似ている。崩壊した村に風が吹き始めているということは…未来を変えた影響がこちらにも出始めている!
 風はまばらに吹き、私の前髪を揺らした。
「消える直前に未来が変わる瞬間に立ち会えるとはな。これで安心して消えていける」
 すると私たちの体を覆う光が強まる。
「光が強くなった…!」
「俺たちの光も強くなったが…周りも明るくなってきていないか?」
「え、嘘!」
 空を見上げると、先程までどこまでも続く暗闇だったはずの空がほんの僅かに明るくなっている。
「太陽が昇っている。夜明けが近いな」
 山々の隙間から陽光が僅かに顔を出している。これも過去の村で見た太陽そのものだ。
「消える前にこの村に太陽が昇るのを見れるなんて…!」
「村が崩壊したあの瞬間から追い求め続けた景色だな」
 陽光は徐々に輝きを強め…やがて太陽が山の陰から顔を出す。村を覆っていた果てしなく長い夜は、この瞬間に明けたのだ。
「時音」
 最後の力を振り絞り剛の方を向く。
「今までありがとう。オレが自分の人生に意味を見いだせたのは…時音のおかげだ」
「剛…!」
 その言葉を最後に剛の体は光と共に消滅した。
 剛が居なかったら私は未来なんて変えられなかった。感謝しているのはこっちの方だよ…。


 体の光が強まりながら、手足の感覚も徐々に無くなっていく。持ってあと30秒。きっと私も剛と同じ場所へ還る。最期に私は、神社に向けて1つだけ祈った。この神社は私たちの命を簡単に消すくらいだ。私の祈りも少しくらい聞いてくれるだろう。
 淡くて脆くて、それでも私の中で綺羅星のように輝き続ける追憶の夏に思いを馳せて、私は心の中で唱える。

 虹輝の未来が明るくありますように。

 消えゆく意識の中で、私はそれを祈り続けた。