あなたとみたい色

 今日は、朝から雨が降っている。放課後には止むと思われた雨は、時間が経つにつれ激しさを増していった。
 「あー…んー…えー。困ったな…」
 窓を見つめながら、友人の由花は一人で何か言っている。お昼からずっとこんな調子だ。
 「さっきからどうしたのよ?そんなに雨が嫌?」
 私の声に反応し、こちらに向き直った由花の眉間にはシワが寄っていた。
 「今日さ、バイトなんだよねー!朝よりも雨増してるしほんと最悪ー!」
 雨は私もあまり好きではない。どちらかというと晴れていて欲しい。
 「朝の天気予報によるとこれからどんどん激しさを増していくみたいよ。現に雨強くなってるし。」
 んー…と唸り声を上げもう一度外を見つめる。
 「止まないかな?」
 「止まないわね」
 もぉー!といい、机に突っ伏す。往生際が悪い。
 由花の家庭は母子家庭で、大学進学の為に毎日の様にバイトを入れている。彼女の大変さは計り知れない。なので簡単にバイトを休めなんて言えない。
 私は、スクール鞄からポケットティッシュを取り出す。一枚を丸め、それを包み込む様に被せ、髪の毛のゴムで縛る。
 私が隣で作業していることに気づき、由花が重たそうな頭を上げた。
 「何してるの?瑠璃」
 「ん?てるてる坊主を作ってるのよ。ほら」
 マッキーペンでニコニコの笑顔を描き終えたてるてる坊主を自慢げに由花に見せる。
 「え?」
 「ん?だからてるてる…」
 私がてるてる坊主と言い終える前に、あはははははははは!と元気の良い笑い声が聞こえた。私はびっくりし過ぎて固まってしまう。
 「ごっ…ごめん。だって…真剣に何作ってるのかと思えば…てっ…てる…てるてる坊主って…あははははは!」
 どうやら、由花のツボにハマってしまったらしい。クラスの人達となんだ?なんだ?とこちらに向き直る。人の視線になれない私の目線は下を向いていた。
 彼女の笑いも段々治ったみたいで、一言ごめんねと謝られた。
 「私の為にわざわざ作ってくれたんだよね!ありがとう!」
 私は、彼女の笑顔に弱い。その笑顔を見たら外は雨でも私の心は晴れる。
 「どういたしまして。喜んでいただけたら何よりです」
 へへへとお互いに顔を見合わせ笑う。
 ピピッ…ピピッ…ピピッ…ん?今まで気がつかなかったが何か音が鳴っている。
 「あれ?何か音が鳴ってないかしら?ピピッ…ピピッ…て」
 え?と言いながら由花も耳を澄ませる。あぁぁぁぁー!
 「えっ!?なっ何!?」
 「これ私のメールの着信音だ!瑠璃よく気がついたね!あはは!」
 あぁ…そう。何でそんなにびっくりしたのだろうか。彼女の大きい声にびっくりしてしまった。
 「あぁぁぁぁー!!」
 「今度は何よ!?びっくりするじゃない!」
 語気を強めて由花に言ってしまった。あっ…ごめん。と言おうとする前に由花の口が先に開いた。
 「ごめんごめん!大きな声出して!それよりさ、瑠璃聞いてよ!」
 由花の目はキラキラと輝き、早く続きを言いたくて仕方がないという目をしている。
 「ん?どうしたのよ?」
 先程のメールに目を輝かせるくらい嬉しい内容が書かれていたのだろうか。どんな内容なのか気になる。
 「実はさ!今日のバイトなくなりましたー!!」
 「え?急にどうして?」
 「それがさ、今日こんな雨だから客足が伸びないみたいで、スタッフの人数も足りてるんだって!」
 確かになと思った。これだけの雨だったら客足は伸びないだろう。電車だってまともに動いているか分からない。
 「今日は何しようかなー!急に休みになると何していいか分からないものだなー!」
 まだ帰りの会も終わっていないのに気が早い。あっ!何かを思いついたみたいに手を叩いた。
 「瑠璃は今日は暇!?駅から少し東に行ったところにね、こじんまりしてるんだけど凄く可愛いカフェをこの前見つけたの!今度瑠璃と行きたいと思ってたんだよね!」
 もう由花は当然行くよね!という感じで私に話しかけている。
 「うん、遅くなると危ないから少しだけならね。」
 由花は嬉しそうに大きく頷く。
 今日のドアがガラガラと鳴り、担任の黒石先生が入ってきた。黒石先生は中年の男性教師だ。面倒くさいことが嫌いな人だがやる時はやる人として有名。生徒達も意味が分からないことで教師に叱られていても、身体を張って守ってくれる。なんだかんだいって生徒想いの所があるので生徒達の信頼も厚い。
 「よし、これから帰りの会を始めるぞ。と、言っても特に連絡する事はない。1週間後には夏休みに入る。みんなも分かっているとは思うがハメを外し過ぎないように気を付けてな」
 クラスからはーいという声が聞こえる。
 夏休みか…。先日行った病院での出来事を思い出す。石田先生の話によれば、手術をするならば夏休み中が良いと進められた。確かに学校が通常通りに行われている場合は手術は難しい。なんたって入院もするのだから。
 「それから、9月に行われる文化祭の実行委員を来週の総合の時間に決めるから、各自立候補するか考えておいてくれ。以上だ」
 もうすぐ夏休みで、今週の土曜日は病院で治療だ。その日は初めて色を見る日になる。色とは何なのだろうか…。石田先生は3段階に分けて見ると言ってたけど、なんで3段階なのかしら…。先生は色の種類が多いからと言っていたけど…どういう事なのか想像もつかない…。
 「るーりー!!なーに考え事!?由花おねぇさんが聞いてあげるわよ!」
 と、言いながら私の背後から手を回しぎゅーとしてきた。
 「そんな大した事じゃないわよ。それに、私は10月生まれであなたは2月生まれでしょ。私の方が歳上よ。」
 「そんな細かい事気にしないで、早く行こうよ!」
 全くと思いながらスクール鞄を持ち、席を立つ。
 さっきの石黒先生の話の影響で、教室は夏休みの話で持ちきりだ。
 ———夏休み海行こうよ!
 ———海もいいしさ!夏と言ったらお祭りじゃない!
 ———彼氏と旅行でも行っちゃいなよ!
 ———そそそ…そんな恥ずかしいよ〜
 夏休みか…私は治療の事で一杯一杯になってるな。
 「瑠璃は、夏休み何してるの?暇だったら一緒にどこか遊びに行こうよ!」
 私の気も知らないで。無邪気に笑うその笑顔は、とても晴れ晴れしている。外は雨なのにと思いふふっと笑う。
 下駄箱に到着し、上履きからローファーに履き替える。外は未だに雨が降り続け、傘をさして帰る者もいればカッパを着て自転車で帰る者もいた。
 「あれ?さっきよりも雨、小雨になってない?」
 私の言葉を聞いて急いで由花も空を見上げる。
 「本当だ…。確かにさっきよりかは小雨になってる。んー!でも、私は今日お休みをもらったからいいの!ほら行くよ!」
 「え!?ちょっと!待ってよ!」
 「ほら!早く早く!」
 2人で傘をさしながら学校を後にした。

 お店に到着する頃には、雨は霧雨程度になっていた。晴れ間は見えないがそれも時間の問題の様な気もする。
 「ほら、早く入ろう!」
 傘の水滴を取り、先に綺麗に束れた由花が隣ではしゃいでいる。
 「もぅー。少しは待ってよね。」
 由花が勧めていたお店はFriedenという名前で大人っぽいイメージでレトロな感じを想像される外観だ。ちなみに今はドイツ語で安らぎという意味らしい。物静かでゆっくりできそうだ。彼女の性格とは反対のお店という印象を受けた。
 もっと他に好きそうなお店あるのに…。そんな疑問を抱きながらいざ入店する。
 カラン…コロン…
 ドアの上に取り付けられていたベルが左右に揺れ、店内に響き渡る。
 ———いらっしゃいませ。少々お待ち下さい。
 店内の奥の方から声が聞こえる。雨の影響だからかお客さんの数も少ない。でもこのお店には、少人数の方が合っている感じがする。
 「お待たせいたしました。って、由花ちゃんじゃないか。また来てくれたんだね」
 ん…?また…?
 「え?ちょっと由花この人と知り合いなの?」
 「え?そうだよ。」
 それがどうしたの?と言った風に彼女の顔はきょとーんっとしている。
 「いや、別になんでもないんだけど…」
 「君は由花ちゃんのお友達かい?僕はこのお店でアルバイトをしている、上原隼斗です。」
 わぁ…大人っぽい人。大学生くらいかな?身長も180cmくらい…もっとあるかな?じーっと見つめていると、君の名前は?と問いかけるように私の目を見つめてくる。私も慌てて自己紹介をする。
 「えっと、由花と同じクラスの鈴木瑠璃です。よろしくお願いします」
 うん、よろしくねと自己紹介も終え、席へと案内される。その席は晴れていれば見晴らしも良く、いい席だとは思うが今日は生憎の雨。今度晴れている時にもう一度寄らせていただきたい。
 席に着くと、お冷やとメニュー表を渡された。
 「メニューがお決まりになったら呼んでね。今日はお客さんも少ないし、のんびりして行ってもらって構わないから」
 由花は元気よくはーい!と返事をし、私はありがとうございます。と返す。それじゃあ、といい店の奥へと消えて行った。
 上原さんの姿が見えなくなるのを確認し、私は由花に詰め寄る。
 「ちょっと、さっきはびっくりしたじゃない。知り合いなら知り合いって始めに言っておいてよ!」
 もちろん、奥に入って行った上原さんには聞こえない様に小声でお話ししている。
 「別に話すようなことじゃないと思ったんだもーん。瑠璃も話せば仲良くなるよ!一人で何回も来るの恥ずかしいしさ」
 手と手を合わせてごめんね、というポーズをとって謝っているかのように見えるが顔は笑っている。
 「まぁ、別にいいんだけど。っていうか、由花はいつこのお店に入ったの?毎日ほぼバイトじゃない」
 あぁーと、メニュー表をパラパラとめくりながら、それはね〜と勿体ぶるかのように語尾を伸ばす。
 「実はさ、先週の火曜日のバイトずる休みしちゃったんだよね!なんか行きたくなくなって。それで、ぶらぶらしてたらここに辿り着いたの。その時対応してくれたのが今日の上原さんで、話してたら意気投合してまた来ますねー!って言っちゃった!」
 ツッコミどころ満載の内容だったが、ツッコまずに最後まで聞けたのを褒めてほしいくらいだ。
 まず、なぜずる休みをしたのかを聞いてみよう。あの…
 「よし決まった!私はカフェラテにしよう!瑠璃はどれにするか決めた?」
 話す隙を与えないな…いつも由花のペースにのまれてしまう。仕方ない後でじっくり聞くことにしよう。
 「私は…んーと由花と同じのでいいわ。カフェラテにする」
 メニューが多すぎてどれを頼めばいいのか分からない。まぁ、由花と同じのを頼めば間違いはないと思われる。
 「あはは!2人で同じのを飲むのってなんだか青春してるって気がしない!?とっても楽しい!あっ、前回来た時もカフェラテ頼んだけど、すっごく美味しかったよ!」
 青春とかそういうセリフは私には恥ずかしくて言えない。でも、私と居て楽しいと言ってもらえるのは嬉しい。
 「そうなのね、私も楽しいわ。ありがとう」
 私は壁際に置いてあるチャイムコールを鳴らした。チーンっとコールが鳴り奥から上原さんが来てくれた。
 「ご注文はお決まりですか?」
 「カフェラテ2つでお願いします!」
 注文表にオーダーを書いてゆく。私には、上原さんがそのオーダーを見て笑っているかのように見えた。私が見ていることに気づくと、由花と私を交互に見るて手の甲で口元を隠した。
 「ごめんね、2人が同じのを頼んでるのを見て本当仲がいいんだなと思ってさ」
 そんな些細な事でこの人は笑うのだと少し驚いた。
 「それに、由花ちゃんはこの前来た時もカフェラテ頼んでたよね。この前のカフェラテそんなに美味しかった?」
 「え!?私が何を注文したか覚えてるんですか!?」
 お客さんの注文内容なんてそうそう覚えていられるものではない。一日に何人ものお客さんがお店に来店されるのにそれを覚えてるなんて。よっぽど記憶力がいいか…もしくはよっぽど印象に残る何かをしたか。
 「もちろんだよ。カフェラテ一つ頼むのに15分くらい一人で悩んでるお客さん初めて見たよ」
 そして、思い出したかのようにまた笑う。後者が正しかったみたいだ。
 「恥ずかしいですね、あはは」
 由花は照れ臭そうに頭を掻く。
 「美味しいカフェラテ作ってくるから少し待っててね。」
 注文表をマスターに渡し、豆を引く音が店内に響く。他にもお客さんがいたら普段はこんなにも響かなかったかもしれない。
 「この豆を引く音凄く良くない?私この音好きなんだよねー」
 「そうね。確かに良い音。心地良いわ」
 2人でうっとりと聞いていると、いつの間にか音は消えていて、お皿同士の重なり合う音が今度は響き渡る。
 「お待たせ致しました。こちらカフェラテになります」
 とても香ばしい匂いが鼻につく。良い匂い。
 あれ…?由花の戸惑った声が聞こえる。ん?どうしたのかと思うと、私の前にもカフェラテが置かれる。軽く会釈をし、カフェラテを見るとそこにはウサギの絵が描かれている。由花の方にはリスが描かれていた。
 「これ、前回来た時はラテアートなかったのに…どうして?」
 上原さんは、にこっと笑いおまけです。と言った。
 「今日は、こんな大雨なのに来てくれてありがとうございます。嬉しかったので、僕特製のラテアートを描かせていただきました。」
 こんなことをさらっと出来る人は、人気があるだろうと思う。現に由花は上原さんのことを気に入ってるみたいだし。
 私と由花は上原さんにありがとうございます。とお礼を言った。
 「でも、どうして私はリスで瑠璃はウサギなんですか?」
 「あぁ、それは由花ちゃんは動物に例えたらリス。瑠璃ちゃんはウサギだと思ったからだよ。」
 よく見ている人だ。彼女の目はとてもくりっとしていて、ずっと見ているとその瞳の中に引き込まれてしまいそうな感覚を覚える。
 私は…どこを見てウサギだと思ったのだろう。ウサギに似ているだなんて初めて言われた。
 「じゃあ、ゆっくりして行ってください。何かありましたらお声がけ下さいね。それでは」
 私達のそばを離れると、マスターと話を始めた。私達も、飲み物が来たのでやっとひと段落する。
 カップに手を添え、カフェラテを口にしようと思ったが、せっかく上原さんが作ってくれたラテアートを崩してしまうのが忍びなかった。
 由花をチラッと見ると、彼女は鞄から携帯を取り出し写真を撮っている。上手に撮れたみたいで満足そうな顔をしている。
 「瑠璃は写真撮らないの?」
 「え?あぁ…撮っておこうかな」
 別に撮りたいとは思っていなかったが、その場のノリというのだろうか、私も由花と同じようにかわいいウサギが描かれたカフェラテを写真に収めた。
 一口飲むと口の中に滑らかな甘さが広がる。美味しい…口から思わず零れた言葉を由花は聞き逃さなかった。
 「ねっ!美味しいでしょ!一口飲むとまた飲みたくなるようなこの味!本当美味しい!」
 なぜか、由花は得意げに語り始めた。またこの味を口にできたのが嬉しいみたいだ。
 ———そんなに喜んでもらえて光栄ですよ
 え?声がした方を見てみると、カウンターからマスターがこちらを見て微笑んでいる。
 「私は、ここのマスターの袋田といいます。私が丹精込めて作ったカフェラテを美味しそうに飲んでいただきありがとうございます」
 「とっても美味しいですよ!毎日でも飲みたいくらい!」
 尚も、由花は元気よく答える。あはは、毎日ですか。顔はこちらを向いているが、手元は洗い終わった食器を丁寧に布巾で拭いている。
 「あっ、私池田由花って言います!よろしくお願いします!」
 続いて私も、袋田さんに挨拶をする。
 「鈴木…瑠璃です。よろしくお願いします」
 「池田さんに鈴木さんですね、覚えました。急にお声がけしてしまい申し訳ありませんでしたね。ゆっくりして行ってください」
 ありがとうございます。嬉しそうに私達が答えると、一礼してから裏の方へ消えて行った。
 時刻は、17時30分になろうとしていた。外では微かに帰る時刻を告げる鐘の音が響き渡っている。今日は雨の音に負け、いつもの迫力は薄まっていた。
 ん…?鐘…?なんだっけ、何か由花に聞きたいことがあったような…。
 「それにしてもさ、誰がカフェラテなんて考えたんだろうね!こんなにもみんなから愛される味を作れるなんて本当尊敬しちゃうな!」
 誰が…鐘…鳴る…。あっ!思い出した。
 「どうしたの?いきなり大きな声出して」
 「由花にさ聞きたかった事があるのよ。アーネスト・ヘミングウェイ著者の誰がために鐘は鳴るっていう本知ってるかしら?結構有名らしいんだけど」
 んー…。と言いながら難しい顔をしている。読書家の由花なら知っていると思ったがどうやら知らない感じがする。
 「知らないかな…。初めて聞いた。急にどうしたの?」
 「この前病院で知り合った人から聞いたのよ。でも私分からなくて、由花なら知ってるかと思って聞いてみたの」
 一口カフェラテを啜ろうとした由花の手がぱたっと止まった。由花?と声をかけようとした時だった。
 「ちょっと病院って何?目の病院?」
 あっ。彼女には私が病院から連絡があった事は伝えていなかった。余計な心配もかけたくないと思い黙っていたのだ。
 「もしかして、私に心配かけたくなくてわざと言ってなかったんじゃないよね?」
 今日の由花の勘は冴えていた。いつもだったら冴えていない勘をこういう時は当たるのかと思わずツッコミたくなった。
 「べっ…別に隠してたわけじゃないわよ。ただ…言うタイミングがなかっただけ。」
 ふーん。とまだ私が隠していたと由花は疑っているらしい。
 「それに、そんな話し由花聞きたくないでしょ?私の目のことなんて…」
 最後の部分は、掠れてしまい聞き取れたかどうか微妙な所だ。
 「私は聞きたいよ!だって大切な友達のことだもん!良い結果でも悪い結果でも、瑠璃がそれについて悩んでるのなら力になりたいって思うし!」
 あぁ…もう…どうしてそんな嬉しいこと言うのかな。自分の感情が相手に伝わらないように、飲み物を一口含む。
 私は、由花に先日の病院でのことを話した。その間口を挟むことなく真剣に私の話を聞いてくれた。話終えると、由花の視線は伏見がちになり何かを考えているみたいだ。
 「話してくれてありがとう。手術するかは別としても、色を見る事はできるんだよね?」
 彼女の言葉は辿々しく、私が傷つかないように言葉を選んでいるのだと察した。いつもは大雑把で、めんどくさい事が嫌いな彼女だからこういうことをされると調子が狂う。
 「そうね…。コンタクトを入れて、病院側で私が見る物は用意してくれるみたいだから、私がどうこうすることはないみたいなの。」
 そっか…。また伏見がちになり何かを考え込んでいるみたいだ。
 「もしさ、瑠璃が手術するってなったらお見舞いに行くからちゃんと言ってね」
 「ありがとう、手術するってなったら連絡するわね」
 安心したのか、彼女の表情はいつもと変わらない無邪気なものに戻っていた。その表情に私もまた安心した。
 あっ!!由花の声が店内に響く。全く今日は騒々しい。一体何があったのか。
 「どうかなされましたか?」
 「大丈夫かい?」
 私達のことを心配して、店の奥からマスターと上原さんが出てきてくれた。私もどうしたの?と言った表情で由花のことを見つめる。
 「ごっごめんなさい!なんでもないんです!本当ごめんなさい!」
 慌て過ぎて二回もごめんなさいと言っている。マスターと上原さんも一回顔を見合わせたが何事もないならよかったと言って戻って行った。
 一体外に何があったのだろうか。相変わらず外は雨で特に変わった様子はない。二人傘を差して歩いているだけで由花が大声を上げるようなことは…。
 あれ…?あの二人って…。
 「瑠璃も気づいた?あれって、向田さんと砂月さんだよね?」
 雨で視界がぼやけてはいるが、たしかにあれはあの二人だと分かる。
 「こんな雨の中何をしているのかしら?」
 まさかこの前の昼休みみたいな事が起こるのではないか…いや、そしたらいつも向田さんに付き添っている水木さんと根田さんがいないのはおかしい。
 「もしかして、また砂月さんに何かする気なのかな?」
 どうやら由花の考えていることと私が考えていることは同じらしい。
 「私ちょっと行ってくる。見て見ぬ振りできないし」
 そう言って席を立とうとした彼女を私は止めた。
 「待って由花。もし何か砂月さんにするにも、いつも一緒にいる水木さんと根田さんがいないのはおかしいわよ。それによく見て、あの二人普通に何か話してない?何か二人で探してるんじゃないかしら?」
 由花は間に入った方がいいのか、ほっといても大丈夫なのか葛藤していた。最終的には友人である私の言葉を信じゆっくり席に座った。
 その後の私達は、学校でのこと趣味の話などをして楽しいひと時を過ごした。
 「そろそろいい時間だし帰りましょうか」
 「そうだね、とっても楽しかった!付き合ってくれてありがとう瑠璃!」
 こちらこそ、と笑顔で返し帰りの支度を始める。
 「あっ、瑠璃!外見て!」
 え…?由花の言葉通り外を見てみると、そこには大きな虹が架かっていた。
 今日は大雨が降ったから虹が出たのだと思った。私の目の前では、由花が凄いすごい!と言ってはしゃいでいる。
 「あっ!マスター!上原さん!こっちに来てください!」
 すると奥からどうしたの?と言った感じで出てきた。
 「外見て下さい!虹が出てますよ!大きい虹!」
 どれどれ…と言って私達の座っている席に集まり四人で虹を鑑賞した。
 「ほぅ…これは立派な虹ですね」
 「本当に綺麗な虹だ。2人とも教えてくれてありがとうね。」
 二人も大満足と言った感じだった。
 「あっ、そういえばこんな話を知ってるかい?普通虹は一つしか出ないけれど、たまに二重になって出る事があるらしいんだ。その虹を見たとき願い事をするとその願い事が叶うらしい」
 そんなジンクスじみた事を私は信じないが、由花は食い付くようにその話を聞いている。
 「私は今日みたいな虹は見たことあるけど、二重の虹は見たことないな〜」
 私も当然見た事がない。きっととても珍しい現象なのだと思った。
 いつか見られるといいね。と上原さんの優しい声が聞こえた。
 外に出ると、雲の間から夕日が見える。晴れてしまうと傘は必要なくなり荷物になってしまった。
 「瑠璃はさ、もし二重の虹が見えたら何をお願いする?」
 「え?そうだなぁ…。私はそういうジンクス的な話は信じないタイプだから実際に見てもお願い事しないかもしれない。」
 「え!?もしかしたら叶うかもしれないんだから、お願い事すればいいのに!」
 由花の言いたい事も分からなくはないが、なんか信憑性に欠けるというか…夢物語な感じがして私は願い事をする気にはならない。
 「そういう由花はさ、二重の虹が見えたら何をお願いするのよ?」
 「え?そうだな〜その時になんないと分からないかも!」
 「ちょっ!それはずるいわよ!」
 あはははは!と高い声で笑い満足と言った感じだ。
 「でも、二重の虹が見えた時にこれをお願いしようと思っても、実際に目の当たりにしたら全然違うこと言っちゃいそうじゃない?」
 うーん…。実際その場にならないと分からないこともあるから一概に違うというのも違う気がした。
 「そうかもしれないわね。その時にならないと分からないことっていうのもあるし」
 この時は由花の考えに賛成だった。賛成したからと言って私が二重の虹を見た時に願い事をするかどうかは別の話だ。
 「あれれ〜?と、言うことは瑠璃にも叶えたい願い事がやっぱりあるのかな?」
 「もぅー。そういう誘導尋問みたいなことやめてよね。私にはないわよ。」
 ごめんごめん。と言いながら話に夢中になっていたらいつの間にか駅に着いていた。
 お互い、電車は上りと下りで違うので改札口に入るとまた明日と言い別れた。