大地が強く揺れている感覚があった。
最近は村で災害が起きる夢をよく見る。不吉と言ったらありゃしない。また今回も同じ類の夢だろう。
机上のテーブルミラーが落下して割れた音がした。やけにリアルな音がしたが、きっとこれも夢だろう。
揺れが収まったかと思えば、じいちゃんの声が聞こえてきた。「怪我は無いか?」と。きっとこれも…。
いや、夢ではない。現実だ。急いで起き上がり、部屋の明かりをつける。じいちゃんがそこにいた。
「じいちゃん、今の地震って…」
「あぁ、結構強い揺れだったから儂も起きてしまったわい。とりあえず怪我はなさそうだな」
寝起きの鈍い頭で状況を整理する。霊灯祭の片づけ作業を終えてみんなと解散した。その後いつものように自分の部屋へと戻り、疲労に身を任せてそのまますぐに寝た。村で地震が起きる夢を見たかと思ったら、実際に村で大きな地震が起きていた。
そこまで考えて急速に意識が覚醒する。神社の不思議な力のせいで俺は村が崩壊する過程らしきものを予知夢で見るようになった。しかし今のは紛れもない現実だ。予知夢はもう現実になりかけているのではないか?
すると、じいちゃんの口から衝撃の事実が放たれた。
「昨日も村の南の方で原因不明の地盤沈下が起こったらしい。幸い霊灯祭の中心部とは反対側だったから被害は特に無かったけどな」
心臓が一気に早鐘を打つ。原因不明の災害がここにきて連続で起きている。予感は段々と確信に変わりつつあった。
「…じいちゃんも、怪我は無い?」
「儂は大丈夫だ。これくらいの地震じゃ狼狽えないわ。だが夜中に起きる羽目になったからちょっとまだ眠いな」
「それは良かった。部屋の片づけは俺がやっとくから。おやすみ」
「おやすみなさい」
今すぐ、時音と柴戸に会いたい。村で何が起こっているのか知りたい。少々危険だとは思うが、明日の早朝に山へ向かおう。今の俺にはそれしかできない。
結局回りだした思考は簡単には止まってくれなくて、俺は一睡もしないまま朝を迎えた。
じいちゃんに友達の様子を見てくるとだけ言って家を出た。現在時刻は午前7時。普通なら人の家を訪ねるには不適切な時間だが、もはやそんなことを言ってられない事態だと本能的に感じ取っていた。
見慣れた山道を一人で進む。時折上の方にも視線を向け、土砂崩れが来ないか確認する。朝方とはいえ、何が起こるか分からない山の中は気味が悪い。
恐怖心に打ち勝って中腹まで登り、神社を横切って時音たちの住処へと向かう。
5分ほど歩くと例の小屋が見えた。
「え、虹輝!?」
たまたま外に出ていたらしい時音が俺のことを見つけて驚愕の声を上げた。
「ごめん、夜中の地震が気になって来ちゃった。教えてほしいんだ。やっぱり昨日の地震は…村の崩壊と関係があるの?」
時音は肯定も否定もせずに、ただ一言。
「ちょうどよかった。中に入りなよ」
小屋の中に入り時音の部屋へお邪魔すると、柴戸が床に座っていた。
「藤高?まさかこんな朝早く来るとはな」
「虹輝が今来てくれたのはめちゃくちゃありがたくない?」
「そうかもな。探す手間が少し省ける」
二人の間では既に今日何をやるのかが決まっているらしい。
「虹輝。とりあえずこの資料を読んでおいてもらえる?」
そう言って時音が渡してきたのは、古びた紙の束だった。
「前に見せた神社についての資料の続きで、実際にタイムリープして村の未来を変えようとした先人の手記」
初めて神社の秘密を打ち明けられた時や村の崩壊について説明する時に資料を見せてもらった記憶がある。あれの続きがこの中に。
恐怖心と好奇心の狭間で揺れながら、紙束に目を通した。
参 タイムリープにおける過去改変
タイムリープし、村内の由緒ある橋が取り壊される未来を変えようと思い立った。神社の付近で黒い時空石を使い、戻りたい過去を強く夢想した。一瞬視界が歪み強烈な眩暈と不快感に襲われたが、その症状が落ち着いた頃には周りの雰囲気が変わっていた。山から下り、日付を確認するとちょうどやり直したいと願っていた15年前の日に戻っていた。
そこから私は細かな時間遡行を繰り返し、橋が取り壊されることの無い村を目指し続けた。そして遂に村の議会で橋の取り壊しが取りやめになったという情報を手に入れた。
思ったよりも時間はかからなかった。後はこの未来を確定させた上で元の時代に帰らなければならない。
調査団によって編み出された未来を確定させる方法をここに記しておく。
まず、細かなタイムリープも含めて訪れた全ての時間軸において神社付近に落ちている時空石を拾っておかなければならない。確定させたい時間軸で神社の社の中へ入り、集めた時空石を一つも欠かすことなく奉納する。これにより未来は変わる。未来が変わったことが確定すると時空石は独特の光を放ち、守り神からのお告げが聞こえるようになる。後は元居た時代を強く思えば、元の時代に変えることができる。
この手順を完全になぞった結果、私は歴史を変えた状態で未来に変えることができた…
ここで資料は途切れていた。不自然にここから先が破られている。誰かが故意に破ったのか経年劣化によって破れてしまったのかの判別はつかなかった。
石が光るだのお告げが聞こえるだの胡散臭い内容もあるが…今はこれを信じるしかないのだろう。
「…なるほど。過去改変を終わらせるためには神社の中に石を収める必要があるのか。その時空石は持ってるの?」
「そう、そこが問題なの」
時空石と言えば、時音から一度説明を受けた記憶がある。タイムリープに必要なのだと。
「私たちは今までの時間軸で欠かさず時空石を集めてきたんだけど、最後のこの時間軸で時空石が見つからなくて困っているんだ」
「え、それはまずくないか」
「昨日の地震や近頃の村の雰囲気を見るに、村はオレたちが変えつつある未来を無視して今急速に崩壊に向けて進み始めている。一刻も早く神社に石を奉納しなければならないのだが…一向に時空石が見つからない」
「…分かった。俺も探すの手伝うよ」
やはり俺の嫌な予感は当たっていたようで、夜中の地震は崩壊と関係あったようだ。そうなれば本当に一刻を争う事態なのだろう。
「山の外にある可能性は?」
「山を探して見つけられないから十分にあり得るな。誰かが拾って持って帰ったか、野生動物が持って行ったか」
「虹輝、私たちと出会う前に真っ黒な石を見かけた経験とか無い?」
「うーん、そう言われてもなぁ」
時音と出会う前後のことをできる限り思い出してみる。一度山に登ったがその時に時空石は落ちていただろうか…ダメだ。思い出せない。
「明らかに異質な石だから、知らない誰かが拾った可能性も十分にあるのが厄介だ」
誰かが拾った可能性。
「…待てよ?」
一瞬、記憶の奥に重大な手がかりがあるような気がした。探検が始まってからの2か月半で、俺は黒い石を見たことがあるんじゃないか?
「何か心当たりがあるのか?」
「些細な事でもいいから教えてほしいな」
目を瞑って記憶を手繰り寄せる。どこだ、どのタイミングだ。
探検活動の始まり。じいちゃん家への挨拶。俊道家での作業。簡薙商店での買い物。店のおばあちゃんとの会話…。
ー昔々…私がまだ若かった頃、神社の付近に行ったことがあるのを思い出してな。その時に石を拾ったんじゃ。
「これだ」
二人に事情を説明した後、俺は一目散に山を駆け下りた。
探検活動が始まって間もない頃、俺たちは簡薙商店のおばあちゃんと雑談をした。その時に、神社の近くで拾ったという黒い石を貰ったことを思い出した。
何気なく貰ったあの石がまさか村の命運を左右する石だったなんてあの頃は思いもしなかった。
家に戻り部屋の扉を勢いよく開け、机上の棚を開ける。
俺の想定通り、深い黒で覆われた石があった。棚の中に大事に取っておいて大正解だった。一気に胸が高まる。
それからすぐに来た道を引き返し、再び山へ向かった。息切れが止まらなかったが、お構いなしに俺は山を登った。
「はぁっ…はぁっ…。この石が時空石?」
時音たちの元へ戻り、石を見せる。
「これだよ虹輝!すごい、本当に見つかるなんて!!」
「この時間軸では簡薙商店のおばさんが時空石を持って行ってしまっていたということか。危なかったな」
時空石を二人に渡す。後は神社の中に行って石を奉納するだけだ。
「後は神社に行くだけだけど…せっかくだし虹輝にも付いてきて欲しいな。良いよね?剛?」
「多少危険ではあるが…ここまで来て藤高を置いていくわけにも行かないしな。頼む藤高。一緒に来てくれ」
いよいよあの神社の内部にまで入ることになる。恐怖は拭えないが、二人が一緒なら乗り越えられる気がした。
「分かった。村が崩壊する未来を止めよう」
神社へ向かう道半ば。鼻先に冷たさを感じた。
「…雨?」
「そうみたいだね。ちょっと急ごうか」
雨は指数関数的に強くなってきた。まさかこれも崩壊の兆しなのだろうか。否定はできないところが恐ろしいと思った。
膝元に、山道に反射する雨粒の感触を感じながら小走りで移動する。間もなくして神社の前にたどり着いた。
「…開けるよ」
時音が神社の扉に手をかけ、左右に勢いよく開く。木製で重厚感のある扉が開くと、中からただならぬ空気が漏れ出してきた。
「っ!何だこの感覚は…」
この空間には間違いなく”何か”が宿っている。ここに入ってはならないと本能的に感じ取る。全身の細胞がこの空間を拒絶している感覚に陥った。
「元の時代で神社に入ったことはあるが、これほどの圧は感じなかった。おそらくこれが”守護の力”なんだろう」
「でも、入るしかないよね。行こう」
怖気付かずに立ち向かおうとする時音の姿を見たからこそ、俺も中に入る勇気を出せたのかもしれない。俺は柴戸と共に時音の後に続いていく。
床がギシギシ軋む音、古びた木の匂い、学校の教室一部屋分くらいの内装、壁に無機質に貼られたお札、中央に鎮座する禍々しい金色の仏像…。良かった、俺の五感はまだ麻痺していない。
「あの金色の像は何?」
「あれは…大昔の村人が作ったとされている、村の守り神の偶像だ」
「でも、その割には新品みたいに輝いてない?」
「それはオレにも分からないが…本当に不思議な力が付いているのかもな。ちょうどいい。石を捧げる絶好の場所だな」
中央の仏像に近づく。確かに、仏像のすぐ手前にある台座に時空石を収めることのできそうな大きな窪みがある。時音が、袋に入れていた時空石を一つずつ取り出す。
「遂に…終わるんだね」
石を取り出しながら、時音は感傷に浸った声で言った。
「ここまで長かったな。きっと未来の村では、当たり前のように太陽が昇り風が吹くようになるだろう。オレたちがずっと望んできた、理想の世界だ」
時音が取り出した石の数を数えてみる。1、2、3…8個だ。訪れた全ての時間軸で時空石を回収する必要があると聞いた。つまり、こことは別の時代で少なくとも7回は村の未来を変えるために動いているということになる。俺には全く想像もできないほどの果てしない時間旅行だ。
「よし、台座に並べようか」
俺は願う。ここまで苦労してきた時音と柴戸が、どうか未来世界で報われますように。
そして時音。きっとそこに俺は居られない。もう一緒に山を登ることも屋台を回ることも川沿いに寝そべって花火を見ることもできない。それがどうしようもなく悲しいけれど…その分未来で、人並みの、いや、それ以上の幸せを掴んでください。
「…さぁ、並べ終えたね」
「時空石が光を放てば成功なのだが」
何も起きない。背中にじっとりと嫌な汗が流れ始める。俺は思わず尋ねる。
「どうして何も起きないの?」
「分からない。手順は完璧に追ったはずだけど」
次の瞬間、俺たちは不自然に浮遊感を覚えた。
大地が強く揺れていることを認識するのに、そう時間はかからなかった。
俺たちは態勢を崩し、足元に倒れこむ。ぐわんぐわんと動く。これほどの揺れを経験するのは初めてだ。
「じ、時空石が!」
台座上の時空石も揺れに伴って床に零れる。
「この揺れの大きさ…まさか間に合わなかったというのか!?」
「剛落ち着いて!石をもう一回納めよう!」
「お、俺も…拾わなきゃ…」
一向に収まることの無い揺れに何とか対抗しながら、床に散らばった時空石を拾う。
「よし、もう一回納めよう」
揺れに吹き飛ばされないように台座にしがみつきながら、拾った石を窪みに戻す。
「これで、最後だ」
時音が最後の石を窪みに納めた瞬間。
まるで停電したのかと錯覚するくらいの一瞬で。
俺の意識は消えた。
最近は村で災害が起きる夢をよく見る。不吉と言ったらありゃしない。また今回も同じ類の夢だろう。
机上のテーブルミラーが落下して割れた音がした。やけにリアルな音がしたが、きっとこれも夢だろう。
揺れが収まったかと思えば、じいちゃんの声が聞こえてきた。「怪我は無いか?」と。きっとこれも…。
いや、夢ではない。現実だ。急いで起き上がり、部屋の明かりをつける。じいちゃんがそこにいた。
「じいちゃん、今の地震って…」
「あぁ、結構強い揺れだったから儂も起きてしまったわい。とりあえず怪我はなさそうだな」
寝起きの鈍い頭で状況を整理する。霊灯祭の片づけ作業を終えてみんなと解散した。その後いつものように自分の部屋へと戻り、疲労に身を任せてそのまますぐに寝た。村で地震が起きる夢を見たかと思ったら、実際に村で大きな地震が起きていた。
そこまで考えて急速に意識が覚醒する。神社の不思議な力のせいで俺は村が崩壊する過程らしきものを予知夢で見るようになった。しかし今のは紛れもない現実だ。予知夢はもう現実になりかけているのではないか?
すると、じいちゃんの口から衝撃の事実が放たれた。
「昨日も村の南の方で原因不明の地盤沈下が起こったらしい。幸い霊灯祭の中心部とは反対側だったから被害は特に無かったけどな」
心臓が一気に早鐘を打つ。原因不明の災害がここにきて連続で起きている。予感は段々と確信に変わりつつあった。
「…じいちゃんも、怪我は無い?」
「儂は大丈夫だ。これくらいの地震じゃ狼狽えないわ。だが夜中に起きる羽目になったからちょっとまだ眠いな」
「それは良かった。部屋の片づけは俺がやっとくから。おやすみ」
「おやすみなさい」
今すぐ、時音と柴戸に会いたい。村で何が起こっているのか知りたい。少々危険だとは思うが、明日の早朝に山へ向かおう。今の俺にはそれしかできない。
結局回りだした思考は簡単には止まってくれなくて、俺は一睡もしないまま朝を迎えた。
じいちゃんに友達の様子を見てくるとだけ言って家を出た。現在時刻は午前7時。普通なら人の家を訪ねるには不適切な時間だが、もはやそんなことを言ってられない事態だと本能的に感じ取っていた。
見慣れた山道を一人で進む。時折上の方にも視線を向け、土砂崩れが来ないか確認する。朝方とはいえ、何が起こるか分からない山の中は気味が悪い。
恐怖心に打ち勝って中腹まで登り、神社を横切って時音たちの住処へと向かう。
5分ほど歩くと例の小屋が見えた。
「え、虹輝!?」
たまたま外に出ていたらしい時音が俺のことを見つけて驚愕の声を上げた。
「ごめん、夜中の地震が気になって来ちゃった。教えてほしいんだ。やっぱり昨日の地震は…村の崩壊と関係があるの?」
時音は肯定も否定もせずに、ただ一言。
「ちょうどよかった。中に入りなよ」
小屋の中に入り時音の部屋へお邪魔すると、柴戸が床に座っていた。
「藤高?まさかこんな朝早く来るとはな」
「虹輝が今来てくれたのはめちゃくちゃありがたくない?」
「そうかもな。探す手間が少し省ける」
二人の間では既に今日何をやるのかが決まっているらしい。
「虹輝。とりあえずこの資料を読んでおいてもらえる?」
そう言って時音が渡してきたのは、古びた紙の束だった。
「前に見せた神社についての資料の続きで、実際にタイムリープして村の未来を変えようとした先人の手記」
初めて神社の秘密を打ち明けられた時や村の崩壊について説明する時に資料を見せてもらった記憶がある。あれの続きがこの中に。
恐怖心と好奇心の狭間で揺れながら、紙束に目を通した。
参 タイムリープにおける過去改変
タイムリープし、村内の由緒ある橋が取り壊される未来を変えようと思い立った。神社の付近で黒い時空石を使い、戻りたい過去を強く夢想した。一瞬視界が歪み強烈な眩暈と不快感に襲われたが、その症状が落ち着いた頃には周りの雰囲気が変わっていた。山から下り、日付を確認するとちょうどやり直したいと願っていた15年前の日に戻っていた。
そこから私は細かな時間遡行を繰り返し、橋が取り壊されることの無い村を目指し続けた。そして遂に村の議会で橋の取り壊しが取りやめになったという情報を手に入れた。
思ったよりも時間はかからなかった。後はこの未来を確定させた上で元の時代に帰らなければならない。
調査団によって編み出された未来を確定させる方法をここに記しておく。
まず、細かなタイムリープも含めて訪れた全ての時間軸において神社付近に落ちている時空石を拾っておかなければならない。確定させたい時間軸で神社の社の中へ入り、集めた時空石を一つも欠かすことなく奉納する。これにより未来は変わる。未来が変わったことが確定すると時空石は独特の光を放ち、守り神からのお告げが聞こえるようになる。後は元居た時代を強く思えば、元の時代に変えることができる。
この手順を完全になぞった結果、私は歴史を変えた状態で未来に変えることができた…
ここで資料は途切れていた。不自然にここから先が破られている。誰かが故意に破ったのか経年劣化によって破れてしまったのかの判別はつかなかった。
石が光るだのお告げが聞こえるだの胡散臭い内容もあるが…今はこれを信じるしかないのだろう。
「…なるほど。過去改変を終わらせるためには神社の中に石を収める必要があるのか。その時空石は持ってるの?」
「そう、そこが問題なの」
時空石と言えば、時音から一度説明を受けた記憶がある。タイムリープに必要なのだと。
「私たちは今までの時間軸で欠かさず時空石を集めてきたんだけど、最後のこの時間軸で時空石が見つからなくて困っているんだ」
「え、それはまずくないか」
「昨日の地震や近頃の村の雰囲気を見るに、村はオレたちが変えつつある未来を無視して今急速に崩壊に向けて進み始めている。一刻も早く神社に石を奉納しなければならないのだが…一向に時空石が見つからない」
「…分かった。俺も探すの手伝うよ」
やはり俺の嫌な予感は当たっていたようで、夜中の地震は崩壊と関係あったようだ。そうなれば本当に一刻を争う事態なのだろう。
「山の外にある可能性は?」
「山を探して見つけられないから十分にあり得るな。誰かが拾って持って帰ったか、野生動物が持って行ったか」
「虹輝、私たちと出会う前に真っ黒な石を見かけた経験とか無い?」
「うーん、そう言われてもなぁ」
時音と出会う前後のことをできる限り思い出してみる。一度山に登ったがその時に時空石は落ちていただろうか…ダメだ。思い出せない。
「明らかに異質な石だから、知らない誰かが拾った可能性も十分にあるのが厄介だ」
誰かが拾った可能性。
「…待てよ?」
一瞬、記憶の奥に重大な手がかりがあるような気がした。探検が始まってからの2か月半で、俺は黒い石を見たことがあるんじゃないか?
「何か心当たりがあるのか?」
「些細な事でもいいから教えてほしいな」
目を瞑って記憶を手繰り寄せる。どこだ、どのタイミングだ。
探検活動の始まり。じいちゃん家への挨拶。俊道家での作業。簡薙商店での買い物。店のおばあちゃんとの会話…。
ー昔々…私がまだ若かった頃、神社の付近に行ったことがあるのを思い出してな。その時に石を拾ったんじゃ。
「これだ」
二人に事情を説明した後、俺は一目散に山を駆け下りた。
探検活動が始まって間もない頃、俺たちは簡薙商店のおばあちゃんと雑談をした。その時に、神社の近くで拾ったという黒い石を貰ったことを思い出した。
何気なく貰ったあの石がまさか村の命運を左右する石だったなんてあの頃は思いもしなかった。
家に戻り部屋の扉を勢いよく開け、机上の棚を開ける。
俺の想定通り、深い黒で覆われた石があった。棚の中に大事に取っておいて大正解だった。一気に胸が高まる。
それからすぐに来た道を引き返し、再び山へ向かった。息切れが止まらなかったが、お構いなしに俺は山を登った。
「はぁっ…はぁっ…。この石が時空石?」
時音たちの元へ戻り、石を見せる。
「これだよ虹輝!すごい、本当に見つかるなんて!!」
「この時間軸では簡薙商店のおばさんが時空石を持って行ってしまっていたということか。危なかったな」
時空石を二人に渡す。後は神社の中に行って石を奉納するだけだ。
「後は神社に行くだけだけど…せっかくだし虹輝にも付いてきて欲しいな。良いよね?剛?」
「多少危険ではあるが…ここまで来て藤高を置いていくわけにも行かないしな。頼む藤高。一緒に来てくれ」
いよいよあの神社の内部にまで入ることになる。恐怖は拭えないが、二人が一緒なら乗り越えられる気がした。
「分かった。村が崩壊する未来を止めよう」
神社へ向かう道半ば。鼻先に冷たさを感じた。
「…雨?」
「そうみたいだね。ちょっと急ごうか」
雨は指数関数的に強くなってきた。まさかこれも崩壊の兆しなのだろうか。否定はできないところが恐ろしいと思った。
膝元に、山道に反射する雨粒の感触を感じながら小走りで移動する。間もなくして神社の前にたどり着いた。
「…開けるよ」
時音が神社の扉に手をかけ、左右に勢いよく開く。木製で重厚感のある扉が開くと、中からただならぬ空気が漏れ出してきた。
「っ!何だこの感覚は…」
この空間には間違いなく”何か”が宿っている。ここに入ってはならないと本能的に感じ取る。全身の細胞がこの空間を拒絶している感覚に陥った。
「元の時代で神社に入ったことはあるが、これほどの圧は感じなかった。おそらくこれが”守護の力”なんだろう」
「でも、入るしかないよね。行こう」
怖気付かずに立ち向かおうとする時音の姿を見たからこそ、俺も中に入る勇気を出せたのかもしれない。俺は柴戸と共に時音の後に続いていく。
床がギシギシ軋む音、古びた木の匂い、学校の教室一部屋分くらいの内装、壁に無機質に貼られたお札、中央に鎮座する禍々しい金色の仏像…。良かった、俺の五感はまだ麻痺していない。
「あの金色の像は何?」
「あれは…大昔の村人が作ったとされている、村の守り神の偶像だ」
「でも、その割には新品みたいに輝いてない?」
「それはオレにも分からないが…本当に不思議な力が付いているのかもな。ちょうどいい。石を捧げる絶好の場所だな」
中央の仏像に近づく。確かに、仏像のすぐ手前にある台座に時空石を収めることのできそうな大きな窪みがある。時音が、袋に入れていた時空石を一つずつ取り出す。
「遂に…終わるんだね」
石を取り出しながら、時音は感傷に浸った声で言った。
「ここまで長かったな。きっと未来の村では、当たり前のように太陽が昇り風が吹くようになるだろう。オレたちがずっと望んできた、理想の世界だ」
時音が取り出した石の数を数えてみる。1、2、3…8個だ。訪れた全ての時間軸で時空石を回収する必要があると聞いた。つまり、こことは別の時代で少なくとも7回は村の未来を変えるために動いているということになる。俺には全く想像もできないほどの果てしない時間旅行だ。
「よし、台座に並べようか」
俺は願う。ここまで苦労してきた時音と柴戸が、どうか未来世界で報われますように。
そして時音。きっとそこに俺は居られない。もう一緒に山を登ることも屋台を回ることも川沿いに寝そべって花火を見ることもできない。それがどうしようもなく悲しいけれど…その分未来で、人並みの、いや、それ以上の幸せを掴んでください。
「…さぁ、並べ終えたね」
「時空石が光を放てば成功なのだが」
何も起きない。背中にじっとりと嫌な汗が流れ始める。俺は思わず尋ねる。
「どうして何も起きないの?」
「分からない。手順は完璧に追ったはずだけど」
次の瞬間、俺たちは不自然に浮遊感を覚えた。
大地が強く揺れていることを認識するのに、そう時間はかからなかった。
俺たちは態勢を崩し、足元に倒れこむ。ぐわんぐわんと動く。これほどの揺れを経験するのは初めてだ。
「じ、時空石が!」
台座上の時空石も揺れに伴って床に零れる。
「この揺れの大きさ…まさか間に合わなかったというのか!?」
「剛落ち着いて!石をもう一回納めよう!」
「お、俺も…拾わなきゃ…」
一向に収まることの無い揺れに何とか対抗しながら、床に散らばった時空石を拾う。
「よし、もう一回納めよう」
揺れに吹き飛ばされないように台座にしがみつきながら、拾った石を窪みに戻す。
「これで、最後だ」
時音が最後の石を窪みに納めた瞬間。
まるで停電したのかと錯覚するくらいの一瞬で。
俺の意識は消えた。



