「陽菜―起きなさい!遅刻するわよ!」

 機械的なスマホのアラームと母親の怒りの声の最悪なハーモニーで目を覚ます。だけど、今の自分は好きだった人と付き合ているという事実を思い出したころには、心はすっかりと踊ってて、朝の最悪な気持ちはとうの昔に消えていた。

 制服に着替えて、心なしかいつもよりヘアセットに時間をかけていたら。LINEの通知とともにスマホが光る。相手は樹からの【おはよー】の一言だった。それはもちろん嬉しいのだが、それと同時に映し出された時間に目玉が飛び出そうになる。

「7時50分?!」

 1時限目が8時30から始まるとしたら、今すぐでないと間に合わない。浮かれてヘアセットに20分もかけた自分がバカだったと自分を恨んでも、もう後の祭り。慌ててスマホと鞄を握りしめて、家を飛び出す。

 なんとか、いつも家を出る時間に家を出たので、私は少しほっとして、樹にLINEを返した。そして、駅に向かっていつも乗る電車に何とか間に合い、胸を完全になでおろしたときに気づいた。

 樹が乗ってない。いつも、この時間の電車に乗っているはずの樹がいない。ひょっとしたら違う車両に乗っているのかもしれないと思って3両編成の短い電車を端から端まで歩く。

 ところがどこを探しても樹はいない。

「あ、あいつも寝坊したな」

 なんて薄気味悪い笑みを浮かべながら、学校に着いたらいじってやろうと思いながら学校に向かった。

「セーフ!!」

 私がクラスに着いたときに時計の針はちょうど8時30分ちょうどを指した。

「陽菜、また寝坊(笑)」

 夏海がニタニタとからかうような笑みでこちらを見て、からかってきた。

「またーっていつもは夏海の方がギリギリじゃーん」

「まーねー」

 席に着きながら不服をぶつけてみるも、彼女のおおざっぱな性格は間延びした返事で終わった。

 席についてほっと一息つくと、私の視線に物寂しさを感じた。

 樹がいない。

 てっきり遅刻だと思ってたが違うみたいだ。

 その後、2限になっても、3限になっても樹の席は空のままだった。

 授業後、夏海は私のもとにやってきて「とうとう、あいつ来なかったねー」なんて言ってる。

「ほんと、あいつ彼女置いてなにやってんだよーw」と笑い飛ばすも内心は樹大丈夫だろうか?と心配だった。

「まあ、あいつのことだし、明日には来るでしょ。あの健康優良児が二日も学校休むなんてありえねーし」と夏海が呑気にいう。

「そうだね、そうだよね。きっと来るよね、きっと」夏海に返事してる私はまるでどこか自分に言い聞かせてるようだった。

 その後、夏海とともにくだらない話をしながら帰路に着いた。

「じゃーね」

 夏海と別れて、私は携帯を取り出し、LINEを開く、今朝送った返事には「既読」の二文字だけが付いていた。

「なんなのあいつ。彼女が出来て早々に既読無視かよ。もう知らない!」と内心ふてくされて、樹への怒りを感じながら携帯を閉じた。

 その後は、いつも通り家に着き、2階の自分の部屋に入ってカバンを放り投げてベッドに飛び込む。携帯を開き、SNSをスクロール。気づけば、帰って来た時には陽が差し込んでて明るかった部屋は暗くなっていた。

「陽菜―ご飯よー降りてきなさい」

「やばっ」

 宿題もやらず、こんな時間になってることに母の呼ぶ声で初めて気づいた。とりあえず、お腹が空いたので、宿題前の腹ごしらえと言い訳を自分で作り、下に降りる。

「うわーおいしそう!」

「おいしそうじゃなくて、おいしいのよ。ほら、さっさと座りなさい。「

 母が作った食事が机に並んでて、もうすでに、父も座っていた。

「いただきまーす」

 家族3人手を合わせ食卓を囲む。なんてないいつも通りの光景。

「それで、今日学校はどうだったの?」

 食事を頬張ってると向かいに座ってる母がそう聞いてきた。そう言われて、はっと今日はいつもいた樹がいなかったことを思い出した。

「特にーあ、でもあの樹がいなかったー」

 そう答えると私はまた食事に戻ってた。

「樹君が休むなんてめずらしいなー」

「ほんと、樹君大丈夫なの?風邪?」

 私と樹の家族は長に頃から家族ぐるみで付き合ってるから、父も母も樹をよく知ってる。そして、樹が健康優良児でめったに休まないこともよく知ってる。

「さー風邪じゃない?LINEしても既読しかつかないし」

「まー珍しいわね。大丈夫なのかしら?」

 母の心配そうな声に再び私が忘れていた心配がまた心をざわつかせた。「やっぱりおかしいよね」そんなことを内心思いながらも両親には私の内心を悟られたくないから、わざと明るめに答える。

「大丈夫だよーあいつだって人の子なんだから風邪くらい引くって、それに夏海も私も明日には来ると思ってるし。」

「そーね。きっと明日には来るわよね」

 母が安心そうな顔に戻ってすこしほっとした。でも私の心のざわつきは消えないままだった。

「そういえば、陽菜この間やった数学のテストどうだったんだ?」

 ギクッ

 静かに会話を聞いてた、父が痛いところをついてきた。

「そういえば、あんたあの時勉強してない、やばーいとか焦ってたけど、ちゃんと勉強したんでしょうね?」

 話題が突然思ってもいなかった方向に転換して焦る。

「あははーまあそれは置いといて、私宿題終わってないからもう部屋戻るねー美味しかった!ごちそうさま!」

 と半ば逃げるように戻っていった。

「ちょ、陽菜あんた結果は?」

 そんな母の声が聞こえるが言えるわけがない。だってあの日は樹の告白されて浮かれてて勉強どころかテストがある事すら忘れてて案の定惨敗だったからだ。

 とりあえず、机に向かい先程放り投げたカバンから宿題を取り出して机に置く。いやいや、椅子に座り机に向かう。

「はぁー」

 やらなきゃいけないのは、よーくわかってる。でも机に向かうと携帯を開いてしまう。

 相変わらずあいつとのLINEは「既読」で終わっていた。それにもまた溜息を吐いて、携帯を閉じて仕方なく宿題を始める。

 宿題を始めて数時間、スマホの通知が鳴る。それは、樹だった。宿題も忘れてスマホを開くと一言

「わりー風邪ひいて寝てた、こじらせてしばらく行けそうにないかも」と、あの風の子の樹がこじらせて寝込む風邪とはどんな風邪だ?

 しかも、この時間まで寝てるってと、左上には20:53とあるこの時間まで寝てたとは相当しんどいんだろ。

「そっかーきつそうだね、お大事に」

 知らなかった樹があんなことになってたなんて。