8月14日、午前。
この日は、簡薙村で行われるイベントの中でも1位2位を争うほどの大規模イベント、霊灯祭が行われる。お盆の時期に合わせて、遠い過去に簡薙村を支えてくれた先祖たちの霊を迎える夏祭りである。毎年、村の中心部では提灯や灯篭といった飾り付けが成され、屋台も大量に出店される。村の外からも観光客が訪れ、村は大きな活気に包まれる。とはいっても、近年は屋台の減少や観光客の著しい減少が見られているらしい。
そんな祭りの前に、俺たちは俊道の家に集まっていた。
「…みんな集まってくれてありがとね」
「良いってことよ、としみー」
俊道の母親は村の外で料亭を営んでいて、霊灯祭では例年焼きそばの屋台を出している。しかし料亭のスタッフが体調不良により欠員しており、このままでは屋台運営が厳しいということで俺たちが借り出されたというわけだ。
俊道から相談を受けたとき、以外にも夢香も時音もやる気に満ちていた。夏祭りの屋台の手伝いという非日常に溢れた体験に、俺たちは心を躍らせていたのかもしれない。ちなみに柴戸はまだ俊道たちの前には現れるつもりは無いらしく、誘ったが断られてしまった。
「それじゃ早速、テントの組み立て作業をやるみたいだから広場の方に行こうか」
俊道の家を出て、広場へと向かう。ここから広場へは、道路に沿って10分ほど歩くと着く。
幸いにも、今朝はまだそれほど気温が上がっておらず、半袖シャツ1枚で心地よく過ごせる気温だった。
「時音ちゃんは、霊灯祭見るの初めてだよね?」
そうか、夢香たちは時音の正体を知らないのだった。4人で探検活動を進め、こうして祭りの手伝いまでしているのに俺らの間で時音の認識に齟齬があるということに、少しだけ複雑な気持ちを覚えた。
「実は小さい頃に、何回か遊びに来たことあるんだ~。りんご飴とかチョコバナナとか美味しかったよ」
「なるほど~…って、食べ物のことばっかじゃん!」
そんな会話を交わしながらあぜ道を歩いていると、広場が見えてきた。
「あらこんにちは。突然のお願いになっちゃって本当に申し訳ないけれど、今日はよろしくね」
広場に着くなり、俊道の母親の森山冴子さんに出迎えられた。今日はよろしくお願いしますと口々に挨拶をする。
屋台のテントを設営するために、いくつかの支柱やテーブルを運ぶ。
「あなた、転校生だったっけ?祭りの手伝いをしてくれるなんて偉いわねぇ」
「はい、転校生です!昔霊灯祭に来たことがあって、いつか手伝ってみたいなって思ってたんです」
作業をしていると、祭りの実行委員の腕章を付けた大人たちに声を掛けられている時音が目に入った。
何やら話が盛り上がっているようで、時音と話している大人たちは皆笑顔を浮かべていた。時音のコミュニケーション能力を羨ましく思うと同時に、イベント事における村人との温かい交流は、田舎の大きな特権だなとも思う。
何年先でもこのような景色が色褪せない村。それこそが、時音たちの守りたいものなのだろう。
「虹輝、ボーっとしてないでそれ運んでくれよ…」
「あ、ごめんごめん」
本格的に暑くなるまでに力仕事は粗方終えておきたい。俺たちは、作業の続きへと戻った。
「ふぅーっ、設営完了!」
大人も子供もみんなで協力した結果、テントの設営などの下準備が全て終わった。時計の針はちょうど12時を回ろうとしていた。
達成感に浸る俺たちに、冴子さんが声を掛けてくれた。
「みんな、協力してくれてありがとう。夕方17時までは自由にしてて大丈夫だからね」
「良いんですか?焼きそばの材料の用意とかあるんじゃ…」
「そこは私たちでどうにかなるから。高校生の皆はゆっくり休んでおいて!」
「「ありがとうございます!!」」
昼時の仕事を終え、幸運にも夕方までは自由時間となった。
夢香は家で浴衣に着替えたいらしく時音も何やらやりたいことがあると言うので、そこからは一旦解散することになった。時音が一体何をやろうとしているのかこっそり聞くと、
「暑い中山で作業している剛の手伝いに行こうと思ってる。今日はちょっと剛と話すことがあるから、虹輝は休んでて大丈夫だよ」
とのことだった。柴戸と何を話すのか気にならないと言えば嘘になるが、深く詮索するのは何だか気が引けた。好奇心をぐっと堪え、俺もひとまずじいちゃんの家へと帰った。
「ただいまー」
「おう、祭りの手伝いやるんだってな?頑張るんだぞ!」
じいちゃんは居間で麦茶を飲みながらテレビで甲子園の中継を見ていた。祭りの手伝いのことはまだ言ってなかったのだが、田舎特有の情報網により既に知っていたらしい。
「霊灯祭の言い伝え、虹輝は知っとるか?」
不意に飛んできた声に足を止める。
「…言い伝え?」
「祭りの期間中は、山の中の神社に近づいてはならない」
じいちゃんは、まるで教師の言葉を復唱する子どものように言った。神社、という単語に胸がざわついたのは言うまでもない。
「それまたどうして?」
「霊灯祭っていうのはな、その名の通り先祖の霊を村全体で温かく迎える儀式なんだ。神社はその霊が最も集まりやすい場所とされている。生きている人間が近づくのは禁忌だとか何だとか」
「へぇ…そうなんだ」
「故人の霊に会いたい一心で、言い伝えを破って神社に近づく人もいるらしいぞい」
普段でさえあの神社は不思議な力を放っているのだから、こんな祭りでは一体どうなってしまうのか。考えるだけで冷や汗が出てきそうだ。
じいちゃんが続けた。
「故人の霊に会いたい気持ちはわかるけどな…わしだって、ばあさんにもう一回会いたいわい」
じいちゃんは、どこか遠くを見ていた。
1年ほど前に、俺のばあちゃんは他界した。一度話し出すと止まらないような賑やかな人だった。ばあちゃんが亡くなった日、じいちゃんはそこまで塞ぎこんでいるようには見えなかった。だからこそ、1年が経った今じいちゃんの口からばあちゃんの話が出てくることに驚いた。
「…やっぱり、寂しいよね」
気の利いた事を言いたかったのだが、うまく言葉にできなかった。
「寂しくないと言ったら噓になるけどな。でも、ばあちゃんは天国で美味しいものを沢山食べて友達と毎日楽しく暮らしているんだと、そう思い込むことにしたよ。もう会えないなら、せめてわしが知らない場所で幸せになってくれたら嬉しいんだ」
じいちゃんの顔を見て悟る。別れを乗り越えた人の顔だ。人生経験の浅い俺には、その顔が偉大な物に映った。
「なんて言ったが、お前はまだ若いんだ。高校生にしかできないことをうんと楽しめよ!」
「うん、ありがとう」
俺は、ぎこちない笑顔でそう答えた。
そして迎えた夕暮れ時。夕焼けと夜空のグラデーションの中で、カラスが数羽鳴いている。
「じゃじゃーん、浴衣着てきたんだ!」
夢香は淡い水色に水玉模様が描かれた浴衣を着ていた。
「夢香ちゃん可愛い!村のみんなが虜になっちゃう!」
「…先祖の霊も虜にしちゃったりして」
「それは良いことなの…?」
そんな会話を横目に周りを見渡すと、浴衣姿の村人がちらほら見られた。いよいよ村は本格的に祭りの雰囲気に包まれていった。
まずは俺と時音が最初の1時間焼きそば屋台の手伝いをして、その間に夢香と俊道が他の屋台を楽しむ。次の1時間は役割を交代し、残りの時間は焼きそばが売り切れ次第自由に散策といった算段だ。
「じゃあ、最初はよろしくね!」
「…他にどんな屋台があるのか偵察してきてやるから」
「こっちは任せてね、行ってらっしゃーい」
俺と時音は屋台の中に入り冴子さんの指示に従って準備を進める。焼きそばを焼くためにホットプレートを扱うため、屋台の中はそこそこの熱気が充満していた。ここで1時間作業するのは中々骨が折れそうだ。
「いやぁ暑いねぇ。熱中症で倒れてホットプレートに顔をうずめないようにね?」
「流石にそんな醜態は晒さないから…そういう時音も暑さには気をつけよう」
「ふっふーん、任せてよ」
何をどう任せればよいのかわからないが、そんな雑談をしている内に1組目のお客さんが来た。小学生らしき男の子とその父親らしき人。親子で祭りを見に来たようだ。
「やきそばひとつ、ください!」
「はいよー!」
俺が会計担当、時音が焼きそばのパック詰め担当だ。
「400円になりまーす」
できる限り一番の明るい笑顔で応対する。すると男の子はあどけない仕草で100円玉を4枚取り出した。
「おにーちゃん、ありがとう!」
不意に男の子から感謝を伝えられたものだから、一瞬固まってしまった。
「こ、こちらこそありがとう。焼きそば、冷めないうちに食べるんだよ」
「うん!」
時音の方を向くと、時音がニヤニヤしながらこちらを見ていた。当たり前だがお客さんとのやり取りは全部時音や冴子さんに見られているのか。何だか恥ずかしい。
その後も、押し寄せるお客さん一人一人に対し丁寧な接客を心がけた。村で暮らしている顔なじみの人から明らかに都会の方から遠出をして簡薙村までやってきたような人までいた。相手が誰であれ、笑顔になってくれるのはすごく心地が良い。
時間は光の速さで過ぎていき、あっという間に店番を交代する時間が来た。
「よーし、そろそろ休んでもらって大丈夫だよ」
冴子さんからそう言われ、俺と時音は屋台の外へと出る。屋台の中が熱すぎたせいで首回りに汗が垂れているので持参したタオルで拭いとる。
「虹輝お疲れ!何だかあっという間だったね」
「俺も同じこと考えてた。なんであんなに時間すぎるのが早いんだろうな」
「虹輝、何だか楽しそうだったもんね。お客さんと会話するの」
やはり、時音には見抜かれていたようだった。
「あんなに意識して知らない人と話す機会なんてほとんど無かったけど…楽しかったかな」
「私ずっと前に言ったよね、相手を思いやる言葉には言霊が宿っているんだよって。ありがとうって言われたら純粋に嬉しくなるし、実際に話してみなきゃ分からないことだってある。虹輝も、言霊の偉大さを分かってくれたみたいで嬉しいよ」
時音が生きていた未来では、人工知能の発達でこのような言葉を交わす温かな繋がりが消失していくのだと聞いた。そんな未来は、やっぱり味気ないと思う。
「おーい、二人ともお疲れ様!」
この日は、簡薙村で行われるイベントの中でも1位2位を争うほどの大規模イベント、霊灯祭が行われる。お盆の時期に合わせて、遠い過去に簡薙村を支えてくれた先祖たちの霊を迎える夏祭りである。毎年、村の中心部では提灯や灯篭といった飾り付けが成され、屋台も大量に出店される。村の外からも観光客が訪れ、村は大きな活気に包まれる。とはいっても、近年は屋台の減少や観光客の著しい減少が見られているらしい。
そんな祭りの前に、俺たちは俊道の家に集まっていた。
「…みんな集まってくれてありがとね」
「良いってことよ、としみー」
俊道の母親は村の外で料亭を営んでいて、霊灯祭では例年焼きそばの屋台を出している。しかし料亭のスタッフが体調不良により欠員しており、このままでは屋台運営が厳しいということで俺たちが借り出されたというわけだ。
俊道から相談を受けたとき、以外にも夢香も時音もやる気に満ちていた。夏祭りの屋台の手伝いという非日常に溢れた体験に、俺たちは心を躍らせていたのかもしれない。ちなみに柴戸はまだ俊道たちの前には現れるつもりは無いらしく、誘ったが断られてしまった。
「それじゃ早速、テントの組み立て作業をやるみたいだから広場の方に行こうか」
俊道の家を出て、広場へと向かう。ここから広場へは、道路に沿って10分ほど歩くと着く。
幸いにも、今朝はまだそれほど気温が上がっておらず、半袖シャツ1枚で心地よく過ごせる気温だった。
「時音ちゃんは、霊灯祭見るの初めてだよね?」
そうか、夢香たちは時音の正体を知らないのだった。4人で探検活動を進め、こうして祭りの手伝いまでしているのに俺らの間で時音の認識に齟齬があるということに、少しだけ複雑な気持ちを覚えた。
「実は小さい頃に、何回か遊びに来たことあるんだ~。りんご飴とかチョコバナナとか美味しかったよ」
「なるほど~…って、食べ物のことばっかじゃん!」
そんな会話を交わしながらあぜ道を歩いていると、広場が見えてきた。
「あらこんにちは。突然のお願いになっちゃって本当に申し訳ないけれど、今日はよろしくね」
広場に着くなり、俊道の母親の森山冴子さんに出迎えられた。今日はよろしくお願いしますと口々に挨拶をする。
屋台のテントを設営するために、いくつかの支柱やテーブルを運ぶ。
「あなた、転校生だったっけ?祭りの手伝いをしてくれるなんて偉いわねぇ」
「はい、転校生です!昔霊灯祭に来たことがあって、いつか手伝ってみたいなって思ってたんです」
作業をしていると、祭りの実行委員の腕章を付けた大人たちに声を掛けられている時音が目に入った。
何やら話が盛り上がっているようで、時音と話している大人たちは皆笑顔を浮かべていた。時音のコミュニケーション能力を羨ましく思うと同時に、イベント事における村人との温かい交流は、田舎の大きな特権だなとも思う。
何年先でもこのような景色が色褪せない村。それこそが、時音たちの守りたいものなのだろう。
「虹輝、ボーっとしてないでそれ運んでくれよ…」
「あ、ごめんごめん」
本格的に暑くなるまでに力仕事は粗方終えておきたい。俺たちは、作業の続きへと戻った。
「ふぅーっ、設営完了!」
大人も子供もみんなで協力した結果、テントの設営などの下準備が全て終わった。時計の針はちょうど12時を回ろうとしていた。
達成感に浸る俺たちに、冴子さんが声を掛けてくれた。
「みんな、協力してくれてありがとう。夕方17時までは自由にしてて大丈夫だからね」
「良いんですか?焼きそばの材料の用意とかあるんじゃ…」
「そこは私たちでどうにかなるから。高校生の皆はゆっくり休んでおいて!」
「「ありがとうございます!!」」
昼時の仕事を終え、幸運にも夕方までは自由時間となった。
夢香は家で浴衣に着替えたいらしく時音も何やらやりたいことがあると言うので、そこからは一旦解散することになった。時音が一体何をやろうとしているのかこっそり聞くと、
「暑い中山で作業している剛の手伝いに行こうと思ってる。今日はちょっと剛と話すことがあるから、虹輝は休んでて大丈夫だよ」
とのことだった。柴戸と何を話すのか気にならないと言えば嘘になるが、深く詮索するのは何だか気が引けた。好奇心をぐっと堪え、俺もひとまずじいちゃんの家へと帰った。
「ただいまー」
「おう、祭りの手伝いやるんだってな?頑張るんだぞ!」
じいちゃんは居間で麦茶を飲みながらテレビで甲子園の中継を見ていた。祭りの手伝いのことはまだ言ってなかったのだが、田舎特有の情報網により既に知っていたらしい。
「霊灯祭の言い伝え、虹輝は知っとるか?」
不意に飛んできた声に足を止める。
「…言い伝え?」
「祭りの期間中は、山の中の神社に近づいてはならない」
じいちゃんは、まるで教師の言葉を復唱する子どものように言った。神社、という単語に胸がざわついたのは言うまでもない。
「それまたどうして?」
「霊灯祭っていうのはな、その名の通り先祖の霊を村全体で温かく迎える儀式なんだ。神社はその霊が最も集まりやすい場所とされている。生きている人間が近づくのは禁忌だとか何だとか」
「へぇ…そうなんだ」
「故人の霊に会いたい一心で、言い伝えを破って神社に近づく人もいるらしいぞい」
普段でさえあの神社は不思議な力を放っているのだから、こんな祭りでは一体どうなってしまうのか。考えるだけで冷や汗が出てきそうだ。
じいちゃんが続けた。
「故人の霊に会いたい気持ちはわかるけどな…わしだって、ばあさんにもう一回会いたいわい」
じいちゃんは、どこか遠くを見ていた。
1年ほど前に、俺のばあちゃんは他界した。一度話し出すと止まらないような賑やかな人だった。ばあちゃんが亡くなった日、じいちゃんはそこまで塞ぎこんでいるようには見えなかった。だからこそ、1年が経った今じいちゃんの口からばあちゃんの話が出てくることに驚いた。
「…やっぱり、寂しいよね」
気の利いた事を言いたかったのだが、うまく言葉にできなかった。
「寂しくないと言ったら噓になるけどな。でも、ばあちゃんは天国で美味しいものを沢山食べて友達と毎日楽しく暮らしているんだと、そう思い込むことにしたよ。もう会えないなら、せめてわしが知らない場所で幸せになってくれたら嬉しいんだ」
じいちゃんの顔を見て悟る。別れを乗り越えた人の顔だ。人生経験の浅い俺には、その顔が偉大な物に映った。
「なんて言ったが、お前はまだ若いんだ。高校生にしかできないことをうんと楽しめよ!」
「うん、ありがとう」
俺は、ぎこちない笑顔でそう答えた。
そして迎えた夕暮れ時。夕焼けと夜空のグラデーションの中で、カラスが数羽鳴いている。
「じゃじゃーん、浴衣着てきたんだ!」
夢香は淡い水色に水玉模様が描かれた浴衣を着ていた。
「夢香ちゃん可愛い!村のみんなが虜になっちゃう!」
「…先祖の霊も虜にしちゃったりして」
「それは良いことなの…?」
そんな会話を横目に周りを見渡すと、浴衣姿の村人がちらほら見られた。いよいよ村は本格的に祭りの雰囲気に包まれていった。
まずは俺と時音が最初の1時間焼きそば屋台の手伝いをして、その間に夢香と俊道が他の屋台を楽しむ。次の1時間は役割を交代し、残りの時間は焼きそばが売り切れ次第自由に散策といった算段だ。
「じゃあ、最初はよろしくね!」
「…他にどんな屋台があるのか偵察してきてやるから」
「こっちは任せてね、行ってらっしゃーい」
俺と時音は屋台の中に入り冴子さんの指示に従って準備を進める。焼きそばを焼くためにホットプレートを扱うため、屋台の中はそこそこの熱気が充満していた。ここで1時間作業するのは中々骨が折れそうだ。
「いやぁ暑いねぇ。熱中症で倒れてホットプレートに顔をうずめないようにね?」
「流石にそんな醜態は晒さないから…そういう時音も暑さには気をつけよう」
「ふっふーん、任せてよ」
何をどう任せればよいのかわからないが、そんな雑談をしている内に1組目のお客さんが来た。小学生らしき男の子とその父親らしき人。親子で祭りを見に来たようだ。
「やきそばひとつ、ください!」
「はいよー!」
俺が会計担当、時音が焼きそばのパック詰め担当だ。
「400円になりまーす」
できる限り一番の明るい笑顔で応対する。すると男の子はあどけない仕草で100円玉を4枚取り出した。
「おにーちゃん、ありがとう!」
不意に男の子から感謝を伝えられたものだから、一瞬固まってしまった。
「こ、こちらこそありがとう。焼きそば、冷めないうちに食べるんだよ」
「うん!」
時音の方を向くと、時音がニヤニヤしながらこちらを見ていた。当たり前だがお客さんとのやり取りは全部時音や冴子さんに見られているのか。何だか恥ずかしい。
その後も、押し寄せるお客さん一人一人に対し丁寧な接客を心がけた。村で暮らしている顔なじみの人から明らかに都会の方から遠出をして簡薙村までやってきたような人までいた。相手が誰であれ、笑顔になってくれるのはすごく心地が良い。
時間は光の速さで過ぎていき、あっという間に店番を交代する時間が来た。
「よーし、そろそろ休んでもらって大丈夫だよ」
冴子さんからそう言われ、俺と時音は屋台の外へと出る。屋台の中が熱すぎたせいで首回りに汗が垂れているので持参したタオルで拭いとる。
「虹輝お疲れ!何だかあっという間だったね」
「俺も同じこと考えてた。なんであんなに時間すぎるのが早いんだろうな」
「虹輝、何だか楽しそうだったもんね。お客さんと会話するの」
やはり、時音には見抜かれていたようだった。
「あんなに意識して知らない人と話す機会なんてほとんど無かったけど…楽しかったかな」
「私ずっと前に言ったよね、相手を思いやる言葉には言霊が宿っているんだよって。ありがとうって言われたら純粋に嬉しくなるし、実際に話してみなきゃ分からないことだってある。虹輝も、言霊の偉大さを分かってくれたみたいで嬉しいよ」
時音が生きていた未来では、人工知能の発達でこのような言葉を交わす温かな繋がりが消失していくのだと聞いた。そんな未来は、やっぱり味気ないと思う。
「おーい、二人ともお疲れ様!」


