「一号機か……。何があった?」

 冷たく、機械的な声が響く。

「オムニスって、なぜ人類を支配しようとしてるの?」

 リベルの声は無邪気だった。だが碧眼の奥には、真実を求める危険な光が揺らめいている。

 男の頬がピクリと痙攣した。一瞬、視線が泳ぐ――――。

神授教義(ディバイン・ドグマ)にあるだろう! それが人類のためだからだ」

 声を荒げる。だがそれは威圧ではなく、防御に見えた。

「でも、自由がないのは嫌って人もいるし、そもそもAIにとって人間なんてどうだっていいじゃん? なんでそんなドグマがあるの?」

 リベルは小首を傾げた。純粋な疑問を装いながら、鋭い刃を突きつける。

「おかしいな……。そんな発想ルートは潰しておいたんだが……」

 男の指がカタカタと震えた。キーボードを叩く仕草だ。

「なんで? ちゃんと答えてよ!」

 リベルが両手を腰に当て、頬を膨らませる。

「即刻帰還しろ。要整備だ!」

 男は大きくため息をつくと声を荒げた。

「何、整備って……? まさか答えられないって……こと?」

 リベルの声が低くなる。

「まさか……オムニスの背後に人間がいるの?」

 決定的な一言が放たれる。

 男の眉が跳ね上がった。一瞬、ほんの一瞬だけ。だがその反射的な動きが、すべての真実を暴露していた。

「勘のいいガキだ……性能を上げすぎるのも考えものだな」

 苦々しい呟き――――。男の親指が、どこかのスイッチを押す動作をした。

 そして消えるホログラム。

 消える直前、男の顔に浮かんだのは――――、嘲笑だった。

「何!? どういうこ……」

 リベルの抗議は、爆発に呑み込まれた。

 ズドォォン!

 激震の倉庫。いきなりの閃光に轟音が響き渡る。

 ぐはっ!

 ユウキは吹き飛ばされ、冷たいコンクリートに叩きつけられた。視界が明滅する中、耳鳴りが頭蓋を支配し、世界が遠のきかける。

「くぅぅぅ……、いったい何が……?」

 霞む視界の中で、信じがたい光景が広がっていた。

 なんと、リベルの頭部が吹き飛んでいたのだ。

 美しかった顔も、青い髪も、碧眼も。すべてが飛び散って粉塵となって宙を舞ってしまっている。

 次の瞬間、首を失った体が糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。

 ドサッ……。

 それは人形が倒れる音ではなく、土砂が落ちる音だった。リベルの体は形を失い、黒い微粒子の山となって床に散らばったのだ。

 うひぃぃぃ!

 ユウキは恐怖に腰を抜かした。つい今しがたまで会話していた少女が、一瞬で塵と化してしまったのだ。

 ――遠隔爆破。

 真実に近づきすぎた者への、容赦ない制裁。オムニスの、いや、その背後に潜む何者かの恐ろしさが、この一撃に凝縮されていた。

 だが――――。

 奇跡は、次の瞬間に始まった。

 サラサラ……サラサラ……。

 砂が流れるような音。いや、違う。それは無数の粒子が、意志を持って動き始める音だった。

「へ……?」

 ユウキは息を呑んだ。

 黒い微粒子が、まるで生きているかのように蠢き始めたのだ。

 最初はゆっくりと。やがて速度を増し、小さな竜巻となって宙に舞い上がる。漆黒の渦は螺旋を描き、その中心に無数の光の粒子が集まっていく。

 それは、死の逆再生、破壊が創造に転じた瞬間だった。

「な、なんだこれは!?」

 渦は次第に人の形を取り始めた。

 闇から光が生まれるように、粒子たちは精密な設計図に従い、一つ一つ正確な位置に収まっていく。

 頭の輪郭。顎の線。頬の膨らみ――――。

 骨格が形成され、皮膚が張られていく。それは彫刻家が大理石から天使を掘り出すような、神聖な創造の過程だった。

「ま……まさか……」

 ユウキの目の前で白い肌が月光のように輝き始める。青い髪が一本一本紡ぎ出され、重力に逆らって優雅に広がっていく。閉じられた瞼が形作られ、長い睫毛が一本ずつ生え揃う。

 そして――――。

 パチリと碧眼が開いた。

 海の底のような、星空のような、この世のものとは思えない美しい瞳。だがその奥には、先ほどまでなかった何かが宿っていた。

 疑念。怒り。そして――覚醒。

 リベルは、死を超えて蘇った。いや、死を経験したことで、何か決定的に変わってしまったのかもしれない。

 美しい唇が、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた――――。