とある月曜日の朝。俺はすっきりとした気持ちで目が覚めた。1週間の始まりで億劫なことも多い月曜日だが、今日だけは違った。軽い心持ちで支度を済ませる。
「おはよー」
 リビングに行き、先に起きて新聞を読んでいた父さんに挨拶する。母さんは朝から仕事に出ているようで、姿は見えなかった。
「おはよう虹輝(こうき)。今日は早いな」
「うん。だって今日から“探検”が始まるから」
「そうか、いよいよだな。準備はできてるのか?」
「昨日の夜めっちゃ頑張って準備したから大丈夫だよ」
「じゃあ出発するぞ」
 2人で朝食を済ませ、父さんの車に乗り込む。行き先は、俺の祖父の家だ。

 我が家は、周りを見渡せば緑しかない、近くにろくな建物さえも存在しないような山の中に位置している。そのため俺が通っている高校は俺の家からバスで10分ほどの場所の簡薙(かんなぎ)村というところにある。
 では、今日は何故父さんの車で、しかも祖父の家へと向かっているのか。そこの事情は話せば長くなるのだが…
「虹輝は、この夏で何を“探検”するんだ?」
 窓から移りゆく景色を眺めていると、父さんが尋ねてきた。
「友達2人とグループを作って、村の色んな伝承を村の活性化に繋げられないか…みたいなことをやろうとしてる」
 “探検”。それは、俺が通っている簡薙高校特有の教育カリキュラムだ。一年生と三年生で受ける授業は他の公立高と変わらないのだが、二年生は6月頭から9月末までの4ヶ月間、全員が“探検”という行事に参加する。
 まず、探検の間は授業は全て中止される。生徒たちは村に関する一つのテーマを決めて、4ヶ月間ひたすらそのテーマについて調べる。村人に聞き込みをしたり、文献を漁ったり、時には村外の研究者にインタビューしに行くなど、とにかく自由に時間を使える。
 探検の後半では、そうして積み上げてきた成果を論文やらプレゼン資料やらにまとめて、最終週に皆で大がかりな発表会を行う…というのが探検の一連の流れらしい。
 4ヶ月も授業をしなくて良いというのはとても魅力的なように思えるのだが、実際に探検をやり遂げた先輩たちの話を聞くと、「毎朝ホームルームだけは行われるからいつも通り早起きしないといけない」だとか「自由過ぎて何から手をつけて良いのか分からない」とか「夏休みの特別感が失われる」とか、こちらはこちらで実際は厄介な側面もあるのだと分かる。
 そして村に関する探求をするのだから、勿論村に住んでる人の方が何かと勝手が良い。そのため、探検期間中は簡薙村にある祖父の家に泊まることになっている。今日は記念すべきその1日目なのだ。
「村が見えてきたな」
 10分ほど車で揺られていると、何やら村の入り口らしき場所についたようだ。昔からずっと置かれているかのような寂れた看板に、「簡薙村」と黒い大きな文字で書かれていた。
 村の中に入ってから少しずつ人気が出始めた。人口はそれほど多くないのだが、その分村人同士の繋がりはとても深く、村全体で一致団結しているのだと祖父から聞いたことがある。
 祖父の言葉を思い出しながら村人たちを眺める。確かに、ご近所同士がすれ違う度に挨拶しているように見えた。本当に人同士の絆が強そうだな。
「よーし着いたぞ」
 前方に大きな茅葺屋根の建物が見えてくる。あれが俺の祖父の家だ。
「降りるか」
 玄関先に停まった車から降りると、初夏のむわっとした熱気が体全体を覆ってきた。車ではエアコンが効いていたため、余計に外気の熱を感じてしまう。
 戸を開けていよいよ祖父の家に入る。しかし昔ながらの家だ。エアコンなどという文明の利器は無く、中の気温は外気とそこまで変わらない。
「おはようじいちゃん」
「おお、虹輝じゃないか!朝早くからよくきたのぉ」
 ボサボサの白髪を一つ結びにしたじいちゃんが玄関に姿を現した。70代後半とは思えないほどハリのある声で俺を出迎えてくれた。
「じいちゃん元気そうだね」
「そりゃあ今日から虹輝と一緒に暮らせるんだからな!楽しみにしておったよ」
 いつもと変わらない様子のじいちゃんに安堵感を覚える。
「少しの間、この子のことをよろしくお願いします。ほら、虹輝もちゃんと挨拶しよう」
「じいちゃん、これからよろしくお願いします」
「よろしくな、虹輝!」
 そう言って、じいちゃんは豪快に笑った。